#37 話し合いの結果
「…………以上が、部下より聞き取った内容の全てになります」
カザドシュ砦を拠点とする、朱兎騎士団の団長、モルテン・フレドホルムが直立不動の姿勢で報告を読み上げた。
彼がいる場所は、カザドシュ砦内にある上級作戦会議室――普段は使用されないが、貴族などが訪れた場合等に使用される、応接室兼用の会議室――である。
部屋の中央には机があり、それを囲むように椅子が並べられている。
今その椅子のひとつにはカザドシュ砦、及びディクスゴード公爵領の主であるクヌート・ディクスゴード公爵が座っていた。
モルテンの報告を聞いたクヌートは、少しの間瞑目していたが、ややあって肺腑へ溜め込んだ重い空気を吐き出す。
「なるほど、新型機の性能のほどはわかった。それで、騎士たちからの評判は、どうだ」
モルテンが報告した内容は、
「正直なところ、極めて高いものであると言わざるを得ませんな。
同数のカルダトアを使用しても、あれだけの戦果を上げるのは容易なことではありません。
共に戦った騎士は、ほぼ全員が新型の導入を希望しています」
「ふうむ」
眉間に微かなしわを寄せ、クヌートは背もたれへと身を沈める。
丁寧に撫でつけた髪型の下にとがった鷲鼻が特徴的な、鋭い印象を受ける彼の顔つきは思索に研がれ、更に鋭利な雰囲気へと向かっていた。
「……新型機は、我が国にとって益あるもの。これを捨て置くことは、できぬ、な」
クヌートの小さな呟きに、モルテンが頷きを返す。
「モルテン、新型機を作った学生達は、
その際予想される諸々の困難の仲裁を、我々に頼み込んできおった」
クヌートの手元には先ほどの報告とは別の資料があった。
ライヒアラよりセラーティ侯爵を経由して彼に届けられた、報告書と要望書だ。
「それと、だ。彼らは自らを国機研へと売り込むつもりのようだ」
「ほう? 技術だけ、ではなくてですかな」
「新型機を形作る技を一番良く理解しているのは我々であり、今後これを開発する際にそれに加わることが出来れば、より深い貢献をお約束します……と」
要望書の一文を読み上げるクヌートに、モルテンは顎を覆う見事に切りそろえられ、整った髭を一撫でし、豪快な笑いを返した。
「はっはっは、最近の学生は貪欲ですなぁ。
彼らなりに、新型機を開発した自負があるということですかな。
なに、よろしいではありませんか。ライヒアラ卒の者であれば、その能力に不足はないでしょう。
さらにはこれは新型の開発者達。有能な若者は大歓迎ですな」
モルテンも勿論適当に返しているわけではない。
新型機の開発、導入が始まれば当然多くの人員をそこに裂く必要が出てくる。彼はそれを見越していた。
来るべき大きな流れに対し、やる気と熱意、そして十分な能力を持って挑む人材は、いくら居ても困ることは無い。
求められるものと本人の意思が一致しているのならば、それは幸せなことだろう。
「さて、どこまでが彼らの力かな」
しかしクヌートの考えは少し違っていた。
彼の視線の先には、報告書のとある一文がある――発案者、エルネスティ・エチェバルリア、と。
彼の脳裏を、銀の輝きを持つ少年の姿がよぎった。
「モルテンは引き続き学生達の相手をしてくれ。余裕があれば、新型機についての更なる調査を行え」
「はっ! して、閣下はいかがされますか?」
「私は……直接会わねばならぬ者が居る」
その言葉は、国家の重鎮たる彼には珍しいことに、苦々しげな空気を孕んでいた。
そうして、エルへと呼び出しの伝令が向かうことになる。
モルテンが出て行った後、クヌートはゆっくりと息を吐き出す。
事前にセラーティ侯爵から受け取った報告書を見ている彼は、今回の新型機開発が学生のみの力によるものでは無いことを知っている。
「(……侮るべきではなかった? しかし……)」
クヌートはやもすると首をもたげる後悔を脳裏から追い出す。
その後悔は、偏にかつての彼自身の油断に起因していた。
国王とエルが
その時点では、クヌートにとっての問題の中心は、国王の道楽ぶりにあった。
約束を交わした相手であるエルは、注意こそ必要だったが、さほど重要ではなかったのだ。
それほどまでに、国王とエルが交わした幻晶騎士を設計するという条件は達成困難なものだった。
エルはその年齢をすれば才気煥発な子供だったが、いかに才能があろうとも個人でできることには限度がある。
