#38 蠢くものたち
穏やかに澄み渡る晴天の下、ここライヒアラ騎操士学園の一角を、ふらふらとした足取りで進む人影があった。
キッドとアディの双子である。
カンカネンで父親であるヨアキム・セラーティ侯爵に姉と共にたっぷりと絞られた二人は、学園に戻ってからは教師に注意を受け、いまや満身創痍と化していた。
やたらと広大な面積を誇る学園の廊下を、げっそりとした様子で歩む。
気晴らしにでかけるなり、いっそ不貞寝でもしたい気分だったが、確かめねばならぬ事柄の存在が彼らの歩みを何とか前に進めていた。
気力を振り絞って騎操士学科の工房へと辿り着いた双子は、勢い込んで中に居た顔馴染みのドワーフ族の青年へと突撃する。
「おう、
「…………えぇぇぇぇるぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」
精根尽き果てがっくりと膝をつく双子へと、
最初から親方に確認に来れば、騒ぐ必要などなかったのだと思うと、二人は口から乾いた笑いが漏れでるのを止めることが出来なかった。
「と言うわけでな、坊主はしばらく戻ってこねぇ。
いやしかし見ものだったなアレは。公爵様、最後は軽く泣きが入っててよう……」
髭を撫でつつ語る親方の台詞に、双子が座り込みながら投げやりな返事を返す。
親方は特に気にした様子もなく、ふむ、と頷くとそのままカザドシュで決まったことを説明しだした。
親方は、彼らも新型機開発に関わる一員だと考えており、それを伝える必要があると思ったのだ。
「おう、そのままで良いから聞け。それで、テレスターレは当面の間は公爵様が管理することになってよ。
新型機開発計画は、公爵様の主導で進むってことになったわけだ。
そんで俺達、鍛冶師は向こうの準備によっちゃ途中卒業して、そのまま
その言葉に、へたり込んでいたキッドが顔を上げる。
「んじゃ、親方達って、もうすぐいなくなっちまうのか?」
彼の声に少しの寂しさが滲んでしまうのは、避けられなかった。
キッドとアディにとっては、クラスメイトや昔馴染みとは別に、騎操士学科の先輩達も共に過ごした仲間であり、良い兄貴分だった。
彼らが居なくなることは、二人にとって少なからずショックな出来事だ。
「元々俺も、来年にゃあ卒業だ。そんな顔すんじゃねぇよ」
思わずしんみりとした周りの空気を払おうと、親方がキッドの頭を小突く。
しかしドワーフ族の拳は予想以上の威力を持ち、キッドはそのままもんどりうつはめになっていた。
アディがじりじりと親方から間合いを取る中、咳払いを一つ残して彼は話を戻す。
「あー、それで、言っておかねぇとならねぇんだけどよ。
恐らく今、向こうでは坊主の扱いに揉めてんだろうな」
「エルの?」
「おう、あいつ、卒業までは学園に通うとか言ったらしいけどよ、正直それが許される状況じゃねぇ。
俺らも作るんならいくらでも来いってもんだけどよ、正直、坊主は“モノ”が違う。
このままってこたぁまず無い」
親方の言葉の意味が、二人の頭に染み込むまでに多少の時間を要した。
つい先ほどの、親方達がいなくなるという言葉以上に、今告げられた言葉の重さは双子の顔色を真っ青に変じさせていた。
「えっ……な、なぁ、親方、それって、エルも
「エル君が……居なくなっちゃうの!?」
それは、彼らにとって考えた事も無い未来だった。
新型機の存在により騎士になるかどうかは揺らいでいるが、それでも学園を卒業するまでエルと共に居るのは当然だと、彼らは考えていた。
本来ならばそれは根拠の無い思い込みではない。何しろ同じ道を志す同級生なのだから。
しかし激変する状況が、当たり前の未来へ進むことすら困難にしていた。
余りにも衝撃的な内容に、言葉をなくし俯く双子に親方が声をかけようとした、その時。
決然とした雰囲気を纏い、猛然とキッドが顔を上げる。
「いますぐに、俺達はエルのところへ行く」
静かに呟かれた言葉に、親方も、そしてアディも驚愕を顔に乗せたままキッドへと振り向いた。
「馬鹿野郎。どれだけ手間だと思ってやがる、簡単に行けるわけねぇだろ。
それに、そのうち坊主は戻ってくる、何も今……」
「そんなのは関係ない! いますぐに、アイツのところへ行く!!
