#24 国王陛下に会おう

「お祖父様もいかがですか?」

「ふむ、わしは遠慮しておこうか」

 

 露店で買ったパンケーキをぱくつきながら、エルは隣を歩く祖父、ラウリに問いかけていた。

 ラウリの言葉に頷くと、そのまま薄めに焼き上げ果物をはさんだクレープに近い菓子を食べきる。

 軽く視線を上げると、そこには王都カンカネンの中心に聳えるシュレベール城が視界に入った。

 

「(現実逃避してる場合や無いよなぁ)」

 

 今カンカネンではヤントゥネン守護騎士団とライヒアラの騎操士への叙勲式が行われている。

 近年稀に見る強大な魔獣の襲来と、それを打ち破った騎士団、そして果敢に立ち向かった学生(準)騎士達を褒め称え、街は活気に溢れていた。

 吟遊詩人は早速勇猛果敢な騎士団の活躍を歌いあげ、それを肴に酒場では昼間から酒を飲み交わす者達がいる。

 商人達はここぞとばかり出店を出し、浮かれた住民達によるお祭り騒ぎが続いているのだった。

 そんな騒がしい街中をエルとラウリはシュレベール城を目指し移動していた。

 

「(まさかの王様からの呼び出し。褒章何も無いから、てっきり話はアレで終わりかと油断してたなぁ)」

 

 エルとしては終わった話が地雷に変わったようなものである。

 単に事情を聞かれるだけならば兎も角、国王クラスに呼び出されるとなると、嫌な予感が止まらない。

 薄くついた溜め息は通りの騒ぎに溶けて消える。

 彼らは人ごみに逆らうようにすり抜けながら中心部へと進んでいった。

 シュレベール城の正門前は空前の賑わいを見せているが、裏門周辺はかなり人がまばらになっている。

 そこへ辿り着いた二人は兵士に案内されながら城内へと入っていった。

 

「(そういえば、なんで爺ちゃんに連絡きたんやろ)お祖父様」

 

 城内の長い廊下を歩く間、エルは少し前を行くラウリに問いかける。

 

「お祖父様は陛下とお知り合いなのですか?」

「うむ、わしと陛下はこれでも長い付き合いでな。わしらは昔ここカンカネンの王立貴族院学園に通っていた。

 陛下はその時の、所謂学友と言うやつなのだ。

 その縁で相談役紛いのことをやっていた時期もあってな……今でも時折助言を求められる事がある」

「そうだったのですか。お祖父様は今でもフレメヴィーラ最大の学び舎の長ですから、陛下も信頼されているのですね」

「まぁ、陛下としても気が合うだけやもしれんがな。ほれ、着いたようだぞ」

 

 彼らが案内されたのは会議室のような場所だった。

 今現在は叙勲式の後始末の最中であり、その場所でしばし待つようにとの伝言を伝え兵士が下がってゆく。

 

「緊張しているのか?」

「それは勿論。陛下に拝謁する機会があるなどと、想像もしていませんでしたから」

「エルならばそれくらい平然としておるかと思ったがなぁ」

「それはなんだか、ひどいお言葉です。お祖父様」

 

 そうは言いつつも国の長に会うと言うのに殆ど緊張を感じさせず、2人が益体も無い会話を交わしていると再び兵士が現れ、国王が訪れることを告げる。

 それを聞いた彼らは姿勢を正して部屋の入口へと向き直った。

 扉から数名の人間が入ってくる。

 先頭に立つのはフレメヴィーラ王国においてその姿を知らぬものはいない、国王アンブロシウスその人だ。

 すでに壮年を過ぎつつあるが、それを感じさせない威風堂々とした雰囲気を纏っている。

 その後ろには貴族然とした雰囲気の男性が二人、続いている。

 アンブロシウスはラウリと目を合わせると一瞬だけにやりと笑った。

 

「ご苦労、待たせたようだの、ラウリ」

「お久しぶりにございます陛下。陛下こそ、お忙しいと言うのにお時間を頂きありがとうございます」

「よい、この場はわしの好奇心から出たようなものでもあるしな。して、そちらが例の子供か」

 