国王も条件は提示すれども直接的な支援は約束しておらず、そもそも幻晶騎士の設計というものは個人で行うものではない。
現在のフレメヴィーラ王国の制式幻晶騎士であるカルダトアが設計されたのがおよそ100年前。長年に渡る技術の蓄積の上に、当時最高の鍛治師たちが総力を挙げてようやく成しえたことなのだ。
それでさえカルダトアの前身であるサロドレアの開発から200年近く経ってからのことと言えば、いかに困難なことか想像がつくだろう。
クヌート“自身の経験”を鑑みても、交わされた約束が実現される可能性は、およそ考慮に値するものではなかった。
……はず、だったのだ。
そこから1年すら経たずして、彼の元に耳を疑う報告が舞い込む。
“学生達によって新型の幻晶騎士が作り上げられた”
それ自体がただ一言、前代未聞である。
さらにはその報告書に書かれた新型機の発案者の名前を見て、クヌートは危うく卒倒するところだった。
“エルネスティ・エチェバルリア”――記憶にある、国王との約束が俄かに現実味を帯びるにあたって、クヌートは己の常識が音を立てて崩れてゆくのを感じていた。
かつてクヌートは若かりし頃に“カルダトアの改良”に着手した経験がある。
幻晶騎士の戦闘能力は、そのまま国内の安定に、国の力へと直結する。
王家の傍流であり、国内最高位の貴族であるディスクゴード公爵家の頭首として、彼がさらなる国の発展を願い、そのための力を幻晶騎士に求めるのは当然の流れでもあった。
国王の許しを得、
100の年月を越える間に蓄積された技術的改良は小幅なものに留まり、中心となる大きな改良点がなかったためだ。
ある程度の改良は施せたものの、それはクヌートが求めるほどのものではなかった。
クヌートにとっては、苦々しい記憶だ。
彼は自身の経験として幻晶騎士の新型を作ると言うことが、どれほど困難か十分に知っている。
長きに渡る技術の蓄積もなく、潤沢な人材も、ましてや資金すらなく、ただ学生を集めて新型の幻晶騎士を作り上げるなど、本来は夢物語でしかない。
ならば、とクヌートは思考を切り替える。
エルネスティという少年は、“何か”を持っているはずなのだ。
これまでとはまったく別の条理から、新型機の開発という夢物語を現実に為しうる“何か”を。
それはクヌートに、そしてフレメヴィーラ王国に多大な恩恵をもたらすものとなるだろう。
クヌートは、己の判断がいかに危ういものだったかを思い、背筋の寒くなる感覚を覚える。
より以前からエルについて多くの情報を持ち、実際に行動を起こしたセラーティ侯爵がいなければ、クヌートはただ後になって結末を伝え聞くだけの位置に居たかもしれない。
彼は情報を伝えてくれたセラーティ侯に感謝しつつ、それを知り得た好機を生かすべく行動を起こした。
それはいくらか予想外の事件を挟んだものの、果たして新型機は高い戦闘能力を示して見せ、騎士からも良い評価を受けている。
いずれこれを導入し、国内に普及させることは必要なことだと、クヌートは考えている。
しかしそれには唯一つ大きな不安要素がある。それが発案者であるエルネスティの存在だ。
クヌートにとってエルは、いまだに正体のわからない黒く蠢く影のようなものだ。
その全貌は杳として知れず、彼が何を考えているのか、何を求めているのかも確かにつかむことは出来なかった。
是が非でも、彼が求めるところを知り、考えるところを知り、そしてそれを生かす必要がある。
いつの間にか目を閉じていたクヌートの耳に、控えめなノックの音が聞こえてくる。
彼は一瞬だけ深く息をついて自身を落ち着かせると、許可を告げ、客人を部屋へと招き入れた。
石造りのカザドシュ砦の長大な廊下を、数名の人影が歩いてゆく。
先を案内するのは鎧を着た騎士、それに続くのは小柄な、まだ幼子といっても良い子供だった。
先導する騎士のもつ揺らめく灯りが、静まり返った廊下に僅かな動きをもたらし、擦れあう鎧の音と足音が微かな旋律を刻む。
やがて廊下は終わりを告げ、小さな灯りの中に重厚な造りの扉が浮かび上がってきた。
細かな装飾が施されたその扉は、いかにも周囲とは違った雰囲気を放っており、“上級作戦会議室”と書かれたその部屋が特別なものであることを示している。
案内の兵士が扉をノックする。彼は軋む音ひとつ立てずに扉を開いて少年――エルネスティを中へと導いた。
エルが扉をくぐると、そこには砦の無骨な雰囲気とは一線を画する、立派な部屋が広がっていた。
