第87話


「近寄るんじゃない!!少しでも俺に近づいたらこいつらの命はないぞ!!!」


戦勝ムードに包まれたカラレスの陣地に、不穏な声が響く。


俺とエレナ、ルーシェの三人が騒ぎの現場に駆けつけてみると、そこでは見覚えのある男が領民を人質に取って目を充血させ、周囲に向かって威嚇をしていた。


「くそ…卑怯者が…」


「どうする…?やっちまうか…?」


「待て…人質がいる…迂闊に刺激するな…」


周りを取り囲む騎士たちは、武器を構えながらも人質を気にして迂闊に近寄れないようだった。


「道を開けろ!!俺を逃せ!!こいつらの命がどうなってもいいのか!?あ!?」


数人の部下と共に領民を人質に取り、叫んでいるのはガレス・カラレスだ。


やはりこの戦の指揮を取るためにエラトール領へとやってきたようだ。


自らの軍を失い、どうしようもなくなって最後の悪あがきに領民を人質に取ったということか。


「汚いやつだ…」


人質に取られている領民は全部で七名。


それぞれがガレスとその部下たちによって首筋に刃を当てられている。


少しでもこちらが怪しい動きを見せれば、彼らの命はないということだろう。


「道を開けろ!!こんなところで死んでたまるか!!俺を逃せ!!!」


ガレスが怒鳴りながらぐっと人質に取っている領民の女の首筋に刃を押し当てる。


つーと鮮血が流れて、騎士たちがどよめき、ガレスのいう通りに道を開ける。


「よし…それでいい…」


ガレスと数名の部下たちはそのまま領民を人質にしながら、騎士たちが開けた道を進み、包囲を突破しようと試みている。


「動くなよ…少しでも怪しい動きをしてみろ…こいつらの命はないからな…」


ガレスは念を押すように言いながら、少しずつ進んでいく。


部下たちもそれに続く。


「クソォ…」


「ぐ…姑息な奴らだ…」


「どうする…?」


騎士たちは手を出すことが出来ず悔しげな表情を浮かべている。


「どうしましょう…アリウス」


隣で見守っていたエレナが耳打ちしてきた。


「もちろん逃さない」


俺はそう断言する。


ここでガレスを逃せば後々厄介なことになる。


また兵力を再構築して領地に攻め入ってこないとも限らない。


それを防ぐためには、この場でガレスを殺し、カラレス領を平定する以外に方法はない。


「時間を稼げますか?アリウス」


「え…?」


「もし数分の間、彼らの気を逸らしてくれたら、必ず全員を一気に仕留めて見せます。領民に死人は出しません」


「そんなことが出来るのか?」


「はい。私を信じてください」


エレナが自信たっぷりな口調で言った。


「わ、わかった」


エレナの実力は俺が1番良く知っている。


この状況で人質を殺さずにガレスたちを始末するのは至難の業だろうが、今はエレナを信じるより他にあるまい。


「あ、アリウス様…?」


「ルーシェ。ちょっと言ってくる」


覚悟を決めた俺は、騎士たちの間をかき分けて、ガレス・カラレスたちの前に飛び出た。


「待つんだガレス・カラレス!!領民を傷つけるな!!」


「んなっ!?」


突然の登場に驚いたガレスが、人質と共に半歩下がる。


「だ、誰だ貴様は!?人質を殺されたいのか!?」


「待て!!お前に害を与えるつもりはない!!俺はアリウス・エラトール!!領主の息子だ!!」


「何…?領主の息子だと…?」


ガレスが足を止めて俺を見据える。


「あ、アリウス様…?」


「危険ですアリウス様!!」


「下がってください!!」


俺に気づいた騎士たちが、急いで俺を下がらせようとするが、俺はそんな彼らを制止する。


「領民たちを解放しろ!!これ以上領民たちに被害を出したくない!!」


「黙れ!!そこを退くんだ憎きエラトールの息子!!こいつらの命がどうなってもいいのか!?」


「待て早まるな!!投降しろということではない!!人質には俺がなる!!」


「何…?」


ガレスが動きを止めた。


「な、何をいうのですかアリウス様!?」


「正気ですか!?」


「危険です!!下がってください!!」


俺の言葉に騎士たちが俺を無理やり下がらせようとするが、「待て!」と俺は彼らを怒鳴って制す。


「領主の息子として領民の命を守る義務が俺にはある。人質には俺がなる。そのほうがそちらにとってもいいはずだ」


「…」


ガレスは目を細めて俺を見た。


迷っているようだった。


ガレスにとって人質の価値は高い方がいい。


最悪人質が領民の場合は、騎士たちが領民の犠牲を覚悟の上でガレスたちを殺しにくるかもしれない。


だが、人質が領主の息子だったらどうだろうか。


騎士たちも流石に迂闊にガレスたちに手を出すことは出来なくなる。


ガレスたちにとって人質にするなら、領民たちよりも領主の息子である俺の方がいいはずだ。


「よし…いいだろう」


しばらくの沈黙の末、ガレスが頷いた。


「武器を捨ててこっちへ来い。こいつらと交換だ」


ガレスが顎をしゃくって武器を捨てるように催促する。


俺は腰の剣を地面に捨てて、手を上げてガレスに近づいてくる。


「おやめくださいアリウス様!!」


「私たちのことはお構いなく!!」


領民たちが俺が人質になろうとしているのを見てそんな声をあげるが「うるせぇ!」とガレスに一喝され、口を閉ざす。


「ゆっくりだ。ゆっくりとこっちに歩いてこい」

「わかった」


ガレスの命令通り、俺はゆっくりと時間をかけてガレスに方へ歩いて行った。


ガレスやその部下も含め、全員が俺の動きに注目していた。


「くくく…そうだ。ゆっくりだぞ」


俺を人質にできると思い込み、ほくそ笑むガレス。


俺は手を上げて無防備を装いながら、チラリと背後に視線を移した。


「あ…?」


異変に気づいたのか、ガレスが俺にナイフを向けながらチラリと背後を見る。


「もう遅い」


そして俺に注意を向けている間に、いつの間にか背後に忍び寄り、魔法の詠唱を完成させていたエレナに気がついたらしい。


「あ…」


断末魔の悲鳴はなかった。


死を悟ったのか最後にガレスの口から短い音が漏れた。


ドスドスドス!!!


直後、ガレス・カラレスは数名の部下と共に眉間を光の矢に穿たれて絶命した。

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