第16話 時計塔の秘密
「ええ。といっても、多くは時計塔に関連するものです。先生の趣味なのか、古い機械が動かしているんですよ」
「でも、それだけではない」
聖明の悪い癖だと辰馬は思う。
吉田は苦笑しただけだったが、先を越されたと困惑していることだろう。
「ええ。時計を動かす力で、僅かながら発電しているんですよ。これだけ多くのサーバーを使っているんで、節電しても、し切れないんですよね。太陽光発電も用いていますが、歯車を回しての発電には敵いません。これはかなり効率のいい発電システムです」
つまり古めかしい造りにしてあるだけで、最先端の発電技術を用いているわけだ。これはこれで凄い。
「なるほど。この家といい、昔ながらのものに融合させるのが、栗橋亜土のスタイルだったんですね」
「ええ。生活に馴染む技術にするにはどうすべきか。それは見慣れたものに組み込むことがいい。そういう考えをされていました」
「非常に工学者らしい」
聖明は素晴らしいことだと褒めた。
たしかに最新機器や最新技術というと、何か取っつきにくいイメージを持ってしまう。それに実際、使い慣れないものだと見た目から解る。
それが、今までの生活空間に溶け込むとなると、簡単に使えると思われることだろう。今まで見てきたものは、どれもどこに機械があるのか解らなかった。これだけでも、多くの人に受け入れられやすいのではないか。
「ええ。先生自身がご高齢だったこともあり、馴染みやすさがテーマになっていたようですね。特に、日本家屋に馴染むものがいいのではないか。そう考えておられました」
「とはいえ、時計塔の発電システムは洋風な発想ですけどね」
吉田の説明に、そう言うのは憲太だった。あまり褒められると、この場に居づらい。そう思ったようだ。
「まあね。一般的なものばかりではない。まあ、実験だったから」
憲太君は厳しいなと、吉田は笑う。しかし目は笑っていなかった。どうやら何かあるようだなと、辰馬はそのやり取りをしっかり記憶する。ここに同行してくれと頼まれた時から、単に事件のせいではないと思っていたのだ。
「では、上に上がってみましょう」
大人の対応で、吉田が先にこの話題から下りた。そして、先に狭い階段を上がり始める。一段目を踏んだ時、勝手に電気が灯った。ようやく人工知能がこの家を支配していることを感じる瞬間だ。
「支配、か」
自分で思っておいて不思議だが、やはり家中に人工知能のセンサーがあり、サポートしてくれるという状況を奇妙に思ってしまう。それは辰馬だけなのだろうか。いや、憲太も同じ思いだろう。違うのは無邪気にワクワクしている聖明くらいではないか。
「どこにセンサーが」
「一段目のスッテプです。踏んだら点く。そういう風になっています」
「なるほど。ではこれは、人工知能とは関係ないシステムですか」
「ええ。生活上、ここに頻繁に立ち入ることはないですし、生活リズムに組み込まれることはないですからね」
そのやり取りに、何だと辰馬は拍子抜けしていた。
勝手に怖さを感じていたのがバカらしくなる。しかし、聖明が次々と繰り出す質問に、吉田はどれも自慢げに答えていた。このシステムの開発に、少なからず協力していたのだろう。
三階に上がると、大きな歯車が見えた。僅かな隙間に全員が立つことになる。時計のシステム自体は、確かに古めかしい、昔のままという感じだった。大きな歯車と小さな歯車が動き、時計を動かしている。ガタゴトと、下の階にいた時は聞こえなかったが、大きな音がしている。
「防音がしっかりしているんですね」
「ええ。さすがにこの音は生活に支障が出ますからね。音楽用の防音をしてあります。あの中心軸、あそこが発電の機構の中心になります」
時計に動力を与える軸、ここに発電のシステムも入っているのだという。ぱっと見には解らないが、たしかに時計以外のパーツがあることが解る。
「かなり小型なんですね」
「ええ。蓄電するところは外に置いてありますから」
色々と考えるなと、辰馬はそこで素直に感心する気持ちだけになっていた。ここまで徹底的に考え抜かれていると、他の感情が置き去りにされてしまうのだ。
ただし、ここに住みたいかという問いは別だ。辰馬は感心してもここには住みたくないと思う。
「一応、人工知能や先生の研究に関わる部分は以上です。二階にある他の部屋は、先生のプライベートな空間でしたので」
「そうですか。ありがとうございます。じゃあ、取り敢えず部屋に戻ろうか」
そこも見たいというのかと思いきや、聖明はあっさりと納得して頷いた。そして先に階段を降りていく。
「先生の興味を引くってのは、意外と難しいみたいだね」
「ああ。らしい」
事件に関して、少なからず興味を持っているくせに、ヒントになりそうなプライベート空間は見ないという。
憲太と辰馬は、解くというところまではなかなかだなと思った。
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