兵士が歩くには全く適さない、柔らかな絨毯の感触を確かめるように、彼はゆっくりと部屋の中央へと進む。
部屋の中央にはテーブルが用意され、その向こう側には壮年の男性が待ち構えていた。
その人物は他でもない、この砦の主であるクヌート・ディクスゴード公爵である。
クヌートは鷹揚な態度でエルに席を勧め、簡単な挨拶とともに一礼したエルが椅子にちょこんと腰掛けた。
同時にやってきた給仕が、飲み物を注いでから下がってゆく。
オービニエ山地の西側諸国から輸入されてきた、高級茶の馨しい香りが二人の鼻腔をくすぐる。
そうして紅茶を片手に、和やかな雰囲気の中で彼らの
クヌートにとっては、そこで行われる会話はいわば真剣勝負。
エルの人となりを、欲するところを暴き出し、そして如何にして相手に対し主導権を取るか。
まるで剣術の試合で間合いを計るかのように、静かに熱を帯びたものとなるはずだった。
だが彼は今、困惑でいっぱいだった。
「……このように、新型機の全身には騎操士学科の鍛冶師達により新開発いたしました
テーブルを挟んだ彼の向かい側にはエルが座り、立て板に水を流すように新型機の説明を行っている。
それはクヌートがまず様子見とばかりに新型機についての質問を行ったときから絶え間なく続いており、もはや会話の場はエルの独壇場となっていた。
「お手元の資料をごらんください。前述の通り、新型機は従来型に比べ高い筋力、豊富な装備運用能力を誇りますが、反面持久力にやや問題が残っており……」
なまじ内容がクヌートが聞きたい事でもあるから始末に悪い。
会話の主導権を握ろうにも、彼の耳はエルの言葉を拾い、目は資料を読み、そして思考は新型機の情報を整理することに費やされてしまっている。
頭の片隅で警鐘が鳴らされるが、しかし彼は求める情報を貪欲に摂取することを、止める事ができなかった。
「費用に関しては今のところ、明確に申し上げることが出来ません。
今後最適化を進め、生産性を上げることにより変動するでしょう。
ただし、現状でも高額な部品である幻晶騎士の心臓部は既存のままであり、比較的安価な部分を中心に変更していることから、極端な高額化はしないと想定され……」
淀みなく、エルのプレゼンテーションは続く。
カザドシュ砦へと呼び出されたときから内容を練りこんでいたこのプレゼンテーションは、こと説明という点では完璧な内容であったといってよい。
結局、エルの話が終わったのは話し始めてから2時間後のことだった。
いかにエルに前世の経験があるとは言え、それだけの時間を走りきらせたのは偏にロボットへの愛と言う他ない。
実に満足げに冷めてしまった紅茶を啜るエルに対し、クヌートは頭の中で内容を整理し、その量産のための計画を検討し、質問をしようとして――唐突に己の当初の目的を思い出した。
これまでの公爵としての仕事上、鍛え上げられた交渉における能力を全く発揮できていないことに、クヌートは愕然とした気分を味わう。
新型機への強い興味を持っているという点を、鮮やかに突かれてしまった。
これが計画的なものであれば、彼は完敗したと言ってもいい。
しかしその強力な手札も、説明が終わったことで一時的にその効果を失っている。
反撃に移るならば今しかない――クヌートは、自身にも不可解な焦りを感じて、己の切り札を場へと送り出した。
「なるほど、新型機については、いくらか質問があるが……その前にエルネスティよ、その扱いについてだがな」
さすがに彼も伊達にその任を勤め上げて来たわけではない。
彼の雰囲気が、急速に切り替わる。無表情の鞘から、まるで刀剣を擬人化したかのような鋭利な印象が抜き放たれようとしていた。
「“陛下より許しを得”、此度の新型機の評定、そして今後の運用について、その全権を私が任される事となった」
爵位としては最上位にあたる公爵位の人間が、国王より全権を任されると言う事は、事実上、国王と限りなく近い力を持つことになる。
少なくともこの案件に関する限り、彼の言葉は国王のそれと解釈して相違ない。
「新型機に関するその全てを一時的に私が管理する。それは情報についても然りだ。
これらは、私から陛下へとお伝えすることになる」
クヌートにとって、それは正に切り札であり、最終手段だった。
相手に対する全権の掌握。
完全に上を抑えるそれは、効果は絶大な反面、相手の反感を買いやすいと言う避け得ない欠点を持つ。
