第17話 不気味
和空間に戻ると、またしても知らない女性と出会うこととなった。しかし、こちらは辻と話していたため、どういう人物かというのは推測できた。
「ああ、先生方。見学は終わったんですね」
「ええ。とても有意義なものでした」
辻の問いに、聖明はあっさりとした答えだ。ちらっと横の女性を見たが、誰かと問うことはしない。
が、刑事がそれで許すはずがなかった。
「本郷先生ですね。失礼ですが、東都大学の方に確認させていただきました。こちらには、プライベートでお越しなんですね」
「ええ。そこの栗橋憲太君にお誘い頂いたんです。それが何か?」
その前に誰かを問わないのかと、横にいた辻が面白そうに二人のやり取りを見ている。
急に現れた異分子だ。警戒されて当然だと思わないのかという顔にも見えた。
「いいえ。失礼したと思いましたので、こうして謝っています。私はT県警の
田村は本郷にそう名乗って名刺を渡した。
謝っている感じは一切なかったがというのは、誰も口にしなかった。厄介なタイプであるという認識は、しっかりと全員に刻まれたところである。
「先生。お気を悪くせず。こいつはどうも、人の感情を逆撫でする傾向にあって」
「いいえ。あなたに比べれば、それほど腹は立ちませんよ」
どうしてそう言っちゃうんだろうと、辰馬も未来も遠い目をしていた。
どうやら根本的に辻が苦手ならしい。生理的に無理というやつか。
解らなくもないが、この状況で何か起こって疑われないか。それだけが心配になる。
「手厳しいですね。そのついでに、ちょっと話を聞いてもらえませんかね」
「嫌ですと言いたいところですが、無理にでも話すんでしょ。事件に関することですか」
辻は他の人もどうぞと、吉田と憲太も一緒に招いた。
部屋は警察用に割り振られている和室だ。そこにある座卓をみんなで囲むことになる。
「あの奇妙な遺体の理由でも解ったんですか」
「いいえ。それよりも、さらに謎が増えたというところです」
簡単ではないと、辻はそこで心底困った顔になる。
誰かに意見を求めたい。そこで本当に関係のない聖明を呼び止めたというのが本音のようだ。発言の裏を取ったのも、話して大丈夫か、それを確認するためだったらしい。
「実は、ちょっと気持ち悪い話なんですけど」
そこで辻は一度、憲太を見た。身内に話していいものか。躊躇わせる内容らしい。
「何かあったんですか」
しかし、ここで隠されても困ると憲太が前のめりに訊いた。それに辻は重々しく頷く。
「栗橋さんの死体から脳が取り出されていたわけですが、あの作業。どうやら生きている間に開始したようです」
「――」
予想もしなかった内容に、さすがに全員が押し黙った。憲太はただでさえ顔色が悪いのに、さらに顔色が悪くなっている。
「つまり、生体反応があったと」
その中で唯一、質問できる状態だったのは聖明だ。その問いに辻は大きく頷く。
「ええ。それと、麻酔薬の成分も血中から検出出来ました。どうしてそんなことをしたのか。こちらとしては、より理解に苦しむ状況です」
さすがに百戦錬磨の刑事たちもドン引きの事件であるらしい。辻の口調はより重くなった。
「新鮮な方が良かった。って、ことですかね」
「鮮度の問題、ですか。ということは、犯人の目的は初めから栗橋さんの脳みそだったってことですか」
聖明の指摘に、問い返したのは田村だ。が、顔は不快感を隠し切れていない。
「想像ですけどね。脳の血流をぎりぎりまで確保したかった。そう考えると、鮮度が問題なのかなと思っただけです」
睨まないでくださいと、聖明は肩を竦める。どうやらそういう発想は、警察になかったらしい。
「見当違いですか?」
「い、いえ。先生の発想の方が、状況の説明としては適切だと思います。その、警察は拷問の一環か何かかと思っていました」
「なるほど。それも一理ありますね」
驚いた聖明には、警察が考えていた拷問という発想はなかったらしい。随分と違うものだなと、辰馬は思っていた。
そしてどちらの可能性も、すぐに思いつかないし考えたくないことだなとも思う。
「今後も、何かと相談させてください。どうも、我々警察には理系的発想というものが乏しいようで」
辻は相談して正解だったと、そう言って笑う。
つまり、犯人を理系だと想定しているのに、なぜの部分で躓き困っているということらしい。
「そういうものですか。誰かが思いつきそうですけど」
「思いついても困りますけどね」
辻はそこで苦笑する。
たしかにそんな発想を誰でもするものだとは、あまり考えたくない。
「祖父の死因は」
少しの間黙っていた憲太が、絞り出すようにそう訊いた。
そうだ。生きていた時に頭蓋骨を切られたのだとすると――
「失血死です。首を切り落としたのは、偽装だったんですよ。当初は絞殺かと考えていましたが」
考えていた順番が逆だった。それによって、死因も変わった。
だが、よりその死が重く不気味なもののように思えてくるのは、行為のせいだろうか。辰馬は背筋が寒くなるのを感じていた。
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