二刀流

もと

今は昔

 足柄山の奥深く、発見された遺体は間違いなく金太郎だった。


 熊にも勝てるおとこが崖から足を滑らせて死ぬなんて、落ち葉と脳ミソにまみれてカチ割れた頭から目を反らす。


 遺体の確認に呼ばれて、そうだ間違い無いと答えた後は俺を放置、警察ってのは薄情だな。

 今の金太郎に身寄りは無い。妻も娶らず熊と二人三脚で慎ましく暮らし、自らの仕事を淡々とこなしていた。俺が一番身近な人間だったとは、泣けてくる。


 煙草に火を点けて浅く吸う。金太郎は煙草もやらなかった。

 誰だお前不審者かとイガグリを投げ付けてきた笑顔を思う、アイツはあの時なんで笑ってたんだ。余程お前の方が不審者だと、刀で打ち返したイガグリを剥いて食わされたな。生栗はダメだ。

 出会いは最悪だった。


 崖の上から下までウジャウジャと揃いの制服を着て蠢くのは鑑識のやつらか。金太郎の遺体から周りまでカシャカシャとやかましく写真に収めて、何か拾ったり足形を採ったりしている。


 ヘドが出るな、人が死んでいる目の前で……いや、徹底的に調べて貰おうか。事故なら諦める、万が一にも殺されたなら犯人を八つ裂きにしてやろう。


 濁った水溜まりに煙草を捨てる。近くにいた鑑識の女が舌打ちしてそれを拾った。ゴミ箱や灰皿があるなら先に言ってくれ、舌打ちはそれからだ。


 アイツが舌を打ったのは一度きり、数十人の侍に囲まれた時だった。合わせた背中越しに聞こえたあの一度きり。

 人から離れ、人恋しく生きていた孤高の戦士だった。怪力の持ち主だという噂から戦場に駆り出そうと数多のスカウトが来ていた時期の、あの日だ。


 誰も殺したくは無いと峰打ちで逃れ忍んだ洞窟で一夜を過ごした。戦に飛び込めば人を斬らなければならない、それは嫌だねと、それは甘いぞと、持ち合わせの蝋燭が尽きるまで語り合った夜は忘れない。

 その後に越えた一線も忘れない、忘れるものか、忘れないんだからっ。


 ……金太郎よ、安らかに眠れ。


「熊、どこにいる?!」

「がお」


「今日いまこの時からお前の主人は俺だ。俺が金太郎だ、良いな?」

「がう?」


 熊が見ているのは俺が背負う旗だ、分かっている。金太郎の為ならば二足の草鞋をも華麗に履きこなしてやる。


 右手にマサカリ、左手に刀、黙って従え。


「熊よ、俺の仲間を紹介する。食うなよ」

「がお」


「犬、猿、雉だ。仲良くするように」

「がお」

「わん」

「きい」

「けん」


 足柄山の桃太郎、爆誕。

 絵本でも名作DVDでも動画サイトでも何でもどんと来い、桃太郎も金太郎も演じきってやる、迎え討たせろ。ブルーレイも可。


 こうして絵柄は似通って行く。現代に伝わる俺達は瞳キラキラの黒髪サラサラ、見目麗しい昔話の主人公となりにけり。



 おわり。

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二刀流 もと @motoguru_maya

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