エルを敵に回すわけには行かないクヌートにとっては、あまり良い選択肢とはいえないが、このままエルのペースで話が進むことに、彼は危機感を感じていた。
そもそも彼はまだ新型機の説明しか聞いていないのだ。
これだけの札を出せば、エルも大きな反応を返さざるを得なくなる。それはクヌートにとって大きな手がかりとなる。
反動も大きなものとなるだろうが、その後の話の流れをまとめる所こそ、彼の腕の見せどころだ。
渦巻く思いを押し殺し、微かに目を細めたクヌートへと返された言葉は、たやすく彼の想像の遥かに斜め上を行った。
「よかった、では今後陛下に同じ説明をする必要はないのですね。
後はよろしく願いいたしますね」
エルは頷くと、ぴょこりと小さく一礼した。
クヌートが喉の奥底から湧き上がる唸り声を抑えることが出来たのは、何かの奇跡だろう。
誰を相手にしても、最大の威力を発揮するであろう切り札は何の効果ももたらさず、華麗に空を切った。
さしもの彼も、ただ手間が省けたとばかりに扱われるなどと予想できようはずもない。
言葉に詰まったクヌートが固まっている間に、当然の結果として話の主導権は再びエルへと戻っていた。
「閣下が全権をお持ちと言うのならば、一つ確認したいことがございます」
「…………う、うむ、なんだ」
「新型機のご報告を入れた際に、騎操士学科の生徒について、一緒に申し入れたと思うのですが……」
それを受けて、軽い咳払いを残してクヌートが再起動を果たした。
「聞いている。彼らを、新型機開発の人員として雇用できないかと。
それについては断言は出来ぬが、開発が本格化すれば恐らくは人はいくら居ても足りぬ事となろう。
むしろ、断っても彼らにはその位置についてもらうこととなるだろうな」
エルが、笑みと共に小さく安堵の吐息を漏らす。
大半の要望を達成したのだから、それは当然のことに思える。
しかしクヌートは、ある疑問を強く感じていた。それは、
「お前の話が意図するものは、一体なんだ?」
と言うものだ。
「新型機の説明と、要望として出していました、先輩達の採用についての確認に来ました」
エルの答えも極めてシンプルなものだったが、それはクヌートの中の違和感を決定的なものとする。
彼はしばしの間悩み、その違和感の原因に辿り着いた。
「……お前は、どうするのだ?」
「僕ですか?」
「そうだ。新型機を売り込み、学生達を売り込み、それはいい。
しかし肝心のお前がどうするかを聞いていない。にも拘らず、お前は満足しているように見える。
お前が新型機の発案者なのだろう? その功績をもって、何か言うべき事があるはずだ」
結局のところ、クヌートはエルについて何も知らないままだ。
その上、エルからは彼自身に関する要望の一つすら聞こえてこない。
疲れたのであろうか、もはやクヌートの言葉は駆け引きを全く考慮しない、酷くストレートなものになっていた。
「どうするも何も僕は初等部の生徒ですから。卒業までそのまま通いますけれど」
ああそうか、そういえば10歳の子供だったな、とクヌートは素直に納得しそうになり、危ういところで問題はそこではないことに気付いた。
「な、これだけのことをしでかしておいて、今更それか!?」
クヌートがエルの年齢を完全に失念していたのを、責めるわけにもゆくまい。
それを別にしても、ここで奇妙に常識的な答えが返ってくるとはどういうことか、彼は混乱のただ中に叩き込まれていた。
「今更とおっしゃいますが……仮に僕まで国機研までいくことになりますと、僕は初等部中退という経歴になってしまいます。
それでは、両親を悲しませてしまいそうですし」
妙なところで、前世の考え方の抜けないエルだった。
むしろここに来て緩い雰囲気を放つその物言いに、ついにクヌートが“切れた”。
「……お前は自分が何を為したか、わかっているのか?」
「新型の幻晶騎士を、提案しただけですよ?」
「簡単に言ってくれる。余りにも当たり前で、説明するのも空しいが敢えて言ってやろう。
よいか? この国が出来て以来、いや人の歴史を歩み始めて以来、“新しい幻晶騎士を提案した個人”などと言う者は一人として存在しないのだ!!」
何故こんな常識をわざわざ説明しているのだろう、とクヌートは彼の人生でも間違いなく最上位に位置する空しさを噛み締めていた。
貴族としての長きに渡る実務経験がなければ、泣きが入っていたかもしれない。
「言うまでもないが、幻晶騎士の開発は数多の人間が関わる、一大事業だ!