 アンブロシウスとあと2人の視線がラウリの横へと滑り、エルへと向けられる。

 わずか10歳にして幻晶騎士シルエットナイトを駆り、陸皇亀ベヘモスと渡り合う――それだけを聞けば、彼らはきっと到底10歳の子供とは思えないほどの者が来ると思っていたのだろう。

 実際にそこに居たのは平均的な10歳の子供よりも小柄で、しかも少女と紛うばかりの風貌をした少年だった。

 国政の場において鍛えに鍛え上げられたはずの彼らの顔面がしっかりと引き攣るのが見えた。

 報告にはその容姿までは記載されていないこともあり、無理なからぬことだったが。

 しかしそこは王もさるもの、最初は驚いたようにピクリと片眉を上げたが、すぐに面白がるような顔になる。

 

「うむ、報告書から勝手に男子と思うておったが、まさか女子であったか」

「いいえ陛下、こう見えてもれっきとした男子にございます。

 申し遅れました、お初にお目にかかります、ラウリ・エチェバルリアが孫でエルネスティと申します。

 本日は陛下への拝謁の誉れに与り、恐悦至極に存じます」

「ほう、齢10の子供と聞いていたが随分と堂に入ったものではないか。

 無闇に堅苦しくしても話しにくかろう、この場は楽にするが良い」

「はい、ではお言葉に甘えまして」

 

 本当にさらりと返すエルに、アンブロシウスの後ろに控える二人の表情が驚愕から呆れに近いものに変わる。

 大物と言うべきか、礼儀がなっていないのか、彼らにも判断しづらいところだった。

 

「さて単刀直入に行くかの。本日こうして来てもらったのは他でもない。フィリップめより話は聞いておろう。

 おぬしの此度の働き、聞き及んではおるが表立ってそれを賞す訳には行かぬ」

 

 アンブロシウスは無遠慮にエルを観察する。

 

「おぬしがそれを納得したことも聞いてはいるがのぅ、ベヘモスと戦いうる有能な騎士を無碍に扱うような真似はどうかと思うてな。

 そこで表にせぬところで働きに見合った代わりの褒賞を出そうかと考えたのじゃ。

 さりとて未だ成人もせぬ童に、如何なる褒賞を出せばよいかとわしらも悩んでな」

 

 説明するアンブロシウスの表情はにこやかな笑みが浮かんでいる……が、それはどう見ても“人の悪そうな”笑顔だ。

 一度無しとなっていたものを後から出そうとする、それはまるで

 

「(試されとるんか……?)」

 

 エルは普段どおりの態度をとりながら、裏では徐々に警戒レベルを上げている。

 

「何しろ騎士に取り上げるにも、身分を与えようにもお主の年齢が問題になる。わかるか?」

「御意。僅か10歳の人間には過分な処置と存じます」

「ふむ、中々理解は早いようじゃな。まぁそこでじゃ……

 

 お主、何が欲しい?」

 

 アンブロシウスの余りにも簡潔な言葉に、一瞬エルの表情が揺れる。

 

「何が……でございますか?」

「やはり本人に聞くのが手っ取り早いかと思うてな。

 此度の功績に見合うものであれば褒美として取らせよう。まずは何が良いか申してみよ」

 

 アンブロシウスの提案を受け、エルの思考がトップスピードで回転を始める。

 

「(単純に好意……ってのは考えづらいかなぁ。物で釣れる人間かを見ようとしてるんか?

 いまさら出すってのがなんか怪しいよなぁ)」

 

 棚ぼた、濡れ手に粟、しかして只より怖いものはない。

 それは前世も今世もさほど変わらぬ人の世の共通認識だろう。

 

「(だからと言うて国王陛下の好意を無碍にするとかむしろ難易度高いし、なにかしら出さんとね)」

 

 しかし、“ベヘモス討伐への貢献”これに釣りあう報酬と言うのが意外と難しい。

 金銭にすればどれほどなのか? 物にすればどれほどなのか? 地位以外で他に望めるものはないか?

