第88話


カラレス家によるエラトール領侵攻は失敗に終わった。


戦はエラトール家の勝利という形で幕を閉じ、カラレス軍は敗退した。


戦の最終盤に領民を人質にとってなんとか離脱しようとしたガレス・カラレスはエレナによって仕留められ、戦死した。


これによりカラレス領の施政権がエラトール家に移り、カラレス領はエラトール寮に飲み込まれることになった。


戦が終結した三日後、エラトール軍はカラレス領へと進軍。


その中心にあるカラレスの屋敷をおさえた。


カラレス側の抵抗は全くと言っていいほどなく、死者を1人も出すことなく全土を掌握した。


「これは……酷いな…」


カラレス領を掌握したアイギスが最初に放った一言がそれだった。


カラレスの領民たちは、重税に苦しみ、奴隷も同然の労働を強いられていたために皆痩せ細っており、死体が処理されずにあちこちに放置されている状態だった。


「今日からあなた方はエラトールの領民となる。諸君の生活が以前よりも確実に良くなることをこのアイギス・エラトールが保証しよう」


アイギスは当初、カラレス領民からの反乱を恐れていたのだが、結果として領民はすんなりとエラトール領の支配を受け入れた。


それどころか、ようやく奴隷労働から解放されると、大半がエラトール家による統治を歓迎していた。


結果として、領土的野心に基づきエラトール領へと侵攻してきたカラレス家は取りつぶされ、逆にエラトール領の領地は二倍異常に増えた。


「悪いな…アリウス。せっかくの休暇をこんなことに浪費させてしまって」


「大丈夫ですよ、お父様。何か出来ることがあれば命令してください」


結局長期休暇は、戦後処理による雑務で潰れることとなった。


領地が二倍異常に増え、管理する領民の数も膨れ上がったために、やることは山積みだった。


とてもアイギスやシルヴィアだけでは手が回らず、最終的には俺やエレナやルーシェ、そしてイリスまでが書類仕事などに協力しなくてはならなかった。


「痛ましい…我が領民がこんなにも…」


戦が終わってから一週間、双方の被害も大方が明らかになってきた。


まずカラレス軍だが、これは四万近くいた兵力がほぼ全滅。


捕虜となったのは三千人余りだった。


一方でエラトール軍の被害は、五千人。


そのうちの千人近くが領民の死者だった。


エラトール領に侵攻し、初日で領土の一部を占領したカラレス兵たちは、領民たちから略奪を行い畑を荒らしたりもした。


おかげで、復興にもかなりのお金が要することが判明した。


アイギスは他領の貴族領主から金を借りることを考えたようだが、しかし時間が経つにつれてその必要は無くなった。


カラレス家の屋敷の地下から隠し財産が見つかったのだ。


領民を馬車馬のようにこき使い、得た富を一人いじめして蓄積していたカラレス家の隠し財産は莫大で、カラレス兵に荒らされた領地を復興させて余りあるものだった。


「ふぅ…ようやく一息つけそうだ…」


長期休暇が終わりそうになる頃には、ようやく戦の後処理のほとんどが片づけられた。


アイギスは新しく領民となったカラレス領の民を、エラトールの領民と同じように扱い、同額の税をとった。


結果として税額が三分の一以下になったカラレスの領民たちは大いに喜んでいた。


エラトール家による統治は何の抵抗もなく元カラレス領全土に行き渡り、エラトール家の帝国内における影響力は一気に拡大した。


「聞いたか…?エラトール家がカラレス家との戦に勝利したらしい…」


「あのガレス・カラレスが死んだらしいぞ…カラレス領はエラトール家が収めることになったらしい…」


「兵力は二倍以上の差があったと聞くが……とんでもないジャイアンとキリングだな」


「噂によるとエラトール側には帝国魔道士団の魔法使いがいたとか…」


「まさか……帝国魔道士団が同じ帝国人同士の戦争に介入するわけないだろうが…」


エラトール家がカラレス家との戦いに勝利したという情報は瞬く間に帝国全土へと広まった。


貴族領主たちは、二分の一以下の兵力でカラレス家を打ち破ったエラトール家に一目置き始め、連日のように屋敷に客人が訪れた。


今後エラトール家がますます勢力を拡大すると踏んで今のうちに良好な関係を築きたいというのが彼らの本心なのだろうが、残念なことに、アイギスに領土的野心や勢力圏拡大の野望は存在しない。


とにかく領民の幸せを第一に考えるアイギスは、これからも主に内政に注力することになるだろう。

 


そんな目まぐるしい日々を過ごすうちにとうとう長期休暇が終わってしまった。



「休んだ気がしない…」


休暇が終わって見て俺に残ったのは、体に重くのしかかるような疲れだった。


戦後処理が終わった後、せめて休暇の最終版はゆっくり休みたいと思っていたのだが、それはシルヴィアとイリスに許してもらえなかった。


「アリウスちゃん!!学校はどうですか?楽しいですか?彼女とかはもうできましたか?」


「お兄様!!外の話を聞かせてください!!帝都とはどのようなところなのですか!?」


二人が俺に、帝都での生活を根掘り葉掘り聞いてきたのだ。


シルヴィアは俺の魔法学校の生活、そしてイリスは帝都がどのようなところか非常に興味があるようだった。


好奇心旺盛な二人の質問に答えているうちに気づいたら休暇は終了しており、俺は帝都に戻らなくてはならなくなった。


「い、行ってくる…」


「行ってらっしゃいお兄様!!」


「アリウスちゃん。行ってらっしゃい。次の休暇も絶対に帰ってきてくださいね」


「息子よ!!魔法の勉強、頑張るんだぞ!!」


笑顔で送り出してくれる家族に、俺はげっそりとした笑みを返した。


「た、大変でしたね…本当に…」


隣を歩くルーシェは同情するような目を俺に向ける。


「あぁ…本当にな…」


俺は自重気味に笑いながら、ルーシェと共に領地の端にある馬車の停留所を目指したのだった。

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