守ってあげたい

卯野ましろ

守ってあげたい

「ゴミ箱、もういっぱいだね」

「本当だ」


 そろそろ教室の掃除が終わる。あとはゴミを捨てたら帰って良し。


「あ! 私、捨てに行く」


 私は「誰がやる?」の時間が苦手なので、こういうことは引き受けるようにしている。


「えっ?」

「ちょっと、ひとちゃん……」


 二つのゴミ袋を持つ私を、女子たちが心配そうに見ている。


「気にしないで。そこまで重くないし、ゴミ捨て場も遠くないから」

「一緒に行こう」


 その場から少ししか進んでいない私の目の前にパッと現れたのは、


近岡ちかおか……」


 優士やさしだった。


「片方、持つよ」

「えっ、大丈夫だよ? すぐだから」


 優士以外の男子は、机を運び終えて下校しようとしている。

 そして彼らは私たちを見て、ニコニコしている……。


「あっ」

「お、これ重いな」


 重い方のゴミ袋を見破られ、すぐに取られてしまった。今、私が持っているのは本当に軽い方だけ。


「じゃあ、おれたちがゴミ捨てとくから、もうみんな帰って良いぞー」

「分かった、よろしくな」

「バイバーイ」

「また明日~」

「ありがとね、二人共」


 私たちは空いている方の手を振って、仲間たちと別れた。




「まだみんなの前で、おれのこと名前で呼べない?」

「うん……何か恥ずかしくて」

「ははは、そっか」


 教室から少しだけ離れると、優士が楽しそうに話し始めた。


「ああいうときは呼んでよ。さっきも気付くのギリギリだったし」

「いや別に大丈夫かなぁって……」

「おれは頼って欲しい。ひとみにゴミ袋の二刀流なんてさせたくないし」

「二刀流って……ふふっ」

「お、ウケたか」


 私が笑うと、優士は喜んだ。




 ひとみは、いつも誰かに気遣っている。

 人見知りで争いが苦手(特に女子同士のいざこざ)な彼女は、ちょっと面倒なことも引き受けてしまう。しかも他人が押し付けたようにしないために、と素早く動く。

 そんなひとみが存分に甘えられるような、頼れるような存在に、おれはなりたい。


「ありがとう優士、助かった」

「良いって」


 ゴミ捨てを終えて、おれたちは教室へと向かっている。


「それにしても、あれは結構な重さだったな」

「ごめんね、持ってもらっちゃって……」

「あっ、ひとみが謝ることじゃなくて……。あれをひとみに持たせたくないなって、改めて思っただけ」

「でも、優士だって分かるんじゃないの? あれくらい私が運べるって。大丈夫だってこと」

「え?」


 予想外の言葉に驚いた。あんな重いものを女の子に持たせて良いだなんて、おれには考えられない。


「何でそう思うんだ?」

「だって私……優士に、たくましいって言われたから」

「たくましい……? あ!」


 思い出した……!

 言った。

 たくましいって、ひとみに言った!




「ひとちゃん、大丈夫?」

「うん」


 中学時代……あれは、一年生のときだ。掃除の時間に、たくさん荷物を運ぶように頼まれたことがあった。あのころも、ひとみとおれは掃除場所が同じだった。ちなみに、おれたちは「近岡」と「遠塚とおづか」で出席番号が近いため、一緒のグループになる機会が多い。


「一緒に持とうか?」

「ううん平気。一人でも持てるよ」


 あのときも、ひとみは進んで重いものを持っていた。誰かに頼るのが苦手だから、一人で黙々と何かを運んでいたのだろう。なかなかの重労働だったにもかかわらず、ひとみは全く弱音を吐かなかった。本当はキツかったはずなのに……。

 そんなひとみに対し、おれは言ってしまったのだ。


「ひとみは本当に、たくましいな」

「へ……?」


 当時のおれは、ひとみが驚いたような顔をした理由が分からなかった。おれは何にも気にせず、ひとみに思ったことをストレートに伝えたのだった。


「あれだけ柔道部で鍛えていれば、これくらいどうってことないよな!」


 一瞬ひとみの表情について「ん?」と気にはなったものの、おれは言葉を続けていた。


「……うん、そうだね」


 そんなおれに対して、ひとみは笑って返してくれた。あのときはひとみの笑顔にホッとしたけれど、色々と気付いた今は……。




「ごめん。あれ、気にしていたんだな……」


 そのころから、おれはひとみが好きだった。それなのに、どうしてあんな失言をしてしまったのだろう……。

 おれのバカ野郎。

 たくましいなんて言われて、ひとみが喜ぶはずないのに……。

 おれは女心が全く分かっていなかった。もしかしたら今もそうかもしれないけれど……。


「あ! そういえば私、友達にイケメンとか、かっこいいとか言われたこともあったよ! まあ、そりゃそうなるよね! 男に混ざって柔道していたら! 特に、一番強い優士とは毎日のようにガチンコでやっていたし。……しばらくして、男女の壁ができちゃったけど……」


 おれが自責の念に駆られていると、ひとみはすぐにフォローを始めた。それでも、おれは自分を許せない。


「おれ……あのころの自分が目の前に現れたら、鳩尾に前蹴りを入れてやりたい……」

「ちょっと怖いよ、その空手家ならではの考えは」


 痛そうな想像をしたのか、ひとみは少々ゾッとしたようだ。


「デリカシーなかったな、おれ……女の子にたくましいなんて……」

「でも優士は意地悪じゃなかったんだよね。純粋に私を褒めてくれたのは伝わったよ」

「ひとみ……」

「好きな人に、たくましいって思われちゃったのは悲しかったけど」

「……ごめん……」


 おれたちは、あのときから両思いだったんだよな。そして、おれがバカなことを言っても、ひとみは変わらず好きでいてくれた……。


「あのさ、ひとみ」

「何?」

「おれ……ひとみのことを確かにたくましいとも、かっこいいとも思っていたけど……」


 実際ひとみは、たくましくて、かっこよかった。おれは何事にも、一生懸命に取り組んでいたひとみのバイタリティーに惚れた。普段お淑やかだけど、ときにエネルギッシュな姿には釘付けになった。それは否定できないし、嘘はつきたくない。


「それ以上におれは、優しくてかわいいひとみを、ずっと守ってあげたいと思っているから」

「……ありがとう……」


 ひとみは目を潤ませて、おれを見つめている。出会ったころはピッタリと合っていた、おれたちの目線。身長差が生じた今では、ひとみは自然と上目遣いになる。

 ……誰もいないな……。

 おれは胸が高鳴り、ひとみにキスをした。

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