不器用な女騎士は幼馴染の騎士団長にアプローチ!!

朱ねこ

不器用な女騎士

「気が散ってるぞ!」


 手で握っていた木剣が飛んだと同時に左方向から怒声が飛んできた。

 肩で息をしながら対戦相手だった男性騎士に一礼する。


「ビアンカ・ルビア、こっちに来い!」


 その声に私は木剣を放置したまま駆け足で向かう。私を呼ぶのはこのフェアリー王国の騎士団長であり、私の想い人であるアーノルド・ネモフィーラだ。

 さっきとは違った冷や汗が背中に伝う。


「何をぼやっとしているんだ。他のことに気を取られていたのは丸わかりだったぞ」

「申し訳ありません……。少々考え事をしていて」


 訓練に集中できていなかったのは事実だ。正直に謝罪の言葉を述べる。


「いつも熱心なお前が珍しいな。悩み事か?」

「いえ、なんでもありません」

「言いにくいことなのか。無理には聞かない。だが、貴族騎士は前線に出ないからといって腑抜けているようでは困るぞ」


 悩みの内容を知られたら確実に失望されてしまうだろう。

 騎士団長には悪いが、彼に相談できることではない。


 強引に聞き出そうとせず、思いやりを持ちつつも、立場を忘れない。そんな騎士団長に作ってきたお菓子をどう渡そうかと考えていたなんて、言えるわけがなかった。


「今日は帰れ」

「えっ」

「そんな注意散漫な状態でいられると皆に迷惑だ」


 迷惑。確かに真剣に取り組んでいるところに不真面目な女騎士がいれば、皆にとって邪魔だろう。

 自業自得で悪いのは私だが、落ち込んでしまう。


「……はい。ありがとうございました」


 落ちている木剣を拾い、訓練場を後にする。女性用に用意された更衣室で着替え、私は私物の入ったバッグを手に持ち城を出た。


 やらかしてしまった。自分の失態にため息を吐き、私は大通りの噴水広場に向かい、ベンチに座った。

 本来ならばすぐに屋敷に帰るべきだろう。でも、屋敷で使用人に囲まれるより一人になりたかった。


 アーノルドとは、ルビア家とネモフィーラ家の古き縁により幼い頃から知った仲だった。

 私は彼が騎士になるならばと追いかけるように入団した。不純な動機ではあるが、騎士になったからには国を守るために、彼の隣に立つために、強くなろうと訓練に励んだ。

 アーノルドに女性の好みを伺った時、強い女性が好きだと仰っていたのも、理由の一つだった。


 強さで彼を魅了しようというのは無理な話なのかもしれない。その間に、アーノルドの努力と実力が認められ騎士団長にまで昇進された。

 騎士団長として尊敬もしている。


 打ち上がっては落ちて行く噴水を暫く眺めていた私は、バッグから赤いリボンで飾った包みを取り出した。

 アーノルドに渡そうと思っていたが今日の調子では渡せない。渡せるわけがない。


 使用人の反対を押し切って無理に教えてもらいながら作ったのだが、無駄になってしまった。

 捨ててしまおうかと考えたが、それは食べ物に失礼だ。


 包みを膝の上に置き肩を落としていると、いつの間にか膝にかかる重みがなくなっていた。


「えっ? あ、あれ?」


 どこに行ったのかと慌てて立ち上がって地面を見る。


「どうしたんだ?」

「わっ! びっくりした!」


 不意に声をかけられて顔を上げると、目の前には包みを持ったアーノルドがいた。

 どうやら包みはアーノルドが拾ってくれたようだ。アーノルドがここにいるということは業務が終わったのだろう。


「驚かすつもりはなかったのだが、すまない。落ちていたから拾ったのだが……、俺が近づいたのに気づいていなかったんだな」

「あ、いえ、拾ってくださりありがとうございます」

「ところで、なんで帰らなかったんだ?」


 寄り道をしていたことも知られ、決まりが悪くなり俯いた。


 どのくらいベンチに座っていたのだろうか。日が落ちてきたことにも気づかなかった。


 暫く黙っているとアーノルドはベンチに座った。言葉を待ってくれているようだ。


「……帰る気になれませんでした」

「そうか」


 注意するでもなく、アーノルドは相槌だけ打つ。


「一人で、落ち着きたかったんです」

「落ち着けたか?」

「はい」

「よかった。いつもと様子が違うから気になっていたんだ」


 心配してくれていたのだろうか。アーノルドは上司として部下を気にしていただけだろうが、嬉しくなってしまう自分もいて私は申し訳なく思った。


「ありがとうございます。大丈夫です」

「安心した。帰ろう。はい、これ」


 プレゼントしようとしていたアーノルドに包みを差し出される。

 会えたんだから渡してしまった方が後悔もしなくて済むのではないか。そんな邪念が心に浮かんだ。


「あっ……、えぇと、それよろしければ受け取って頂けませんか? 作ったお菓子が入ってるんです……」


 おずおずと申し出る。

 受け取ってもらえない可能性もある。緊張と不安でいっぱいだった。


「いいのか?」

「はい。いいんです」


 元々アーノルドのために作ったものなのだから良いに決まっている。


「じゃあ、頂く。これビアンカが作ったのか? 不器用なのに」


 アーノルドは包みを開き、心配不思議そうに中に入っていたマドレーヌを取り出した。

 

「なっ! 一言余計です」

「本当のことだろう」

「むー、でも、まあまあ綺麗に焼けましたよ」


 一回目は焦がしてしまい、材料を無駄にしてしまったが、二回目は私にしては綺麗に焼けた。焼き途中に生地が溢れてしまい、不恰好な形ではあるが……。


 アーノルドはマドレーヌをつまみ、一口齧る。


「どうです?」

「うまい! 上達したんだなぁ。前回のは、焦げ気味だったのに」

「うっ。忘れてください。あれでも頑張ったんです」


 アーノルドには何度もお菓子を渡している。最初は購入したお菓子だったけれど、男性は胃袋を掴まれると弱いと聞き、使用人に頼み込んでお菓子作りを始めるようになったのだ。

 ただ工程を誤ったり、材料や分量を間違えたりして、悉く失敗した。それでも、マシなものをアーノルドに渡していたのだ。「余ったから」という言葉とセットに。

 毎回アーノルドは嫌がらずに食べてくれた。恐らく甘いものが好物なのだろう。


「そうか、すごいな」

「ふふふ、嬉しい」

「で、これ誰に渡す予定だったんだ?」

「えっ、それは、……秘密です」


 訓練時気が散っていた理由もこの気持ちさえもばれてしまいそうで言えなかった。


「ふぅん」


 アーノルドは隠し事をしたせいか、興味がないのか、面白くなさそうに返事をした。

 

「今日の集中できていなかった理由はこれか?」

「……そう、です」

「今回は、俺のため、じゃないのか。そうか……」


 私の自惚れでなければアーノルドはがっかりしているようだった。そして、毎回アーノルドのために作っていることもばれているようだ。


「えっ、あ、いや、アーノルドさまのためです。ごめんなさい!」

「そうか、俺のためか」


 にやにやと嬉しそうな笑みを浮かべるアーノルドに私は納得した。 


「そんなに甘い物が好きなんですね」


 そう返したら、「鈍感か」とアーノルドにため息を吐かれた。

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