 ここは子供であることを盾に無茶な要求をしてみるか……そう考えたところでエルは自身の考えを振り払う。

 

「(いやあの表情は子供に対するものとは思えんし)」

 

 アンブロシウスの表情は、エルの記憶の中に思い当たるものがある。

 既に風化しつつある、前世で働いていた時の記憶の中。

 一見にこやかな表情を浮かべながら裏で少しでも話の穴を伺おうとする――営業マンの表情。

 

「(それこそ幻晶騎士の一機くらい要求してみるか? 基準を伺うにはちょうどええかなー。

 ……実際働きからすれば通りそうな気もするし。じゅる)」

 

 さり気無く欲望に負けつつエルが答えを返そうとしたとき、彼の脳裏に一つの閃きが走る。

 

「(しかしこれほどの好機、直接国王に請い願う機会なんてこの先二度とあるかわからん。

 ここは一つ国王へと願わなければ手に入らないレベルのものを吹っかけるべきやないか?

 

 そう、それこそ今必要としてる最高難易度の代物とか……)」

 

 時間にすればさほどの事もなく、エルは思考から浮上する。

 駄目なら駄目で次を考えれば良い、彼はあえて気楽に考えてそれを口にした。

 

「では、陛下にお願いいたします。……僕が今一番欲しているものは知識。

 魔力転換炉エーテルリアクタの製造方法、に御座います」

 

 

 あまりにも予想外の願いに、アンブロシウスは虚を突かれた顔になる。

 無理もないだろう、齢10の子供から出る願いとしては奇妙極まりない。

 彼だけではなく、それまでは悠然と構えていたラウリの表情は引き攣っているし、残る二人の表情は理解が追いつかない、と言った風だ。

 さすがに相手は子供であり、単に予想外の要求であるならば彼らもここまでの醜態を晒しはしなかっただろう。

 しかしエルが願ったものは、単純に個人で求めるものとして有り得ない・・・・・代物だ。

 

 アンブロシウスは機転に優れた人物だ。しかし、予想外も度が過ぎると反応が遅れてしまう。

 そのため、そこに生じた奇妙な沈黙の中で最初に動き出したのは、彼の背後に控える貴族のうち片方――クヌート・ディクスゴード公爵だった。

 

「なっ……貴様、自分が何を言っているかわかっ……」

「静かにせよ」

 

 混乱の余り激昂しかけたクヌートの言葉を、我に返ったアンブロシウスが遮る。

 それまでのどこか気楽だった雰囲気とは打って変わり、国の長としての威を纏う国王の姿に、すぐさまその場の全員が姿勢を正した。

 

「エルネスティよ」

「はい」

「魔力転換炉の製法……と、予想外よな。確かにわしに願わねば手に入らぬものではある。

 だが、普通はそのようなものを欲しがりはせぬ。当然であろう、そんなものを知ってどうすると言うのか」

 

 国王の目が細められる。

 無言のままエルにかかる精神的重圧プレッシャーが強くなり、視線を交わすエルの背に冷や汗が流れる。

 通常の10歳の子供には耐え難いであろうその視線も、エルにとっては腹を据える契機になっただけだった。

 

「是非はまず横に置いて……理由を、申してみよ。何故そのようなものを欲しがる?」

「は、僕は……ライヒアラにて騎士を目指し学ぶ身でございますが、そもそもは自身のためだけの幻晶騎士を欲しておりました」

「ほう、己のための幻晶騎士をな。それも随分と剛毅な願いじゃが、それであればまだわからぬ訳ではない。

 今それを願えばよかったのではないか? 叶ったやも知れぬぞ?」

 

 アンブロシウスの言葉に、エルはゆっくりと首を振った。

 

「確かに、以前は単に幻晶騎士が手に入れば良いと考えていました。

 しかし今は違います。僕は……僕のためだけの幻晶騎士を、最高の幻晶騎士を、自身の手で作り上げたいのです」

 

 想像の斜め上の返答に、再び国王が言葉に詰まる。

 彼の脳裏では、報告書にあった一文が思い浮かんでいた。

 ――この者、独力で魔導演算機マギウスエンジン魔法術式スクリプトを改変したとあり――。

 

「(もしや、この者本気か。戯言でなく、本気でそれを望んでおると言うのか?

