第27話 協力しましょう
「確かにそうですね。電熱線というわけでもなさそうだし」
「ええ。切り口に火傷の跡は認められませんでした。やはり鋭利な刃物と考えるのが妥当だと思います」
これはかなり難問ですよと、鍵のトリックに次いで困っている内容だという。いや、凶器が特定できれば、その入手ルートから追うことが可能だ。鍵の問題は別に考えなくていい。
「ううん。たしかに特殊なものなんでしょうね。あっ」
そこで聖明は閃いた。すぱっと切れるのは何も刃物だけではない。ワイヤーのようなものでも可能だ。腕をぐるっと縛り、そのまま力を掛ければいい。これならば骨を気にすることなく、すぱっと切ることが可能だ。火傷の跡もない。電熱線よりも手軽だ。
「ああ、そうですね。最初の事件で鋸が使われていたので、てっきり刃物だと思っていました」
聖明の指摘に、その可能性は考えていなかったと辻はメモを取る。そして田村に、そういうワイヤーがないか確認するよう、現場に連絡させた。
「何にせよ、まだまだ断定できない要素ばかりということですね」
「ええ。何もかも。解っているのは被害者だけ。そして、生きている間に身体の一部を切り取られたため、失血死したということだけです」
そう言ってから、すみませんねと憲太に謝った。辻としても、今のはデリカシーがなかったと気づいたようだ。
「いえ。真実を知りたいのは俺も同じですから」
憲太は気にしていないが、早く解明してくれと念を押した。
たしかに不気味でしかない事件だ。それに身内ばかりが殺されている。恨みもあるだろう。
「さて。ではシステムについて考えますか。先生、今から機械関係の人たちに話を聞きますが、同席しますか」
「解らないところがあったら解説しろってことですね。専門外ですが、いいですよ」
聖明はそう言って立ち上がった。話を聞けるのは有り難いので、そのくらいの仕事をするのはいい。
「ははっ。先生には隠し事が出来なさそうですね」
そこまで読まなくていいのにと、辻は苦笑するしかない。まったく、この聖明といると深刻になることが無理なようだ。どうしても笑ってしまう。
「まあまあ。持ちつ持たれつですよ。それに、そういうことが目的で、俺たちに捜査情報をリークしている。先ほどの会話でそれは明らかですから」
聖明は無駄な気遣いはいいからと、さっさと立ち上がっていた。
書斎では吉田と中野と小川の三人が、画面の前で何やら議論をしていた。
「何がおかしいと思う?」
システム不具合の理由が見つからない。これをどう解釈すべきかと吉田は他の二人に訊く。
「そうですね。何か誤った学習をしたと考えるのが素直ですけど」
中野はそう言って首を傾げた。そんなに早くに学習することは考えられない。それに、何をどう間違えば顔認証が使えなくなるのか。説明できそうになかった。
「顔認証システムそのものが止まっているわけではないですからね」
小川も上手く説明できるものがない状態だ。
これで顔認証システムそのものが使えないならばまだしも、憲太たち栗原家の面々は問題なく通れる状態だ。実際、朝には憲太が外に出ているし、尚武が夜の十一時前にこの屋敷を出たことも記録されていた。
「ちょっといいですか」
三人が重苦しく黙ったところに、辻がドアをノックしながら声を掛けた。書斎のドアは開きっ放しだった。
「あ、はい。本郷先生も一緒ですか」
「はい。お邪魔します」
辻の登場に明らかに緊張した吉田だったが、そのすぐ後ろに聖明がいたことで、ほっとした顔になる。
かなり効果があるなと、辻は内心ほくそ笑んでいた。たしかに理系知識を補いたいと思ってつき合わせたが、それ以上に使える。
「いえいえ。先生にはご迷惑を掛けていますし、憲太君のことで世話になっていますから」
辻は信用していないが聖明は信用していると、吉田の意見は明確だった。まだまだこの二人の蟠りは解決しないらしい。
「俺は余計なことしかしてないですよ。それより、あの顔認証の問題。簡単には解決しそうにないようですね」
辻に質問させるより自分がよさそうだと、聖明はそう問いかけた。すると吉田は難しい顔になって頷く。
「ええ。あらゆる可能性を探っていますが、今のところ有効な解は見つかっていませんね。条件を変えて、何とか人工知能の学習を解明しようとしているんですが、それに必要な変数がまだ見つからないんです」
それが先ほどの議論に繋がっているのだと、吉田は二人の顔を見た。二人はそうだと示すように頷く。
「はあ、なるほど。つまりシステム単体の不具合ではなく、この屋敷の人工知能そのものに問題があるんですね」
それは困るだろうなと、聖明は専門外ながら問題の複雑さは理解できた。
一方、吉田は何のことだという顔をしている。何度も屋敷を訪れているはずの吉田がこの反応では、先が思いやられるというものだ。
「つまり、どういうことですか」
聖明がいることで訊き易いのだろう。吉田は解らないと白旗を揚げた。
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