新たな機体を提案する集団はいても個人で成し遂げられることでは、決してない!!」
徐々に熱の入るクヌートの言葉に、さすがのエルも引き気味である。
「陛下が魔力転換炉と引き換えに出した条件……あれは、不可能と言い換えても間違いではない。
それをしれっと持ち込んで来るような非常識の極みをやってのけながら、この期に及んで何を普通の子供みたいなことを言っておるか!!」
エルは外面的には実際に子供なのだから、クヌートの怒りは見当違いではあるのだが、この場にそれを突っ込む者は存在しなかった。
逆に、齢10歳をして国家を揺るがすほどのことを“しでかす”ような相手だと考えては、クヌートはもたなかったのかもしれない。
敢えてそのことを考えないようにする、それは一種の自己防衛処置とも言えた。
しかしエルは容赦なく、クヌートの炎に正面から油を注ぐ。
「いえ、テレスターレを持ち込む気はなくて、陛下へお見せするものは、別にあります」
「……まだか、まだ何かやる気か、貴様」
すでにそこには冷静さは跡形もなく、クヌートのこめかみには青筋が浮き上がっている有様である。
「はい、もちろん。幻晶騎士を作ることが、僕の趣味ですから」
それまでの燃え盛りようが嘘のように、クヌートが不気味に沈黙する。
彼の脳裏ではかつて見覚えのある場面が再生されていた。
『趣味に御座います』
そう、エルが国王に語った言葉は掛け値なしの本音であったのだと、クヌートはその時、心底から理解した。
そして彼は悟った。
今相対しているのは間違いなく歴史に残る才を持つ者だ。それは特定分野に関しては他の追随を決して許さない。
同時に、周囲の迷惑を微塵も考慮せず、己の道をどこまでも突き進む災害か何かの親戚のような存在だ。
これは陛下と意気投合するわけだ――クヌートの思考のうち、冷静な部分が恐るべき予感を確信する。
クヌートは若かりし頃、天才的な手腕で馬鹿を為す、アンブロシウスの様々な計略じみた道楽につき合わされて散々な目に遭っていた。
アンブロシウスは今でこそ“名君”といっても良い国王だが――いや、今ですら道楽の気を抑えられない御仁なのだが――当時は正に天災とも言うべき存在だった。
そんなクヌートは、王宮ではこっそりと“猛獣使い”と呼ばれていることを知らない。
目の前にいる少年はそんな国王と同種の人間だ、と。
図らずも、クヌートの“エルの考え方を知る”という目的はここで達成されていた。
すとん、と重力にしたがってクヌートが席に戻る。
「……そうか」
実に重々しい言葉を最後に、彼らの会話はその幕を閉じた。
長い話し合いだったが、クヌートの疲労は明らかにそれ以上のものに見受けられたと、後にモルテンは語る。
エルとクヌートが会話の空中戦をやってのけてからおよそ一週間の後。
場所は王都カンカネンにあるセラーティ侯爵家の別邸へと移る。
ヨアキム・セラーティ侯爵は、すでに何度も読み直した手元の資料を今一度読み上げる。
エルとクヌートの話の内容を要約したそれは、直後にヨアキムの元へと届けられていた。
「……という話が、なされたと聞いている」
「…………」
表情を変えることもなく説明を終えたヨアキムに対し、彼の子供たちは一様に返す言葉を思いつけないでいた。
勢い込んで振り上げた拳は落としどころを失い、代わりにやってきた非情な気まずさが彼らの口を縫う。
彼らの心情を表現するなら、このような感じになるのだろう。“ああしまった、エルってそんなやつだった”、と。
それでも鍛えられた精神力を振り絞り、なんとかティファが立ち直る。
「……そう、なのね。ひとまず彼が……楽しそうで何よりね」
彼女の言葉が少し恨みがましい口調になってしまっていたのも、むべなるかな。
ふと、グロッキー状態だったキッドが顔を上げる。
ヨアキムの説明で、エルが何をしでかしたのかは概ねわかったが、一つ謎が残っている。
「だったら、エルが帰ってきてないのは、何故なんだ?」
「そこまでは私も知らん。カザドシュより戻ってきた者が居るのだろう。彼らに聞かなかったのか?」
「……あっ」
余りに勢い込んでいたために、重要な情報源であるはずの親方達への聞き込みを失念していた3人は、酷く落ち込んだ。
「……聞く前に、ここへ……」
