第33話 部屋は散らかるもの
「これから会いに行く、吉田さんが連れて来た小川君と、栗橋亜土が目に掛けていたという中野君。たしかにどちらも、殺人を犯すという動機が何なのか。まあ、これは客観的判断の出来ない部分ですから、考えるだけ無駄として」
しかし、どちらがやったのか。
システムを都合よく書き換えている点から、あの二人以外にはあり得ない。
それが一つの境界条件なのだ。
「警察では、栗原家に恨みがあるのではなんて説もありますけど」
「だったら、こんな回りくどい方法は取らないでしょう。このシステムを利用するという点に関しては、恨みを感じないではない。しかもそれだと、栗原亜土だけを狙えばいいことになる。学術的な争いに帰結させるのは難しいでしょうね。恨みではないです」
聖明はその意見をばっさり切って捨てた。辻はここに他の警察官を呼ばなくて正解だったなと、苦笑いするしかない。
「恨みではないとすると」
「さあ。解るのは異常な死体を作り上げたという事実のみですからね。それだけ考えると、先ほど言っていた」
「フランケンシュタイン博士になるってことですね」
なるほどねえと、辻は顎を摩って考えるしかない。しかしどう考えても、SFのように怪物が作り出せるとは思えなかった。いくらこの屋敷が最新式の人工知能が組み込まれていようと、それはそれ。何だかおかしいと感じるだけだ。
「しかし、技術的には不可能だ。まあ、脳を何らかの方法で保管するつもりだというのは、まだ可能性があるでしょうね。でも、そうするとどうして連続殺人となったのか。ここが不明です」
「たしかに」
そしてどちらも、計画無くして出来ない犯行だ。
つまり、犯人は明確にバラバラにする意図を持っていた。
これも変わらない境界条件だ。
「面倒ですよね。あ、ここです」
吉田の部屋から奥に五つ、これだけでも屋敷の広さを実感するのだが、そこに小川の部屋が割り当てられていた。
教授と少し離した部屋であるのは、気が休むようにという配慮からか。奥であるのは、この屋敷の和空間部分は奥に行くほど不便だからだろう。
「あ、どうぞ」
ふすまをノックするというのは妙な行為だが、それで来意を告げると小川はふすまを開けてくれた。彼の部屋もまた、なかなか豪快に散らかっている。
これは研究者ならではなのか。それとも偶然なのか。辻には判別がつかない。が、ともかく足の踏み場がなかった。
「すみません。雑誌に投稿する論文の仕上げ作業をしていたので」
「ああ。それでデータの確認をしていたと」
聖明は足元にあった、プリントアウトされたデータを一枚掴んで訊く。何の数値なのか、専門が違うので理解できないが、これが論文の元になるデータであることは解る。
「ええ。これはこことは異なる、大学で開発した人工知能のデータです。あんまり見ないでもらえると」
「ああ、失礼。しかし大変だな。自らの研究とここの人工知能の研究を同時に進めるのか」
データの書かれた紙を小川に返しながら、聖明はそれとなく探りを入れる。不満というのは、溜め込むと必ず捌け口を求めるものだ。それが殺人に繋がった可能性はある。
「同時と言っても、人工知能はプログラミングを構築してしまえば、あとは学習させるだけですからね。目的が決まっていれば、まあまあ目を離していても出来るものですから」
だから、自分の研究には影響はない。定期的にチェックすればいいだけだと、小川は説明した。たしかに、学習にはスパコンを用いることもあるようだし、人工知能の学習過程を知ることは、今のところ出来ない。
「なるほど。では、こちらは空き時間に手伝っていたと」
「まあ、そうですね。ただ、ここの人工知能はこの屋敷と連動し、しかも他から操作できないという不便さはありますけど」
ちょっとした不具合が起こっても、この山奥まで来なければならないのは大変だったと、随分正直なボヤキだ。気楽にやっていたと思われるのも癪なのだろう。
「たしかに不便だよな。どうして栗橋先生はクラウドを使わなかったのだろう」
「個人利用だからだと思います。ここの研究が面白いからと、吉田先生が発展させることがなければ、俺たちは知ることのなかった人工知能ということです。たしかに価値があり、他に知られないのは勿体ないと思います。だから今日まで、ここの研究も続いたんです。まさか、事件が連続して起こって、駄目になるなんて思いもしませんでした」
そこで初めて、小川の顔に疲れが浮かんだ。
それは今まで、必死に打ち込んできたことを伝えてくる。どんな言葉よりも説得力のあるものだった。
「それで」
「ああ。身体検査でしたっけ。どうぞ」
疑うのが申し訳なくなる状況に、聖明がどうしたものかと躊躇っていると、小川が苦笑してしまった。これではどちらが気を使っているのは解らない。
「では、失礼して。手荷物の検査もあるんだが、見ても大丈夫かい」
「大丈夫ですよ。そちらの刑事さんが見るんですよね」
「内容が解らないから安心ってことだな」
よく解っていると、辻は聖明を連れて来てやはり正解だなと思う。相手が同じ研究者だというだけで、これほど警戒心がなくなるものとは思いもしなかった。いや、聖明の性格がなせることか。他ではこうならないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます