誠実 二〇二一年 四月一日 ③

 また夢を見た。

 無重力空間。光の差さないこの場所を、最近はずっと漂っている。星のように小さな光が見えた。

 正面で星のように光ったのは、顔の見えない面接官。走って、走って、近づいたかと思うと遠ざかっていく。沢山の星を追いかけて、辿り着いたことは一度もない。

 右にはアルバイトで働いていたレストラン。この間、銀行からの融資のために、信用保証協会の職員が聞き取りに来ていた。保証があれば貸し出せるが、逆に言えば、銀行側が保証がないと貸し出せないほど、経営状況が厳しいということだ。詳しい数字は知らなくても、以前の盛況ぶりを体感していればすぐわかる。

 左には、二年間通っていたキャンパス。三年生になってからは、一度も入っていない。オンライン授業はこれまでよりも断然楽だ。でも、隣で大樹達と飲み会の話したりはできない。大学に行かなければ、図書館の三階で寝ている男子学生を見て閉口することもない。食堂で集まっている奴らが『俺たち今めっちゃ楽しいですよ!』というオーラを出していて笑いを抑えることもないし、寒い日に食堂前のコンビニを外まで並んでカップ麺を買うこともない。駅前で大学生がたむろして迷惑だと思うことも、飲み屋の前で酔い倒れているのも見ることもない。

 どうでもいいものを削ぎ落として、なんとか形を保とうとしている。

 上には、見知らぬ人たち。でも、どういう人かはわかる。勝手に自分たちのルールを作って締め出そうとする人。もしくはルールの外側で動く人。彼らは、不安を煽って、嘘をばらまいて、周囲の迷惑を厭わず、得をしようとする。彼らの声だけは、無限に思える空にもよく通る。

 ぐらぐら。ひょい。

 誰か俺を起こしてほしい。どこかに引っぱり上げて、或いは引きずり下ろして、繋ぎ止めてほしい。

 ぐらぐら。ひょい。

 この半年の間で、自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。見たくないものが増えすぎた。

 心を砕氷船が削り、虚しさのシロップが皿の上に載った氷を溶かす。

 馬鹿みたいだ。

 削ったものが、どうでもいいものなんて、一体誰が決められるのか。

 削がれて削がれて削がれて削がれて。耐えて耐えて耐えて耐えて。

 いつの間にか、大切なものまで落としてしまった。

『仕方がない』

 これは、現実と折り合いをつけるための妥協だ。

 色々なものをごちゃ混ぜにしてしまうのは、仕方がない。

 ちょきちょき。

 本来比べられないものまで切り取って、比べてしまうのも、仕方がない。

 見たくないものに目を伏せるのも、仕方がない。

 けれど、俺は惨めな結果になるとわかってて、それを『仕方がない』で済ませたくはなかった。

――健太郎がやるなら協力する。

 伸ばした手を、拓実が引っ張る。左手を拓実が。

もう片方の手を握ったのは――、

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