行って話しをする!! このままなんて許せねぇ!!」
普段はだるそうな空気を放ち、やる気のない態度を隠さないキッドの突然の剣幕に、周囲は彼の決意の固さを知る。
「落ち着け、あんな遠いところへどうやって行こうってんだ」
「
同様に拳を振り上げたアディに、親方は額を抑えて天を仰いだ。
エルの直弟子である彼らなら、本当にやってのけかねないと思ったからだ。
とは言え、カザドシュ砦への道のりは、口で言うほど簡単なものではない。
そもそもフレメヴィーラにおける都市間の移動というものは、魔獣の存在によりそう気楽なものではないのだ。
経験に長け、入念に準備を整えたものだけがそれを可能とする。
いかに双子であれ無謀としか言いようのない行為に、親方は何とか彼らの説得を試みた。
そうして興奮する双子を押しとどめたのは、後ろから聞こえてきた落ち着いた声だった。
「駄目に決まっているだろう」
エドガーはそのまま二人の腕をガシッと掴み、無理矢理動きを止める。
「エドガーさん!? 放してくれ!」
「駄目だ、よく聞け二人とも。カザドシュまでの道のりは険しい!
いくら幻晶甲冑があり、お前達が尋常ならざる使い手だからとて、許せるわけ無いだろう。
気持ちは……わかるが、今は待て」
流石に二人とも、杖を抜かずにおくだけの冷静さは残っていた。
エドガーは二人の腕を掴んで放さず、強化魔法も使わない子供の力では、それを振りほどくことは出来ない。
彼らの後ろからやってきたヘルヴィとディートリヒの二人が、困った表情を隠せないままにその様子を見ていた。
「……そういやぁ、ディー。アイツの修理が、途中だったな」
声を荒げて押し問答を繰り返す彼らにより、気まずい空気が漂いだした工房に、いきなり場違いに気楽な様子の親方の台詞が響いた。
全員の視線を集めながら、彼はどこか悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべながら、自分の後ろを顎で指している。
急な話の転換にいぶかしげな顔を見せながらも、その場にいる人間は親方が指し示すほうへと顔を向けた。
示された場所、工房の最も奥に据えられた
“真紅”に塗り上げられたその装甲に、彼らのうち一人が強い反応を示した。
「グゥエールか! 確か組み上げ途中でカザドシュへ向かったんだったね。
いやぁ、完成も目前……って親方、新型の製造は公爵閣下の管理に入るから、当面は中止なんじゃなかったのかい?
どうするつもりだい?」
その
「おう、まぁ新しくは作らねぇって事なんだが。
ここまで直して、途中で放っておくのも気持ちわりぃしよ、こいつは完成させるしかねぇだろう」
何度も頷きながら話す親方に、ディートリヒが機嫌よく同調した。
和やかな空気を漂わせる二人を尻目に、残る者たちの困惑が深くなってゆく。
「するってぇとまぁ、新型は公爵様管理だからよ、ライヒアラに置いとくわけにもいかねぇ。
まさかその程度のことで公爵様のお手を煩わせるわけにもいかねぇしな、そうすっと俺達が向こうへ持ってかねぇといけねぇなぁ?」
ディートリヒの表情が笑顔のまま凍りついた。
徐々に親方が言いたいことを理解し始めたエドガーとヘルヴィが、非常に曰く言いがたい表情になってゆく。
「まさかグゥエール一機で歩いてくのも無用心だしよ、エドガーもアールカンバーで付き合え。
ついでに俺らも馬車だすか。途中で修理が必要かもしれねぇしな。
それにひょっとしたら、余計な客も乗り込んでくるかもしれねぇがな」
その言わんとするところを理解したキッドとアディが、目を見開いて親方を見る。
髭に埋もれた彼の顔は、器用に笑みの形を取っていた。
「おいおい親方、いくらこの二人のためでも、こんなわがままに付き合うことはないぞ?」
「おーう? 別にこいつらのためってんじゃあねぇよ。
“丁度向こうに行く用事”があるからよ、ひょっとしたら何か手違いがあるかもしれねぇって話をしてるだけでな」
それを聞いたエドガーは、呆れたとばかりに肩をすくめた。
親方の言葉は完全に屁理屈だ。