「やれやれ。それほど焦るとは、エルネスティという少年は、お前達にとって相当に重要なものらしいな」
部屋に入ってきたときの勢いを完全に失った3人は小さくしぼんでいた。
ヨアキムは彼らを責めるでもなく、ふと真剣な表情で双子へと声をかけた。
「アーキッド、アデルトルート」
「はっ、はい!」
「ならば、これからもエルネスティと共に居よ」
「え?」
自分達の無茶を怒られるとばかり思っていた二人は、その言葉に驚いた様子を見せる。
「ディクスゴード公は、彼をひとまず野望なしと踏んだ。私も同意見だ。
彼は今後、この国に……いや、もしかしたらそれ以外にも大きな影響を与えるだろう。
それは多くの味方を作り、同様に多くの敵を作る。
どれほど有能であろうとも、一人で乗り切ることは難しかろう。
お前達は彼と近しく、そしてその教えを受けたのだろう? ならば彼の力となれ」
キッドとアディはぐっと拳を握りなおし、力強く彼らの父親へと言い放つ。
「言われるまでもねぇよ」
「そうよ! 言われなくても、私はエル君と一緒に居るんだから!」
決意も新たに双子が頷き、ティファが彼らを後ろから抱きしめた。
その様子を見ながら、ヨアキムは資料のうち、子供達へ告げていない部分へと目を走らせる。
「(公は、あれは子供の気質と年長者の思考を併せ持つとおっしゃった。
ならば、昔馴染みをそばに置いておくことは、無駄ではあるまい。
願わくば、彼にはその力に溺れることなく、この国の力となって欲しいものだ)」
子供達を見つめるヨアキムの視線は、意外なほど柔らかなものだったが、抱きしめあう彼の子供達はそれに気付いては居ないようだった。
「……それはそれとしてだ」
堅い調子を取り戻したヨアキムの言葉に、3人の動きがぴたりと止まる。
「学園を無理やり抜け出してきたようだな? 今少し、話し合いが必要なようだな」
3人の表情が笑顔から泣き笑いのそれへと、徐々に変わってゆく。
嵐の最後に落ちた雷は、特大のものであったとだけ、ここに記しておく。
クヌート・ディクスゴード公爵は、頭を抱えていた。
その原因は彼の目の前で、数多の資料と共に笑みを浮かべている。
「貴様、本当に、これを……作るつもりなのか」
「はい、これでこそ魔力転換炉の製法を教えていただくに値すると、自負しております」
搾り出すようなクヌートの声に、エルの弾けるような答えがかぶさる。
クヌートは、やはり国王に伝える前に自分が挟まったことは正解であったと、心底己を誉めたい気分だった。
エルの提示した資料には、国王へと見せる予定の幻晶騎士、その基礎設計が書かれている。
常識を世界の果てまで吹っ飛ばした“それ”を、とてもではないが国王へとそのまま伝えるわけには行かない。
クヌートは深い溜め息と共に悟る。
どうやら彼は、エルネスティと言う常識外の存在の手綱を、上手く取って行かねばならないようだ。
「お話中、失礼いたします!!」
彼の悩みは、突如として飛び込んできた第三者の声にさえぎられた。
返答も待たずに、朱兎騎士団長であるモルテンが扉を殴りつけるような勢いで部屋へと入って来る。
いかな騎士団長とは言え、公爵位の人物が客と話している場所にいきなり入るのは非礼の謗りを免れない。
しかしクヌートは、無礼をとがめる前にモルテンの様子から、相当の緊急事態が起こったことを読み取っていた。
「どうした、何があった?」
「ダリエ村の方角より、魔獣襲来の狼煙が確認されました。
……上がった狼煙は、赤。決闘級以上の群れと推測されます」
決闘級以上の魔獣、それも群れとの遭遇。それは高い防衛力を持たない村落にとっては、滅亡を意味する。
クヌートの判断は迅速だった。
「モルテン、即応可能な
編成は最低でも一個中隊、全速を以ってダリエ村付近まで進出し、これを守護せよ!!」
「はっ、すでに準備は進めております。編成が終了次第、我が朱兎騎士団は直ちに出撃いたします」
モルテンは敬礼を返すと、来たときと同じ勢いで部屋を飛び出してゆく。
「話をしている場合ではなさそうだな。私は砦の指揮につく。
貴様は……捨て置くのもなんだな。共に来い」
エルは頷くと、部屋を出るクヌートの後ろに従った。
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