#15 魔獣襲来の日
魔法現象に特有のやや甲高い飛翔音を残し、
薄く圧縮された大気の刃がスタッカートリザードの華奢な首を切り裂き、断末魔すら残さず魔獣を討ち倒す。
「すり抜けた蜥蜴が来ます! 前列、盾構え!」
凛とした声の女性の指示に従い杖や弓矢を構えた生徒が後ろに下がり、代わりに重い鎧を着込んだ生徒が前に出る。
横一列にずらりと並び、
魔法や弓矢といった遠距離攻撃で仕留め切れなかった魔獣が生徒達に襲い掛かり、激しいぶつかり合いが発生した。
牙や爪をもって迫る魔獣の攻撃が盾で弾き返され、逆に剣で切り倒され、多くの魔獣がここで屠られてゆく。
しかし魔獣は数で以ってその鉄壁の防御をかいくぐり、その背後へと抜けるものも居た。
突破されたと見るや否や重装備の生徒の後ろに控えていた比較的軽装備の生徒がすぐさま対応し、陣形の背後まで抜けた魔獣は皆無であった。
班ごとに別れ、クロケの森へと分け入ったはずの中等部の生徒達は今や一箇所に集まり大規模な隊伍を形成していた。
大きく横に広がり、一方からの攻撃を受け止めることを目的とした陣形をとっている。
彼らの前には、森の奥からまさにとめどなく魔獣の群れが襲い掛かっていた。
津波のような勢いの魔獣の攻撃を正面から受け止め、中等部の生徒達は獅子奮迅の戦いを見せる。
数え切れないほどの魔獣が屠られてゆくが、しかし恐ろしいことに此処で倒される魔獣は全体の一部でしかない。
熾烈なぶつかり合いの様相を呈する部隊の正面を迂回し、あるいは時たま突破して魔獣達が森の入り口へと殺到する。
「このままだと後ろの初等部にも魔獣が……! 何とか連絡しないと!」
先ほどから指揮を執る女生徒が危機感を覚え、後方へ危難を伝えようとするがしかしその時彼ら自身にも大きな危険が迫っていた。
「やばい!
それを目撃した生徒から悲鳴が上がる。
これまでに戦っていた
しかし、
本来は1匹に複数名で立ち向かって漸く戦える強力な魔獣であり、小型の魔獣を相手しながら戦えるようなものではなかった。
「……! 第2列杖構え! 猿の脚を狙って! 近寄られたら対処できません!」
前線の間から杖が差し出され、様々な魔法が撃ち出される。
爆炎の魔法が、風の魔法が、雷撃の魔法が魔獣たちを迎え撃った。
事態の発生は数時間前にさかのぼる。
午前中、早速クロケの森へと分け入った中等部の生徒達は意気揚々と歩を進めていた。
彼らは警戒しながらも順調に森の奥へと進んでいたが、次第に違和感を感じ始めた。
いつもならば、ここまで森に分け入ればそれなりの回数魔獣と遭遇するはず。
それがこの日は1回も戦闘が発生していなかった。
此処しばらくでクロケの森から魔獣がいなくなったなどと聞いた事はない。
彼らは困惑したまま森を彷徨い、そして次に情報を求めて他の班と接触を図った。
どの班も異口同音に魔獣が居ないと口にする。猫はおろか、蜥蜴の一匹も出ないと。
あるべきものが居ないと言うことも、異常事態といえる。
相談の後、彼らは一旦ベースキャンプに戻り事態を報告することを決心した。
彼らが移動しようとしたその時である。
森の奥よりぽつぽつと魔獣が現れ始めた。
彼らにとっては少し拍子抜けした気分だが、それでも現れた魔獣を討伐すべくそれぞれが武器を構える。
1匹、2匹……5……10……。
魔獣の数が2桁を超えたところで彼らの表情が強張り、そして森の奥から走り来る数え切れぬほどの魔獣の大群を目にするに至り、最初とは別の異常事態が起きていることを悟った。
不幸中の幸いとも言うべきだったのは偶然にも彼らが一旦集まり、大人数で居たことだろう。
日頃より騎士としての戦闘訓練をつむ生徒達は、すぐさま事態に対応すべく大人数で迎撃陣形を取った。
いずれ騎士団にて行動することを想定し、集団戦闘の訓練も行われていた成果が発揮された形だ。
彼らの部隊と魔獣の群れがぶつかり――そして冒頭の状況に至る。