 ……それだけの能力を、もつと……言うのか?)」

 

 アンブロシウスが沈黙したことで、エルは説明を続けていた。

 

「そのためにライヒアラ騎操士学園にて様々な知識を求めてまいりました。

 魔法の知識を得、幻晶騎士の構造を学び、そしてその動かし方も。その身を形作る技術は既に調べ上げております。

 しかしながら、その完成には後一つ部品が足りません。魔力転換炉でございます。

 ご存知の通りその製法は一般には流布しておりませぬので」

「……」

「もし可能でありましたら、魔力転換炉の製法をご教授いただきたく。それが解れば、あとは作るのみにございます」

 

 ラウリも、孫の言葉を固唾を飲んで見守っていた。

 エルが幻晶騎士に傾倒していることは知っていたが、まさかここでそれを願うほどとは、彼にも予想外だった。

 すでに賽は投げられている。事こうなってはフォローも難しいだろう。彼はちらりと国王へと視線を向ける。

 アンブロシウスは曰く言いがたい表情で考え込んでいた。

 

「……つまり、その理由は?」

「趣味に御座います」

 

 その場にいる全員の顔が、何か恐ろしく奇妙なものを見たような、名状しがたい表情になる。

 なんとも言えない沈黙が降りる中、突如として漏れ聞こえてきた忍び笑いに、全員が驚いたようにそちらを見やった。

 アンブロシウスはしばらくは黙って肩を震わせていたものの、すぐに我慢できないとばかりに破顔する。

 

「なんと! ふはっ、なんと馬鹿馬鹿しい! 言うに事欠いて趣味と申したか!

 はははっ、これは愉快な事よ!!

 

 国家の秘事ぞ、それを趣味で聞くと! そのほう真に10の子供か?

 ふははっ、これは傑作よの、おぬしの様な面白き者には久々に出会うたわ!!」

 

 溜まらないとばかりに笑う国王を、後ろの二人が呆然と見やる。

 付き合いの長いラウリには、国王が本気でそう思っているのがわかり少し胸を撫で下ろしていた。

 

「良かろう、その願い聞き入れた!!」

「な、陛下、いけませぬ! このような得体の知れぬ子供に教えてよいものではないですぞ!」

「得体なら知れておろう、我が学友の孫ぞ」

「し、しかし……!!」

「まぁその方の疑念も当然よな。のぅ、エルネスティよ」

 

 エルは説明の後はじっと事態の推移を見守っていたが、アンブロシウスの言葉にさっと表情を引き締めた。

 

「確かにその願いは聞き入れよう。しかしな、あれは本来門外不出の秘よ。

 ベヘモス討伐程度・・の功では、いささか釣り合いが取れておらぬというもの」

 

 エルの表情が怪訝なものになる。

 一度受け入れると言いながら、功績が足りないと言うその真意をいぶかる。

 エルの表情によぎった懸念を読み取り、アンブロシウスがにやりと笑う。

 

「案ずるでない、国王たるものが一度口にしたことを反故にするつもりはないぞ。

 ……つまりそれに見合うだけの功が積もった暁に、おぬしに知識を伝えると約束しよう」

 

 数瞬、アンブロシウスとエルの視線が絡む。

 

「(一聞しただけやと単に褒賞の予約を盾に只働きが続くとも取れる。

 しかし望外の成果っつーべきやな。何せ秘中の秘を、条件はともあれ知る可能性が出てきたんやから)」

 

 エルにとってはそれは幾万の金銭に勝る褒賞足りえる。

 ゆるりと笑うその可憐な表情の中に、燃え滾るような渇望と熱意の炎がちらつき始めていた。

 

「(この表情、まさしく本気であったようじゃな)

 くく、これだけでは具体性が足りぬよな。よってその方法を申し付ける。

 先程おぬしは幻晶騎士を作ると申したな? なれば魔力転換炉の製法を活用できるという根拠を示して見せよ」

「根拠……それは如何にして?」

「知れたこと、実際に幻晶騎士を作ればよい。

 

 おぬしの思う、最高の幻晶騎士の筐体を作り上げて見せよ。

 それがわしを満足させるものであれば、此度の約束を果たそう」

 

