王都の裁縫屋さんは仕入れ中です
譚織 蚕
龍を裁断す
「やべぇ、潜りすぎちまった。そろそろ針が折れちまう」
王都の地下に存在するダンジョン、その再深層。
身の丈程に大きな鋏を背負ったスキンヘッドの男が、手に持つ松明に照らされていた。
「帰るか。いや、うん帰ろう。もう必要な物は集めきった訳でございますし」
静かな洞窟に独り声だけが響く。
「いや、虚しいな」
地下深く。人の気配など無いからして、どんな言葉にも返事なんてある訳が無……い?
「い?」
ゴゴゴゴと、唐突にスキンヘッド由来ではない音が洞窟中に響き渡った。
それと同時に揺れ動く周囲の壁。手に持つ松明も炎を揺らし…… 消えた。
「やっべ! 暗っ! 魔物か? いや、魔物だな。そりゃそうか。そういや俺この層入ってからまだ魔物に遭遇してキャビン!!」
何も見えない暗闇の中に、今度はスキンヘッドが壁に叩きつけられた音が響いた。
「キュラララアァァァッッ!!!」
深い深いダンジョンの底で、微睡みに沈む最中。
軽く口を回すスキンヘッドの存在に、ソレは気付く。
ソレは即座に未覚醒だった脳を起こして身を捩る。
振られた尾の一撃で、数多の生命はその活動を終わらせてきた。数度しか見た事はないが、矮小な存在であるヒトなどは確実に死んだだろう。
「キュララララアァァ!!」
ソレの名は龍。蛇の様な靱やかさに、蜥蜴の様な頑強さ。そして無尽蔵の魔力を持った致死の魔物。
龍はとぐろを巻き、臨戦体勢に移行する。
半分ポーズなそれは、普段なら意味を成さない。
龍は負けを知らない。痛みすら知らない。敵を知らない。
「キュラ?」
最初は気付かなかった。理解出来なかった。
尾に生じた初めての感覚が、解らなかった。
少し考え、同じ感覚がもう一度走る。
存在は識っていた。しかして当て嵌る名が思い付かずに。
「痛いか?
その瞬間、横からふっと声がした。警戒するフリをしていた、声がした。
だから龍の思考は氾濫した。
これが痛み!? どうしてお前は死んでない!? 痛い!? どうして!! 我がどうして!! お前はどうして!? 痛い! いた? 痛い! 痛いいたい痛いイタイ痛い痛いいたいいたいいたたたたたたたた痛いど?うしてどう痛いどうして痛い痛いどうしてどうしてどうして痛いよいたいイタイいたい痛いどうして痛いどうして!!どどどどど痛いいたいいいい????どうしてどうして痛いいたい
「ギュラガラァァァ!!??」
「ん? 想像よりのたうち回ってんな。ま、好都合だけど」
男は目の前を見る。赤い血が滴り落ちる穴を見る。男は手元を見る。血を浴び、半ばから折れた針を見る。え、折れてんじゃん。
「え、折れてんじゃん? 」
洞窟に、ショックを受けた1人と1匹。
一瞬固まった戦場は彼らが同時に動き始めたことで変化を始める。
「キュラ!!」
「あー、仕方ねぇおっしゃ!!」
膨大な魔力を持つ龍は回復魔法を自らに撃ち込み、スキンヘッドは針を花柄のハンカチに包みポケットに仕舞いこんだ。
傷が癒え始め、背負われた鋏が手に装備され……
始まる。戦闘が始まる。
「おっら!!」
「キュラ!!」
閉じた鋏を剣のように扱う男は、目の前の穴を目指す。
そうはさせじと、龍は魔法を使って地面を隆起させていく。
どちらも相手を確実に仕留めようと動く。動く。
開かれた鋏が立ち上がった地面に垂直の切れ込みを入れその間を男は走る。
龍はそれに向かって口から焔を吐き出す。
真っ暗だった洞窟は炎に照らされ、昼間の様に明るくなる。
龍は外を知らない。暗闇しか知らない。自らの攻撃によって潰された目を癒しながら、風の動きで周囲を伺い…… 眼前に熱気が通り過ぎた。
「お前、もしかして戦うの下手クソか?」
吶喊。胸に刺さっていたまち針で炎を貫き、道を作りだした男はとぐろを巻く龍の鼻先へと飛び上がる。
咄嗟に口を大きく明け、再び炎を吐き出そうとした龍だったが……
許されない。高速で口の端から端までが閉じられていく。----縫い合わされて----いく。
瞬間。膨れ上がった炎は口腔内で爆発し、龍の頭は跳ね上がった。
「いやぁ、大変な仕入れだったわ。じゃあな
無防備に晒された首を、逃す道理などは何処にもない。
広げられた地獄の口が閉じられる。鋭利な鋏は首の皮1枚残さず断ち切って。
大きな大きな赤い噴水ができた。
龍は生まれながらの強者である。
ソレは負けを知らず、痛みを知らず。
だからこそ、闘いを知らなかった。
「はー、やっべ。でけぇな…… マジックバックに入るかなぁ? でもきっといい鎧の素材になってくれるだろうから持ち帰らねぇとだし……」
勝者は鋏を再び背負うと、頭に設計図を走らせた。
彼の本分は裁縫屋であるからして。
王都の裁縫屋さんは仕入れ中です 譚織 蚕 @nununukitaroo
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