それでは双子のわがままを聞いただけと何が違うのかと思ったが、彼は苦笑の下でなんとかそれを飲み込む。
「ふーん、意外と子供には親切なのね、親方?」
「ふん、共に槌を振ったヤツぁ俺の同胞よ。ドワーフの民は同胞の苦境を見過ごしはしねぇ。
……坊主は、こいつらの友達なんだろ。今話をしねぇで、どうするんだよ」
悪びれることもなく胸を張る親方に、彼らは苦笑じみた返事を返していた。
エドガーも強く双子を制止していたものの、いきなり友人との別れを聞かされた彼らの気持ちは理解しているし、どうにかしたいと言う気持ちもある。
非常に“わざとらしい”行動だが、時に建前は重要なのだと自分に言い聞かせ、双子の手を離した。
親方のごつい拳に小さな拳を打ち当てて喜ぶ二人の子供の姿に、騒ぎを聞いていた整備班の者たちは少し心和み、そして袖をまくると猛然と動き出した。
「外装はどれくらい仕上がってる!?」
「8割、細かいところは予備から流用できそうだ」
「クレーンこっちに回せ、取り付け急ぐぞ!」
直前のゆるやかな空気などどこへやら、俄かに鉄と炎の活気に溢れた工房が、常以上の勢いで稼働を始める。
滑車が立てる騒音を背景に、槌が金属を叩く澄んだ音が重なる。
ここしばらくの様々な活動により鍛え上げられた整備班の手によって、紅い幻晶騎士は見る間に完全な姿へと近づいていった。
「……うう、グゥエールは本当に持っていってしまうのかい? 折角直るというのに……。
私もそのままカザドシュで雇ってもらうべきだろうか」
「ディー、その、あれよ。……元気だしなって」
熱気に包まれる工房の中、ただ一人ディートリヒだけが複雑な心境を持って、紅い機体が着々と組みあがる様を見守るのだった。
魔獣襲来の
構成はカルダトア一個中隊(9機)に指揮官であるカルディアリア1機の10機編成だ。
比較的近い場所というのもあり、彼らは幻晶騎士を通常以上の速度で走らせていた。
フレメヴィーラ王国の大抵の村では、魔獣に対する備えとして、頑強な防壁を構築している。
しかし一般的な農村に、村の周囲全てを囲むだけの防壁を作ることは、様々な理由から不可能だ。
そのため大抵の村では、村の中心となる部分のみを囲う特に強固な防壁と、そこに食糧などを備蓄したごく小規模な砦を作っている。
人間には倒せない、強大な魔獣に襲われた場合は、そこに避難すると共に狼煙を上げ、近隣に駐在する騎士団の助けが来るのを待つのである。
小規模ながら、村人が生きるための最終防衛線とも言うべきその砦は、かなり堅牢に作られている。
ただし今回上がった狼煙は赤――決闘級魔獣(最低でも幻晶騎士が必要な魔獣)の襲来を告げるものだ。
人が持つ最強の兵器である幻晶騎士と拮抗しうるその力の前では、いかな堅固な砦とて長期間耐えれるものではない。
騎士団は焦る気持ちを抑え、ダリエ村への道のりを急いだ。
決闘級魔獣というものは、それなりに国内に存在し、被害も絶えることがない。
だからそれに襲われたこと自体は、不思議なことではない。
しかし朱兎騎士団の騎士がダリエ村に到着したとき、そこにいた魔獣は1匹や2匹などという数ではなかった。
村の周辺には少なくとも十匹を越す決闘級魔獣が存在している。
更には中型以下の魔獣も相当数集まっており、いきなり魔獣の楽園が出現したかのような光景が広がっていた。
偵察のために先行した騎馬隊は、その光景に戦慄を覚えると共に首を捻る。
彼らが見たのは鎧熊、鈍竜、炎舞虎……様々な種類の魔獣だった。
どれも近辺に生息しているものの、それぞれ個別の縄張りを持ち、共に行動する魔獣ではないはずだ。
それがこうして集まっているなど、不可解な状況である。
しかもどの魔獣も興奮した様子を見せ、中には互いに争っている個体すら見られた。
注意深く進出していた偵察部隊は、その中にあってはならないものを発見する。
彼らの視界に飛びこんで来たもの。
それは住人を守るべき強固な防壁が無残にも破壊され、1匹の鎧熊が、砦の内部へと頭を突っ込み“何か”を貪っている光景だった。
そう、偵察兵から報告を受けた瞬間、カルディアリアに乗る中隊長は躊躇いなく指示を下した。