すでに撃破したメイスヘッドオーガは10匹に上る。
遠距離からの足止めを優先するやり方は功を奏し、接近戦で被害を受ける前に何とか切り抜けられていた。
そしてこの場に留まっても損耗が増えるだけだと判断した彼らは、現在じりじりと森の入り口へ向けて後退中である。
中等部の生徒にとってもう一つの幸運は、この場に生徒会長であるステファニア・セラーティが居たことだろう。
元々彼らは班行動の際にある程度役割を分担し、それに合わせた装備を使用していた。
大人数での陣形を組む際もその延長線上として各自が適した役割に入ることにより、即席の割りにスムーズに進んだと言える。
しかし、実際に部隊として行動する際に問題となるのが指揮官の不在であった。
それぞれが役割分担に従い行動するのは良いが、適したタイミングで適した運用を行わねば折角の大人数も宝の持ち腐れである。
その上この場には生徒しかおらず立場の上下と言うものも明確ではなかった。
そういった状況でこの場の最高学年であり、生徒会長としての肩書きを持つ彼女が指揮を執ることに異論を唱えるものは居なかった。
彼女自身、単に肩書きを持つだけでなく学科での成績優秀者に名を連ねる。
即席の部隊に即席の指揮系統ながら、彼女の指揮は的確でありこれまでは大した被害を被らずに切り抜けることが出来ていた。
「(まずいわね。魔獣の数も問題だけど、何故かこいつら皆必死に向かってくる……この圧力にいつまで耐え切れるか)」
ステファニアは内心で焦りつつも懸命に指揮を執っていた。
今はまだ生徒達の体力、魔力共に余裕がある。
しかしこの調子で襲撃を受け続けては、いずれ押し潰されてしまうのは目に見えていた。
「(それに、全ての魔獣を止められたわけじゃない。後ろの子達、どうか無事で居て……!)」
状況は全く好転しないが、それでも彼らは懸命に抗うのだった。
中等部の生徒達が森の奥で奮戦しているころ。
比較的森の浅いところで実習を行っていた初等部の生徒達もまた、魔獣の襲撃を受けていた。
最初から戦闘を想定して装備を整え、また日頃から戦闘訓練を積んできた中等部に対し初等部の生徒達は全てにおいて準備不足だった。
最も森の奥側にいた生徒から悲鳴が上がった。
突如数匹のスタッカートリザードが襲い掛かり、生徒に噛み付いてきたのだ。
一撃で致命傷となるほどの攻撃力はないが、それでも多数に襲われれば危険である。
それに気付いた教師達がすぐさま助けに入り、生徒に襲い掛かる魔獣を攻撃した。
彼らを責めることは出来ないが、結果的にこの教師の行動は裏目に出た。
現れた魔獣がこの数匹だけならば良かったが、時をおかず多数の魔獣が森の奥から現れたのだ。
動くタイミングを逸した教師達はそのまま戦闘を続行せざるを得なくなる。
彼ら自身はすぐさま倒れるようなことはなかったが、その後ろで生徒達は突如現れた魔獣の群れに半ばパニックになっていた。
それを静める役を負う教師が動けず、十分な指示が出来ないため生徒達は我武者羅に杖を振り回し魔法を撃つ。
ろくに狙いもつけれていない魔法は十分な効果を発揮せず、逆に同士撃ちにすらなりかけていた。
更には周囲に他の生徒が居る中で剣を抜くものすら現れ、パニックは深まる一方である。
「
突然、生徒達の集団を何者かが
銀色の髪が陽光に反射し、混乱の坩堝にあった生徒達の目に焼きつく。
彼は上空で身を捻るようにして地上へと狙いを定め、多数の風の法弾を一斉に撃ち放った。
連続して響く轟音は、法弾が一斉に地面へ着弾した音だ。
面を押し潰すように放たれた圧縮大気の弾丸が魔獣もろとも地面を耕し、吹き飛ばす。
中央の魔獣が大きく減ったところで更に左右から二人の生徒が前に出た。
一人が魔獣の群れに突撃し、その手に握る大振りなブロードソードを薙ぎ払う。
剣を振った勢いを殺さずそのまま一回転するように身を捻り、その間に腰から武器を取り出してまだ生き残る魔獣へと向けた。
「甘ぇぜ!
