ぐーたらヒーロー兼ぐーたら怪獣

ケーエス

ぐーたらヒーロー兼ぐーたら怪獣

 さらわれた!

 気づけば車の中だった。金賀九號ないんは後部座席に腕を後ろ手に縛られて横たわっている。


 彼はふと考える。どうして自分が。自分は夜の駅前を歩いているだけだった。働きたいと思えるバイトも見つからず、ただただ二足で歩くという最低限の人間的な活動をしていただけだった。周りには可愛いし、セクシーな女なんていくらでもいた。だのに。


 九號は運転席の男の顔を睨みつけた。ラジオから流れる陰気くさいミュージックに合わせて指でハンドルを小突いている。全身真っ黒な出で立ちだ。サングラスにマスクもしているから素顔はわからない。ただ、迷いなく自分をさらっている時点でかなりヤバい奴であろうことは察せられた。


 口にガムテープが貼られている。しっかり誘拐されている。19にもなって。陰気なミュージックのおかげで頭の中はしっかり恐怖に侵略されていた。これから自分はどうなるのだろう。金を要求され、殺されてしまうのだろうか? 身震いした。金遣いが荒すぎて母に逃げられた父にそんな支払い能力など存在しない。九號はこの先の身を案じて護送車に揺られていった。


 🌈


「お願い、マジで」

 目の前でさっきの男が手を合わせている。車を降りた手前、見知らぬアパートの一室に連れられてきた九號は、簡素なテーブルの向こうに座っている男をまじまじと見つめた。

「本当に言ってます?」

「マジだ。頼むよ」

 男は今や借金取りに追われているかのごとく、頭を下げている。その顔立ちは整っているが、生気があまり感じられない。髭がボーボーだ。30代ぐらいといったところか。

「僕がですか?」

「ああ、そうだ」

 九號は室内を見渡した。男の背後には青いヒーロースーツが掛かっている。その横には「ヒーロー機構公認証 レインボーシャイン」と書かれてある表彰状みたいな紙が額縁に飾ってある。

「なぜ僕に?」

「ええ、ああ」

 男が顔を上げてぼそぼそっと言った。

「声が俺に似てるからだ」

「え、あ、そうですか……」

 九號は視線を落とした。ひざに置いた手を見つめる。

「いつわかったんですか? 僕がその……声似てるの」

「ゲームセンターで」


 はっとなって相手を見た。駅に向かう前のゲームセンター。まさかの5連敗を喫し、ゲーム資金は底をついた。思わず荒ぶる心境で吠えてしまったのだ。その様子を、しかもその声をこの男は聞いたのか?


「驚いたよ。こんなに俺の影武者にピッタリな人間がいるなんて。思わないからね」

 初めて男が勢いづいた。こんな男がヒーロー? そしてこの僕がその影武者に?

「よくわからないですが、とりあえずお断り――」

「残念だが君にはこのスーツを着て俺の代わりに悪いやつらと戦ってもらう」

「そんな」

 男の視線に怖気づく。このおじさん、本気だ。この人1周り下の男を連れ去っておいて何を言ってるんだろう。新手の悪役か?

「1万円出す」

「でも――」

「3万円出す」

「でも――」

 男は、はあっと息をついて立ち上がった。

「5万だすから……」

 身構える九號の前で彼は土下座した。

 九號は承諾してしまった。


 🌈


「早く! 技を!」

 ブルーシャインの仲間、レッドシャインは甲高い怒号を影武者に浴びせた。中継でよく見る荒れ地で九號は初仕事をしていた。

「あ、えーブルーシートアタック?」

 焦った。敵を前に肝心な必殺技の名前が出てこない。

「違う、違うでしょ!」

「あ、うわあ!」

 小さな恐竜みたいな茶色い怪獣が九號に飛び掛かった。ヤバい、食われる。目の前にはキバが迫ってきた。心の動悸が止まらない。ただ、なぜか怪獣はそれ以上何もしてこない。それどころか、

「なあ……負けてくれよ」

 と人間の声がした。

「人…なんですか?」

「どうでもいいだろ、なあ負けてくれよ。そしたら俺に金が入ってくるんだ。なあ負けてぐはあっ」

 目の前の視界が茶色から赤に変わった。レッドシャインが怪獣にドロップキックを浴びせたのだ。彼女はそのまま傍にいた全身黒ずくめの男、「ブラッドクロー」も倒したのだった。


 🌈


「何なのアンタ!」

「すみません」

 帰りの車の道中、運転席からも、ブルーシャインの部屋でもレッドシャインは素人影武者に対して抗議を続けた。

「もっと機敏に動いて」

「はい」

「ちゃんと指示は聞いて」

「はい」

「必殺技はちゃんと覚えて」

「はい」

「ホントのブルーシャインはこんなもんじゃないんだよ」

 彼女が見た先にいたヒーローは終わってる表情でゲームをしていた。彼の中では人生というゲームが終わっているようだった。その様子をレッドシャインは心配そうに見つめていた。マスクを取った彼女の素顔は美しい。彼のことをつつみこんでしまうような大きな目をしている。


「あ、あと嘘ついてたでしょ。中級ヒーローも好きだって」

 レッドシャインは先っぽを赤く染めた髪をくるくるもて遊んだ。

「すみません。実は上級ヒーローが好きでして」

「だよね。じゃないとブラッドクロー知ってるはずだもん。まあ」

 彼女は両手に顎を乗せた。

「中級は中継されないもんね、そりゃ知らないか、私たちのことも」

 その表情は諦めに近かった。


 🌈



 また連れ去られた!