「全速で村の中央部まで進出する。楔形陣形を取れ、邪魔な魔獣は全て撃ち倒し前進しろ。
到着後、我々は全力で砦を防護する!!」
魔獣に囲まれた只中へと突撃するなど、もはや自殺行為とも言えるものだったが、騎操士の間からは異論は聞こえず、むしろ力強い承諾の声が返る。
彼らは恐るべき素早さで陣形を組むと、盾を仕舞い、
それは防御よりも最大の攻撃力をもって突破力を頼みとする構えだ。
中隊長の号令一下、中隊が突撃を開始した。
巨人が走る、雷鳴のような音が周囲へ轟く。
それに気づいた魔獣が駆け寄ってくるが、カルダトアの持つ魔導兵装・カルバリンから
彼らは自ら放った法弾を追いかけるようにして突撃し、中央への最短距離を強引にこじ開けた。
その場にいる数だけならば魔獣のほうが多いが、それらは一箇所に集まっているわけではない。
密集した一個中隊の幻晶騎士は、その密度で魔獣を圧倒し、一気に砦まで駆け抜けた。
周囲で轟く爆発音に、砦に頭を突っ込んでいた鎧熊は警戒心を覚え、のっそりとした動作で首を上げた。
“食事中”に邪魔が入った彼は、不機嫌な唸りを上げながら振り返る。
食事に気をとられ、注意が疎かになっていたその行動は、完全に遅きに失したものだった。
振り向いた彼のもとへと、雷鳴の如き轟音を打ち鳴らし、炎の槍を撃ち放ち、疾風の速度で突撃する巨人の一団が殺到する。
「失せろ! 畜生めが!!」
楔形陣形の先陣を切るカルディアリアが、ここまで走ってきた勢いを殺さず槍を構える。
カルダトアより高い筋力を持つカルディアリアから、突撃の勢いに裂帛の気合を乗せて、槍の一突きが繰り出される。
鎧熊は甲殻じみた硬化した皮膚を持っているが、圧倒的な勢いを持つカルディアリアの攻撃は、それを物ともしなかった。
槍の穂先が綺麗に鎧熊の頭部を捉える。
皮膚を突き抜け肉を割り、勢いのまま骨を砕いて突き刺さった槍が、一撃で鎧熊の命を絶つ。
突撃の勢いを全く殺さなかったカルディアリアは、そのままもつれ合うように鎧熊の死骸に衝突した。
憎き魔獣を見事に屠った中隊長を守るように、残るカルダトアは素早く陣形を変更した。
彼らは防壁にあいた穴を守る半円陣形を取る。
背後には何人たりとも通さないとする意志に満ちた、鉄壁の守護の構え。
吹き飛んだ魔獣の血の臭いに酔い、さらに凶暴性を増した残りの魔獣が押し寄せてくる。
カルダトア部隊が、迫り来る暴虐の津波を正面から迎え撃った。
突撃によりうまく魔獣を減らすことができ、中隊は数の上では魔獣とほぼ同数となっていた。
しかし無理矢理に、しかも最も危険な魔獣達のただなかに踊りこんだ彼らは、実際には極めて危うい状況にいた。
先刻の無理な突撃により
機体の
炎舞虎の吐く炎を盾で遮り、鋭利な棘に身を包まれた鈍竜の痛烈な尻尾の一撃を凌ぎ、鎧熊の体当りを受け止める。
彼らは魔獣にはない、連携という人の知恵と技を駆使してそれらを凌いでいるが、綱渡りのような危うい状況が続いていた。
「これで止めだ!」
状況を打ち破ったのは、中隊長が操るカルディアリアだった。
指揮官用の高性能機であるそれは、鎧熊との衝突により多少ガタが来ていたものの、相対した魔獣を打ち倒すことに成功する。
中隊長はそのまま、機体の魔力貯蓄量が限界を迎える前に反撃に打って出た。
一度状況が動き出すと、決着までの時間は短かった。
数で有利になった騎士団が、そのまま一気に魔獣を押し込み、辛くも勝利をもぎとる。
最後の鈍竜を倒したとき、中隊に無事な機体はなく最低でも小破、うち3機が中破で2機が大破し戦闘不能という有様だった。
決闘級を倒した後は、残る中型の魔獣が速やかに駆逐されてゆく。
長い戦いが終わり、彼らが周辺の十分な安全を確保した頃には、すでにとっぷりと日が暮れていた。
戦闘が終わると共に、交戦区域の外に待機していた随伴部隊が村へと進出する。
彼らによって、生き残った村人の救助が始まった。
砦の周囲には幾多の
砦の中は、凄惨な有様だった。
壁を破り侵入した鎧熊により、ダリエ村に暮らす人の約半数が死傷している。