その武器――
ブロードソードの範囲外に居た魔獣が衝撃波に直撃し、その身を不自然な体勢に曲げながら吹き飛んでいった。
逆サイドでは、もう一人の女生徒が両手に持った銃杖をそれぞれ別の魔獣に向けながら走っていた。
「
直後、轟音と閃光を伴って雷撃が走り、一塊になっていた魔獣を撃ち据える。
引き攣ったような断末魔を上げる魔獣には目もくれず銃杖を腰のホルスターに戻すと、その横に下げていた剣を引き抜いた。
双剣を両手に持ち、すれ違いざまに残る魔獣を斬りつける。
小ぶりな双剣でありながら魔法で強化されたそれは、易々と魔獣を切り裂いていった。
たった3名の生徒による嵐のような攻撃により、魔獣の群れは大きく数を減じていた。
群れの接近による圧力が減り、状況に一瞬の猶予が生まれる。
目の前で行われる蹂躙にも等しい戦闘を目撃した生徒達は混乱よりも驚愕で動きが止まっていた。
「総員、抜杖」
さきほど生徒達の頭上を飛び越え、その最前線に立った小柄な生徒が指示を出す。
幼く、小鳥が
「集まって、密集陣形を。先生!」
同様に呆気にとられていた教師がその声で我に返る。
「指揮をお願いします。隙を見せないようにしながら後退しましょう。
僕達は、周囲のフォローに回ります」
教師達が慌てて指示を始め、生徒達は密集陣形を取り守りを固めてゆく。
個々の戦闘能力で劣り、また装備も十分ではない初等部の生徒達が魔獣に対抗するには、集まって魔法火力を集中させるしかない。
それでも魔力の上限が低いため息切れも早いだろうが、それは指揮を執る教師達でカバーできる範囲だろう。
再び森の奥から走り来る魔獣を睨みながら、エルはゆっくりとウィンチェスターを構えた。
彼の左右を固めるようにキッドとアディが並ぶ。
キッドは大振りなブロードソードを片手で持ち肩に乗せ、片手にヴァーテックスを持っている。
アディは双剣を鞘に戻していた。
「おうおう、すげぇ数の魔獣だな。まだまだじゃんじゃんくらぁ。
こいつぁ思う存分暴れられそうじゃねぇか」
「ふふーん♪ 新しい武器もあるし、遠慮なんてしないんだから!」
気勢を上げる二人をエルが嗜める。
「二人とも、戦うのは構いませんが他の生徒のカバーにはいる事をお忘れなく」
「えー。あっちはあっちで何とかするんじゃない……の……」
不満を漏らそうとしたアディの台詞が尻つぼみに消えてゆく。
エルが全くの無表情でアディへ振り向いたからだ。
「暴れたいだけなら、ここに居る必要はありませんよ?」
「う、わ、わかってるわよ!」
キッドは早々と両手を上げて降参のポーズをとっている。
「幸い此処はまだ森の入り口。後退すればすぐにキャンプに戻れます。
向こうで
言いながら素早く風衝弾を放つ。
会話中のエル達に襲い掛かろうとした魔獣が正面から法弾をくらい吹っ飛んだ。
「僕たちが彼らを守らねばなりません」
初等部・中等部の生徒が森へ出ている間、高等部の
護衛戦力として持ってきている幻晶騎士に訓練で負担をかけるわけにもいかないため、騎操士同士での訓練が主になる。
ふと、訓練中のエドガーが違和感を感じた。
違和感の元を辿ると……その耳に訓練では起こりえない音が微かに届く。
「おい、何か、森の中が騒がしくないか?」
「ん?」
その言葉に剣を組み合っていた相手も森の方を見、耳を澄ませた。
「爆発音……魔法か!?」
「何かトラブルが起こっているようだな……全員、訓練の中止を!
