第31話 招かれざる客
「どうして数字なんでしょう」
「さあね。ともかく、夜の九時からは人数しか記載されないようになっていたんだよ。それも、一か月前かららしい」
どうして数字なのか。それはどこに誰がいたか特定されないようにするためだ。しかし、聖明はそれ以上の意味があるように思えてならない。人数だけならば、こうやって思い出すことも可能だ。あまり誤魔化せるとは思えなかった。
「あっ」
何枚か捲っていた未来が、おかしいと声を上げた。それに、一体何がと全員がその紙を覗き込んだ。
「これ、亜土さんが死んだ時の書斎の人数のはずなんですけど」
「あれ?」
「一になってる」
そこに記されているのは一という数字だ。つまり、犯人がカウントされていない。その後もずっと一としか記されていない。そして急に数字が増えるのだ。
そこからはシステムが戻ったらしく、数字ではなく名前に切り替わる。名前を確認したところ、当時いた全員分の名前がちゃんとあった。
「どうして、犯人は数字で表記されている間、検知されていないんだ。おかしいよな」
「はい」
これを取っ掛かりに調べるべきだ。それは全員が気づけたことである。だからか、全員が一斉に紙を捲り始めた。それぞれ分割し、未来と憲太が亜土の事件、聖明と辰馬が昨日の記録を調べていく。
「どういうことだ。時々、数字が一少ない」
「ええ。これ、確実に誰かが検知されていないんですよ」
亜土の事件の時だけかと思えば、昨日の記録でも同じようなことが起こっていた。
例えば書斎の人数。それがどうしてか、三と二を分刻みで行き来している。他にも食堂のもの。吉田たちがいた時間だというのに十一にならない時があった。
もちろん、出入りは自由だったので、一少ないことは珍しいことではない。しかし、コンスタントに少ないというのは奇妙だ。
「一体、誰だ?」
明らかに、招かれざる客がいるのだ。しかし、そいつは夜の九時になるまで、異常を感知されないのである。
つまり、数字に切り替わるまでは認識されている。事件当日と同じなのだ。これはどういうことか。
「ひょっとして」
九時以降、数字になるシステムに書き換えたのは犯人だと思っていたが、実は亜土がやったのではないか。誰かが違う。そんな違和感を抱き、そしてこのシステムを導入した。それも、誰にも相談せずに。
それは当然、違和感を抱いた相手に、システムのことが漏れるのを避けるためだろう。こういうことがない限り、出力されることはないと亜土は知っていたはずだ。
「にしても、誰だろうな」
「確実にあの三人の中に犯人がいるってところまでは、絞り込まれていますけど」
首を傾げる聖明とは違い、あの三人の中に犯人がいることが確定的となったことで、憲太は沈んでいた。
もちろん、犯人が顔見知りであることは、この屋敷のシステムのおかげで解っていた。しかし、ずっと傍にいた誰かというのは、気持ち的に参るものがある。
「ああ。こちらでしたか」
妙な沈黙が流れたところに、辻の呑気な声がした。わざと作り出しているのだろうが、異様に呑気に聞こえたのは何故か。
「どうしましたか」
聖明が立ち上がると、辻はその横にいる未来もお願いしますという。
「私も、ですか?」
それは意外で、今まで捜査を手伝えと言われていたのは聖明だけだったからだ。
「ええ。あの、中野夏澄さんがいるでしょ。一応、捜査員も女性がいますが、男性側だけ第三者がいて、女性にいないのは不公平かなと思いまして」
これから荷物や身体検査をしたいのだがと、辻は言い難そうに述べる。なるほど、ちょっと呑気に聞こえたのは、どうやって未来に依頼するか。それを考えながら声を掛けたかららしい。
「それは口実で、要するに先生と同じで、理系の私に何か変わったものがないか見つけて欲しいんでしょ」
「あ、はい。そうとも言います」
未来はいいですよと立ち上がるが、その前にしっかり先制攻撃するのも忘れない。どういう役割か、はっきりしないのに手伝うことはないのだ。
「それにしても手荷物とか身体検査って必要ですか」
そんなところに証拠はないだろうと聖明は思う。それは辻も同じようだが、一応は捜索するのだと言った。
「意外なところから証拠が出てくるかもしれないでしょ。それに、腕を切り落とした何かが、どこかにあるはずなんです。今のところ、まだ見つかっていないんです。まあ、腕の方もなんですが」
両方とも、どこに行ったのか。しかしそれを手荷物に隠すというのは、やはり考え難いことだ。が、犯行時に使った服が出てくるかもしれない。そんな期待があってのことだという。
「しかし、その服は腕と一緒に隠している可能性が高いですよね」
「うっ。そうです。本郷先生というあなたといい、鋭いですね」
未来に痛いところを突かれ、大学の先生とはこういう奴ばかりなのかと辻は悩んでしまう。どうにも扱い難い。
「つまり、本当に一応調べるだけですね」
そして聖明が、とどめを刺すようにそう言うのだった。
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