 夕方、あのアパートから自宅に帰る道中で俺はデジャヴを体感していた。またしても車の後部座席に後ろ手を縛られ横たわっているのだ! なんたることか。しかもしかも運転席にはまたしても黒ずくめの男! 目を疑った。恐怖よりも驚きが勝った。やはりこれはとんだ長い夢では無いか?


「頼む! 本当に言ってるんだ私は」

 さっき出たアパートの隣のアパート。同じような部屋。背がブルーシャインと一緒の似たような男、加えて土下座! 隣には悲しげな表情でとぐろを巻いている怪獣。 彼の背後には昼に見た黒ずくめの服装!

「な、なぜですか?」

 念のため声を低くしてみる。間違いない、この男は昼に戦った「ブラッドクロー」本人だ!

「君の歩く動きがグーちゃんに似ているんだ!」

「グ、グーちゃん?」

「ああ。彼のことだよ」

 ブラッドクローは傍にいる虚ろな表情の怪獣を手で示した。

「彼最近元気が無くてね、いろいろ代役を雇っているんだ」

 名前には似合わぬ怪物。ということは違法ペットか。これに自分の動きが似ている…? ちょっと嫌な気持ちになった。

「俺は数日後、タワーを占拠する。怪獣を尊重しないやつらに訴えるんだ!」

「はあ……」

 人間どころか違法ペットの代役の依頼とは……。数日前に求人を求めていたのが信じられない。

「金はたんまり出すから、10万円」

 九號の目がぴくっと動いた。

「やらせてください」

 シャインレインボーの報酬の2倍だった。


 🌈


「キャー」

「おい、お前たち! 怪獣を尊重しろ! さもないとこの女の命は無いぞ!」

「キャー」

 市内全域が見渡せるタワーのエントランスホールで、ブラッドクローは人質の女に刃物を突き付けていた。その横でグーちゃんが短い手先を動かして、口を開いた。数十本のキバが見せる迫力に、野次馬たちはおののいた。もちろん中身は九號だ。


「待ちなさい!」

「この声は!」

 ブラッドクローの目の前に、しゅたっと赤いヒーローが降り立った。

「赤き閃光、レッドシャイン!」

 彼女はしなやかな動きで腕を曲げ、ポーズを決めた。

「怪獣をペットにするのは違法よ! その人質を解放しなさい!」

 九號は少し気分が暗くなった。もう一人いない。あたりまえだが。

「おのれレッドシャイン……あれ? ブルーシャインは?」

「ブルーシャインは……その……」

 レッドシャインの表情が(マスクで本当は見えないが)暗くなった。それもそのはず、ブルーシャインの影武者は今グーちゃんの中にいるのだ。いる訳がない。当の本人は家でゲームしているだろうし。


「とにかく、人質を返しなさい!」

「よし、やれ! 攻撃だ!」

 背後から飼い主の声が聞こえた。だが、なぜだか動けない。九號は彼女の素顔を思い浮かぶ。


 彼、昔はもっと元気だったんだけどね。ちょっと運動音痴だからやられっぱなしでさ。味方もどんどん他のところいっちゃって。


 彼女はそう言っていた――。


「おい! どうした?」

 肩を叩かれた。抑えめの声が近づく。

「いや、何も……」

「じゃあ戦ってくれよ。10万払わないよ」

「わ、わかりました……」

 お金も彼女の笑顔も欲しい。いつしかそう思うようになっていた。


 九號は前へ突き進んだ。レッドシャインのキックが決まった。グーちゃんの体が吹っ飛んでいく。窓ガラスを突き破る。外の茂みに突撃した。


「よし……」

 彼は着ぐるみを脱いだ。


 🌈


「そんな! たった1発で」

「さあ次はアンタよ!」

 愕然とするブラッドクローを前にレッドシャインが立ちはだかる。

「よくもグーちゃんを!」

 着ぐるみの別人でも思いがこもるのだろう。ブラッドクローは彼女に飛び掛かった。

「ああっ!」

 人質が逃げていくのも構わずに彼はレッドシャインを殴りつける。

「ブ、ブルーシャイン……」

 彼女が息を漏らした、その時だった。


「ちょっと待てい!」

「その声は!」

 ブラッドクローは目の前に現れた青きヒーローを見て、後ずさりした。

「青き閃光! ブルーシャイン!」

「え?」

 レッドシャインの声が明らかに甲高く、嬉しさ全開だった。もしかしたら本物かもしれないと思っているのだろう。なら狙い通りだ。ブルーシャインになった九號に俄然やる気が出てきた。

「お前はここでおしまいだ!」


 よし、ここで決め台詞を言おう。

「必殺、ブルーシート……何だったけ?」

 忘れた。

「今だ! クローパンチ!」

 ブラッドクローの手についている深爪が、ブルーシャインのマスクを切り裂いた。

「ああ!」

 レッドシャインが叫んだ。マズイ。ばれた。

「あれ?」

 ブラッドクローも素っ頓狂な声を上げた。マズイ。ばれた。

「アンタ、今日風邪だっていってたよね?」

「君、さっきまでグーちゃんの中にいたよね?」

「え? そうなの?」

 レッドシャインが聞いた。彼はこくっと頷いた。


「この嘘つきがー!」

「この裏切り者が!」

「ひえー! ごめんなさい!」

 ヒーローと怪獣の二刀流は叶わなかった。

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