生き残った村人達は、あわや全滅を目前としたところで騎士団が間に合ったことに、多大な感謝を送っていた。
その裏には、失った同胞を悼む気持ちも、騎士団がもう少し早く到着すれば、という気持ちもあるだろう。
しかし彼らは何よりも、今生き残れたことを喜び合う。
それは“魔獣”という強大な脅威と隣り合わせのまま暮らさざるを得ない、この国の民に独特の考え方だ。
ある種ドライとも取れる極端な前向きさが、過酷な状況における彼らの生活を支える原動力の一つとなっていた。
人的被害もさることながら、建物や田畑の被害も相当なものに上る。
騎士団の任務は、多くは魔獣を駆逐するだけでは終わらない。
中でも今回のように極めて被害の大きな魔獣災害が発生した場合は、しばらくの間そのまま駐留し、安全を確保すると共に復興に協力することになる。
普通は採算が合わないので行われないが、幻晶騎士は極めて巨大なパワーを持つ工作機械としても使用可能だ。
こういった緊急時に限り、その用途へと転用される。
当分の間この村では、全高10mに達する巨人が建物を直す光景が見られることだろう。
本格的な村の復興に取り掛かる前に、中隊のうち自力歩行の可能な2機のカルダトアが、カザドシュ砦へと伝令に向かった。
主に当面の安全確保と、復興活動の開始を報告するためだ。
また、大破した機体を回収するための部隊を寄越してもらう必要があり、その要請も兼ねていた。
応急処置を受けただけの機体を操る騎操士は、時折怪しげな動きを見せる相棒をなだめすかしながら、カザドシュ砦への道のりを急ぐ。
道中は順調で、程なく彼らはカザドシュ砦の周囲の深い森へと差し掛かった。ここを抜ければ砦へ到着する。
勝利の報告を手にした彼らは、浮かれた雑談をかわしつつ森へと続く街道を進んだ。
朱兎騎士団の中隊がダリエ村を襲った魔獣を駆逐している間、随伴部隊とは別に、森の中よりその様子をうかがう影があった。
森に溶け込むような色合いをした布に全身を包んだその姿は、極めて視認が難しく正に影と化している。
影は、決闘級魔獣の大半が倒れたあたりでその場を離れ、近くにつないでいた馬に飛び乗った。
そのまま抑え目の速度で静かに森を進む。しばらくして森の中に小屋が見えてきた。
その小屋は元々は森で狩をする猟師が非常時に使用する建物だ。
やはり魔獣に追われた時のことを考えてか、丸太を強固に組み合わせ、小さいながらも耐久性を持たせた造りになっている。
馬から下りた影が一定のリズムをつけて扉をノックすると、少しして鍵を開ける音がして扉が開かれた。
内部には、小屋の大きさからは意外なほどの人数がいる。
それぞれに暗い色の皮の鎧を着た彼らは、中央に机を囲み、何かを話し合っていた。
机の上には、周辺の地形を書き出した地図が置かれ、あちこちに矢印と注釈が書き込まれている。
それはまるで“作戦行動前の部隊”のような雰囲気を漂わせていた。
小屋へ入ってきた影はおもむろに全身を包む布を脱ぐ――その下にあったのは、かつてライヒアラ学園街で学生から新型機の資料を受け取った、あの男だった。
「隊長、朱兎騎士団は予想通り魔獣を倒したようですぜ」
「そうだろうね、あいつらはそのために居るんだからさ。で、出てきた規模は?」
「一個中隊ってとこですね」
男に隊長と呼ばれた女性は、彼の報告を聞いて腕を組む。
彼女が入手した情報では、砦に配備されている戦力は三個中隊規模。
ならばそこには、残り二個中隊と新型機があるはずだ。
「偵察に出ているやつも呼び戻しな、手はずどおりに進めるよ。
これが最初で最後の、あたしらだけの戦だ。上手くやろうじゃないか」
そういって女性が窓から外を見る。
小屋の外には、布に蔓と木々を組み合わせた、森と同化する色合いの覆いをかぶせられた巨大な人型があった。
それが3つ。小屋の周囲のやや開けた空間を占拠している。
覆いの下で沈黙するそれは、目前に迫った始動の時を、今や遅しと待ち構えているのだった。
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