 それを聞いたエルの表情はまさしく獲物を見つけた肉食獣のそれであった。

 彼の求める最後のピースを手に入れる条件が提示されたのだ。

 しかもそれは、彼にとってはいずれ到達する必然の先にあるもの。果たして受けることに迷いは必要なかった。

 

「拝命いたします。必ずや、陛下の御目に適う幻晶騎士を用意いたしましょう」

 

 

 

 

 エルの謁見が終了してからしばし後、玉座の間とも会議室とも違う、王の私室の一つにアンブロシウスはいた。

 室内にはもう1人の人影がある。

 

「くく、久方ぶりに実り多き日であったことよ。

 ラウリよ、これはまた随分と愉快な孫を持ったものだな」

 

 ワインを口に含むアンブロシウスの表情は、思い出すたび笑みの形をとっていた。

 

「はっはっは、いや教育方針は娘に一任しておりましたからな。

 昔より幻晶騎士の好きな子ではありましたが、まさかあれほどとは。

 わしも把握してはおりませんでしてな」

「10の子供がベヘモスと戦ったと聞いて呼びつけてみれば、有り得ぬな。

 アレは最早子供と呼べぬであろう」

「いやぁ、我が孫は学園に通う、れっきとした子供ですが」

「子供の夢は壮大にというが、あれほど奇矯な願いを誰が語ろうや。

 これまで人の願いを聞く機会は多々あったが、今日のアレは飛び切り・・・・であったぞ!」

 

 互いにグラスを交わしつつ、どこまでも上機嫌に会話は続く。

 

「あまりの面白さゆえつい愉快な約束をしてしもうた」

「そこは我が孫ですからなぁ。

 陛下のお見立てを損なうことが無きよう、しっかり育てていきましょうぞ」

「おお、そういえば有能さゆえ先の心配をしておったのだったな。

 実際に会ってそんな物すっかり吹っ飛んでおったわ」

 

 アンブロシウスはにやりと笑う。

 

「それはそれは。陛下に先を見込まれるとは、我が孫も中々の気骨者ですな」

「ふふふ、お主の孫だから、ではないが……興味が湧いてきたのぅ。

 あの者が何を為すのか。

 よき幻晶騎士を作るなど、それ自体が夢物語の一つであろうに、あの者全く躊躇なく頷きおった」

 

 言いながら、アンブロシウスは一つの確信めいた予感を感じる。

 

「それを持ってくるのも、そう遠い話とは思えんのぅ」

 

 

 

「あのような約束を軽々と、陛下には少し道楽の気を抑えていただかねばならん」

 

 先程の謁見で後ろに控えていた貴族のうち一人――クヌート・ディクスゴード公爵はそのもう一人であるヨアキム・セラーティ侯爵へと愚痴っていた。

 

「滅多なことを言いなさるな」

「陛下は苦言を受け入れぬほど狭量な方ではない。

 それとも貴公もあのような得体の知れぬ子供に、国家の機密を教えてよいと思うのか?」

「思いませぬが……それゆえ陛下もさらに条件を増やしておられます。

 新たな幻晶騎士を作り上げるなど、如何にライヒアラの学長の家族と言えど、容易なことではありませんよ」

「事の難易度の如何を問うているのではない、そのような約束をすることが問題だと言うているのだ」

 

 クヌートは憤懣やるかたない、と言う様子で廊下をのしのしと進んでいる。

 それに続きながら、ヨアキムが脳裏に浮かべていたのは彼の子供達のことだ。

 ヤントゥネン守護騎士団長フィリップ・ハルハーゲンの報告を補強したのは彼の娘であるステファニア、そして彼女から伝えられた内容には彼の愛人の子供達が、エルネスティと共にあることも含まれていた。

 なんとすればエルネスティは彼と全く縁のない人間ではない。

 いま少し情報を集めるか、もしくは彼の庶子に何かしらの指示をする必要があるかもしれない。

 思考にふけるヨアキムの横で、クヌートは徐々に表情を険しくしていた。

 

「たかが子供一人であれ……これは放置するのは危険やも知れぬな」

 

 その呟きは誰にも届かず、静かに空気に溶けていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る