騎操士は幻晶騎士の騎乗準備だ。森の中へ偵察に出るぞ!」
ベースキャンプが俄かに慌しくなり、整備要員が幻晶騎士から離れてゆく。
半数の5機の幻晶騎士が立ち上がり、森へと偵察に出ようとした。
「おい、アレをみろよ……」
森の中に入るまでもなく、すぐに湧き出すように走り来る魔獣の群れが目に入る。
「な、なんだこれは!」
「魔獣の暴走だと? ガキどもヤバいんじゃないか!?」
言いつつ、幻晶騎士が森へと入ってゆく。
彼らが初等部の生徒と合流するまで、さほどの時間はかからなかった。
初等部の生徒達はエル達の機転により即座に撤退行動をとっていたからだ。
一塊に集まり、群れへ魔法を放ち牽制しながら後退する初等部の生徒達。
その周囲には圧倒的な速度で駆け回り、魔獣を打ち倒す生徒達がいる。
「おいおい、あの銀色はエルか? あいつ、本当に出鱈目な力持ってたんだな」
幻晶騎士が彼らの前に出て、群れを蹴散らし始めたところで生徒達に安堵が広がっていった。
人が持つ最強戦力である幻晶騎士に対する信頼は大きい。
特にこのような魔獣に襲撃された場面において、その一騎当千の戦闘能力は生徒達に大きな安心をもたらした。
初等部の生徒達がベースキャンプに合流し、幻晶騎士が守る中教師と高等部の騎操士達により善後策が協議されている。
初等部は十分にカバーできるが、目下の問題は森の深くへと入っていった中等部だ。
「中等部の子供達の進路はわかりますか?」
「難しいな。実習の目的を考えると森の中全域に広がっているはずだ」
如何せん幻晶騎士の数にも限りがある。救援に向かおうにもどこに行けばいいか、彼らは決めあぐねていた。
唸る教師の横からひょこりとエルが顔を出す。
「森の中で、比較的人が集まりやすい場所は?」
「ん? ああ……この辺りだな。」
唐突なエルの質問に、教師がいぶかしみながらも答える。
本来、この場に初等部の生徒がいても仕方ないのだが、既にエルの存在を邪険に扱うものはいなかった。
「これほどの規模の魔獣の群れ、先輩達も集団での抵抗を考えるのではないでしょうか?
ならば、それなりの規模の人数が動きやすい場所へ行くかと」
「ふむ……一理あるな」
「それに、あまり木々の多い場所では幻晶騎士は動き辛くなってしまいます。
こちら側の戦力事情としても開けた場所から探索するのがベターではないでしょうか」
ルートとして指定された開けた場所は丁度森の中央を抜ける形になる。
「こちらに向かう魔獣を逆流する形にもなります。
巻き込まれて戦闘をしている人がいれば音でわかるでしょう。」
エルの提案は受け入れられ、救助部隊に伝達される。
この場にいる幻晶騎士の半数が救助部隊として編成された。
幻晶騎士に乗り込もうとしたエドガーを呼び止める声が上がった。
彼が振り向くとそこにはエルの姿がある。
「私もお供してもいいですか?」
「なぜだ?」
「中等部には、親友の家族がいます。彼らが心配していますので出来れば探しに行きたいのです」
束の間、エドガーは悩んだ。
先ほどみた会議での機転を鑑みれば、探索の役に立つ可能性は高い。
危険も多いがそれもエルの戦闘能力があればある程度は問題はないだろう。
そう考え、エルに了承を返す。
アールカンバーはエルをその手に乗せ立ち上がった。
「魔力切れの人は負傷者を運んで! 前列、待機列と交代! あと少しです、持ちこたえて!」
魔力が減り、荒くなる呼吸を無理やり落ち着かせながらも負傷した生徒を抱え、彼らは後退していた。
戦闘の開始からすでに数時間が過ぎ、中等部の撤退戦は凄惨な様相を呈していた。
1匹1匹はたいした事はないが凄まじい数が押し寄せる小型の魔獣は否応なく体力を削り。
幾たびも現れたメイスヘッドオーガが魔力を削ってゆく。
先ほどついに十分な魔法を撃てずにメイスヘッドオーガの接近を許し、大きな損害を被ったばかりだ。
部隊を組むうち半数近くの人間が魔力切れか負傷状態になっており、戦力はもはやギリギリだ。
僅かな体力を温存し、前衛が交代しながら戦線を維持しているが、それも何時までもつかはわからなかった。
ベースキャンプまでの距離はあと僅か。
安全圏まであと一歩という希望だけが彼らを支えていた。
