第26話 謎が増える
「それですがね。死亡推定時刻は、あの鍵の壊れた後であることがはっきりしました」
「ああ、やっぱり」
聖明の前に座った辻の説明に、そうだろうと四人とも頷いていた。それに、頭がいい人は早いですねと、また嫌味が飛んで来る。
「簡単な推測でしょう。鍵を壊したのはもちろん、自らの犯行を不可能に見せかけるためです。ただし、システムを操作できるのならば、その限りではなくなります。この辺りは吉田さんに確認しないと解らないですけどね」
「なるほどね。あの段階で鍵が使えなかったのは、犯人が何らかの細工をしたからだと」
ふむふむと、辻は尤もらしく頷いている。が、すでに理解していることのはずだ。一体何を聞き出したいのかと、聖明はサンドイッチを食べるのを止めずに睨んでいた。
「あ、いや。先生たちを疑っているわけではないんですよ。ただね、あまりに変な事件なもので、ちゃんと把握できている人間が少ない。正直、先生たちのようにすんなり話が分かる人がいて、助かっています」
試したわけではないんですと、辻にしては素直に謝った。どうやら相当参っているらしい。
「そんなに現場に混乱をもたらしていますか」
「ええ。なにせこの家、SFさながらの絡繰り屋敷ですからね。存在そのものがリアリティを欠いているんです。それに、実際に目にしても、何がどうなっているのか、動いているのかどうかさえ実感できません。人工知能ってものも、何だかイメージできないですよ」
弱音を吐く辻というのは、たった二日しか一緒にいないものも、らしくないと感じさせた。それだけ、現場でこの家に関して正しく理解している人がいないということだろう。
「やはりシステムにはすでに不具合があるわけだ」
「え、不具合?」
一体どういうことだと、すぐに警察官の顔になって辻が訊く。それに聖明は、心配いらないなと笑った。
「いえ。ここのシステムを維持し、そして使うにはやはり栗橋亜土の存在が欠かせないというだけのことです。ここは彼の家であり、彼の生活のために人工知能は作られて動いている。実感できないのは、このシステムの中心にいるべき亜土の存在がないからですよ。だから、ここは実質稼働していないようなものなんです。抜け殻ですよ」
そう語ってから、聖明は引っ掛かりを覚えた。
抜け殻。どうにもこれが、この事件のポイントのように思えてくる。
「先生」
「いつものことですので、お気になさらず」
急に停止した聖明に、調子が悪くなったのかと辻が心配そうな顔をした。だから未来は、普段からこうだと、そのまま放置しておけばいいとアドバイスする。
「放置、ですか」
「考え事に集中しているだけです。それより、死亡推定時刻は正確に解ったんですか」
このままでは気まずいので、未来が事件の質問を続けることにした。どうせ後で聖明が訊くだろう内容だ。
「ええ、はい。死亡推定時刻は午後十一時から午前三時の間ですね。解剖はまだですので、死体の具合からの判断になります。まさにドンピシャで鍵が壊れたと発覚した後です。それと、あの腕ですが、どうやら生きている間に切られたと考えて間違いなさそうです。出血の具合からの判断らしいですね。栗原亜土の時と同じだと考えて、まず間違いないです。つまり、今回の犯人も同一のはずです」
辻に代わり、田村が正確に説明してくれた。それに未来は頷く。
「これだと、先生の言っていたフランケンシュタイン説が有力にあるわね」
「え、フランケンシュタイン。あの化け物ですか?」
こういう、こめかみにボルトの刺さったと、辻がボールペンをこめかみに当てて訊く。
「ええ、それです。尤も、フランケンシュタインは怪物の名前ではないですよ」
どうにもこの認識、SFを読まない人にとっては当たり前の取り違えである。思わず聖明は思考を中断して指摘していた。
「あ、そうなんですか。へえ。じゃあ、フランケンシュタインってのは」
「作った人の名前です。フランケンシュタイン博士。それが正しいんです」
へえと、本気で感心する辻を見て、この屋敷に対する警察の認識が上手く働かないというのが、理解できた気がした。
日頃からSFなんて読まないし、映画も見ないのだろう。だから具体的なイメージが描けないのだ。
「それはそうと、凶器は何か。解りましたか」
また思考に集中するのには時間が掛かる。だから聖明は質問をしていた。今のところ、凶器が話題になったことはなかったからだ。
「腕を切るのに使ったものですね。これはかなり特徴的なものなんですが、まだ解っていません。どうやったらあんなにすっぱりと切れるのやら。私の個人的な意見としたら、日本刀にしか無理だろうということですね」
断面を綺麗に切るのはなかなか難しいと、辻は首を横に振った。そういうすぱっと切れるものは限られている。それに中心に骨があるから難しいと言った。腕の骨はかなりの太さがある。それに筋肉や脂肪も切るのは難しい。
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