第93話
俺の予想通りヴィクトリアとシスティは、実技試験を無事に突破した。
他の生徒が試験官である帝国魔道士団の魔法使い、ディンに全くもって太刀打ちできない中、ヴィクトリアとシスティの二人はこれまで培ってきた対人戦の実力を十分に発揮し、善戦してみせた。
ディンは二人の実力に相当驚かされたようで、その場で卒業実技試験突破を二人に告げた。
「最初はどんなものかと思ったけど……案外骨のある生徒もいるんだね…あの二人の将来が楽しみだ…」
「くぅ…こ、この俺を片手間に…」
システィとの勝負を終えたディンは、その後の試験官の仕事を何処か上の空でこなしていた。
二人との勝負を思い返しているのか、視線は明後日の方向に向いている。
だが、よそ見をしながらでも依然として他の生徒をあっという的実力でねじ伏せ、生徒たちが一人、また一人と片手間でやられていく。
「く、クヌート家のこの俺を馬鹿にするなぁああああああああ!!」
ちなみにだが、たった今片手間にあしらわれたのはクヌート家のエンゲルだった。
よそ見をして全くエンゲルのことなど相手にしていないディンに腹が立ったのか、激昂して素手で襲い掛かる。
「邪魔だな。君の番はもう終わりだよ」
そんなエンゲルの背後に、見事な体捌きで回り込んだディンは、そのこめかみに手刀をお見舞いする。
「んごぉっ!?」
急所を打たれたエンゲルは、奇妙な声と共に沈んだ。
「なんだったんだ君は…誰か。早くこの邪魔者を退けてくれないかな?」
ディンが気絶したエンゲルを見下ろしながら迷惑そうに言った。
他の生徒が急いでエンゲルに近づいて、その体を引きずっていく。
俺が編入してきた当初は、エンゲルは中級魔法をすでに発動できる魔法使いとして他の生徒にアドバンテージがあったはずだが、その後はあまり熱心に魔法の訓練をしなかったようだ。
他の生徒よりも一際簡単にディンにあしらわれ、気絶してしまった。
流石にあれは不合格だろう。
ディンはもうエンゲルのことなど忘れたというようにあくびを噛み殺し、伸びをしている。
そんなふうにして少しずつ俺の前の生徒がはけていき、俺の番が少しずつ近づきつつあった。
「ようやく俺の番か」
それから一時間後。
卒業候補生の実技試験は大部分を終えて、ようやく終盤の番号を割り振られた俺の番がやってきた。
俺はぐっと伸びをして、エンゲルの前に出る。
「来たぞ…!!」
「アリウスだ…!!」
「これはすごいことになりそうだぞ…!!」
俺の登場で、生徒たちがざわめく。
何人かは、まるで期待するかのような目で俺を見ている。
だが、システィやヴィクトリアの時とは違い、生徒の中の一部は、俺に対して疑問に瞳を向けている。
「アリウスか…結局よくわからないやつだったな…」
「すごいやつなんだが…うっかりも多いよな…」
「ああ…あいつの実力は最後までよくわからなかった…」
いまだに俺の実力を正確に見極められていない生徒が一部存在するのは、主に俺のせいだ。
あくまで一生徒として平穏な日常を送りたい俺は、学生生活においてなるべく力をひけらかさず、実力をセーブしていた。
もちろん魔導祭や、五年前にカラレス家がエラトール領に攻めてきた時など、どうしても力を使わないといけない時は全力を惜しまなかったが、それ以外の場面では、決して実力を出さず、むしろわざとミスなどをして大したことない魔法使いの姿を周囲に見せたりもしていた。
そのおかげで、俺は一部の生徒には実力を認められる一方で、また一部の生徒には、噂だけの実際には大したことない魔法使い、という認識を刷り込むことに成功した。
おかげで俺は、比較的まともな魔法学生生活を謳歌できたように思う。
だが…今日は…今日に限ってはもはや実力をセーブする必要もないだろう。
この実技試験に合格すれば、あと数日で俺はこの帝国魔術学院を卒業。
ほとんどの生徒との関わりはなくなると言っていいだろう。
だとするならば……最後に景気良く全力を出したとしても何ら不都合はないな。
「お…これは…」
「よろしくお願いします」
ディンの前に出た俺は、お辞儀をする。
ディンが頬を歪めてニヤリを笑った。
「また骨のありそうな生徒が出てきたね……さっきの二人よりも強そうだ…これは…楽しくなるね」
どうやらディンは速攻で、俺の実力を見抜いてきたようだ。
ヴィクトリアやシスティと戦った時に見せたような、楽しくて仕方がないといった笑みを漏らしている。
おそらく根が戦闘狂なのだろう。
「お眼鏡に叶うかはわかりませんが、頑張ります」
不敵に笑うディンに、俺も笑みを返す。
そうして俺は、帝国魔術学院最後にして最難関の試験、卒業実技試験に挑んだのだった。
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