しかし、現実は彼らにとって非情であった。
正面から、メイスヘッドオーガが2体。
それらは興奮し、泡すら吹きかねない様子で一直線に部隊に突っ込んでくる。
応じる魔法は最初に比べ明らかに散発的で、十分な足止めにならなかった。
前衛の生徒の表情が歪む。
先ほど1匹のメイスヘッドオーガを倒すのに10名以上の生徒が負傷し、部隊は大きな打撃を受けた。
このまま2匹同時に戦えば、下手をすればこのまま瓦解しかねない。
それは指揮をとるステファニアも同じ気持ちだった。
さきほどからステファニア自身も指揮をとるだけでなく、杖を持ち魔法を放っている。
あらゆる可能性を検討するが、現状を打破するにはどうしても戦力が足りない。
部隊を組む生徒たちは体力的にも魔力的にも限界近い。
無理をしてでもメイスヘッドオーガを撃退しようにも、その無理をするだけの余力が残されていないのだ。
体躯に見合った強靭な体をもつメイスヘッドオーガは、生徒の最後の抵抗をものともせずに肉薄してきた。
むしろ、下手に魔法による攻撃を受けた分さらに興奮状態になってしまっている。
「駄目だ……」
その呟きは誰のものだったのか。
メイスヘッドオーガの拳が振り上げられ、前衛の頭部めがけて振り下ろされる。
絶望的な抵抗だが、彼には自身の身を守るべく盾を掲げる事しかできなかった。
ヒュゴボッ
だから、彼は頭上で鳴り響いたくぐもった音が何を意味するのか、直ぐには把握できなかった。
部隊の背後から恐るべき精度で飛来した複数の
徹甲炎槍の魔法が自身の術式に従い次々と炸裂し、その腕を吹き飛ばしたのを。
飛んできたのは法弾だけではなかった。
直後、法弾を放った本人が銀色の弾丸と化して飛来する。
それは半ば比喩ではなく、
空中の勢いそのままに、腕を失い大きく体勢を崩すメイスヘッドオーガへ、すれ違いざまに
瞬くほどの間にメイスヘッドオーガの首が宙を舞い、その巨躯が地に沈んだ。
地面をえぐる勢いで着地したエルは滑走しながら振り向き、もう1匹のメイスヘッドオーガへと
多数の炎弾が連なるようにメイスヘッドオーガに襲い掛かり、爆発の嵐がその巨躯をも揺るがした。
その体の半ばを焼かれながら、メイスヘッドオーガが地面に転がる。
「今よ! とどめを!」
突如飛び込んできたエルに驚愕しつつも、ステファニアは生まれたチャンスを逃がさなかった。
その声に慌てて生徒たちがメイスヘッドオーガに止めを指す。
「……エル君……」
「お待たせしました、生徒会長。強力な助っ人を連れてまいりました」
エルの指し示すとおり、後方から重々しい足音が響いてくる。
彼らが振り返ると、そこには高等部の幻晶騎士の姿があった。
中等部の生徒達から歓声が上がる。
もはや限界を迎えていた彼らにとって、これほど心強い救援はなかった。
「やれやれ、まさか本当にエルネスティを連れてきて正解とはね」
そして周囲の魔獣を駆逐しつつ、アールカンバーの中ではエドガーがぼやいていた。
エルの進言どおり開けた場所を選んで進んでいたところ、中等部の生徒達は比較的容易に発見できた。
しかしエドガーが彼らを発見したとき、既に部隊は大柄な魔獣により危機を迎えていた。
幻晶騎士の力であれば苦もなく排除できる程度の魔獣……しかし、余りに部隊との距離が近すぎた。
近寄って斬りつけようにも、遠距離から
力を持ちながらも眼前の事態に有効な手を打てない……エドガーが歯噛みしそうになったとき、アールカンバーの手に居たエルが飛び出した。
10m近い高さから飛び出したにも関わらず滑らかに着地し、そのまま残像すら残すほどの速度で疾走する。
恐ろしい勢いのエルの一撃により部隊に迫っていた魔獣が倒されるのを見ながら、エドガーはこれでは自分達の立つ瀬が無いな、と溜め息を隠せなかった。
そうしてギリギリのタイミングで間に合った幻晶騎士の護衛を受け、多くの負傷者を抱えながらも背後を気にすることなく撤退することが出来た中等部の生徒達は、無事ベースキャンプまで逃げ延びる事に成功したのだった。
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