第79話


「あぁ…どうしたらいいんだ…」


アイギスが執務室の中で頭を抱えている。


報告にきた騎士はすでに前線へと戻っている。


伝えられたのはカラレス側が自領の冒険者たちを戦線に投入し、エラトール軍が推されているという情報だった。


冒険者たちの近接戦闘の能力は桁違いで、このままだと押し負ける必要がある。


そして自領内にダンジョンを持たないエラトールが同じ戦法を取ることは出来ない。


それらのことを加味した上でアイギスは必死に打開策を考えていた。


だが、これ以上何か出来ることがあるとも思えない。


「せめてアリウスが帰ってきてくれたら…」


頼みの綱として頭の中に思い浮かんだのは自らの息子の顔だった。


かつてエラトール家が財政難の時に、『挟み返し』を思いついて領地の危機を救ってくれたアリウス。


もしアリウスがここにいれば、何かまた突飛な知恵でこの状況を変えてくれたのではないか。


ついそんなことを思ってしまう。


「いや、だめだだめだ…何を考えているのだ…遠くにいる息子に頼ろうなどと…あいつが帰ってくる場所を守るが…領主として…いや、親としての俺の役目だろうが…」


アイギスはブンブンを首を振って弱気な思考を追い払う。


それからもう一度状況を整理して、作戦を立て直そうと知恵を絞る。


と、その時だった。


「アイギス様。私が行きますよ」


「…!?」


驚いたアイギスが顔を上げると、そこにはいつ現れたのかエレナが立っていた。


決意のこもった瞳でアイギスを見つめている。


「エレナ…?」


「私が出ます。戦況を変えられるかは不明ですが、少しは役には立つかと」


「いや、お前を前線に送るわけには…」


エレナは元々外部の人間だ。


以前にアリウスを助けてくれた恩もある。


そんなエレナを危険な前線に送るわけにはいかないとアイギスは考えていた。


「お気になさらず。この程度の修羅場なら何度も経験済みですので」


「…っ」


済ました表情のエレナに、アイギスは今更ながらエレナが帝国最高の魔法組織の出身者であったことを思い出す。


「私も随分長い間ここに住まわせてもらっています。エラトール領は私の第二の故郷と言ってもいいでしょう。相手も同じ帝国人ですが……どちらが帝国にとって必要な人材であるか……これは自明だと思います。エラトール家が滅びてしまうことは帝国にとって不利益になる。どうか前線に立つ許可を」


「…っ」


アイギスがごくりと唾を飲んだ。


落ち着きなく視線を彷徨わせ、頭をボリボリとかいて逡巡する。


「わ、わかった…許可しよう…いや、私から正式に依頼をする…領地を救ってくれないか?エレナ」


だがやがて覚悟を決めてエレナの申し出を受け入れた。


エレナがにっこりと笑った。


「お任せください。戦局を変えられるよう、力を尽くしますよ」



十分後。



「〜♪〜〜〜♪」


1人の見目麗しい女性がエラトール家の草原を鼻歌を歌いながら走っている。


アイギスから戦いの許可をもらったエレナだった。


「久々に暴れられますね」


正直って戦いが始まった当初からエレナは力を震いたくてうずうずしていた。


アリウスが領地から去ってから半年。


全力をぶつけられる存在が去ってしまった後のエレナは、イリスに魔法を教える傍らでずっと力を振るう機会を探して悶々としていたのだ。


「ここへきた当初は静かな生活が望みだったのですが……やはり人間なかなか性格は変わらないものですね」


エレナは帝国魔道士団にいた頃の日々を思い出していた。


あの頃の人生は本当に壮絶だった。


半年に三回は死にかけた。


五年が立つ頃には十人はいた同期が三人になっていた。 


毎日が命懸けだった。


常に全力で戦わなければあっという間に命を落としてしまうような任務ばかりだった。


そんな血生臭い日々に嫌気が差して、エレナは帝国魔道士団を去り、ここへきた。


だが今、また帝国魔道士団時代の任務中のような懐かしい高揚感をエレナは感じていた。


「さて…ここらでいいですかね」


周囲の見渡せる高台にエレナはやってきていた。


戦いに参加すると言っても、馬鹿正直に騎士たちと一緒に正面衝突するつもりはない。


帝国内の魔法使い最高峰のエレナにとって、今戦っている両陣営の騎士や冒険者たちはアリのような存在に過ぎない。


蟻を殺すのに一匹一匹潰すような面倒なことをするものなどいない。


やるなら一掃できる方法を取るだろう。


「これほどの大魔法を使うのは久々ですね」


眼前に見える的のように横に広がった敵。 


長文詠唱を邪魔されることのない、高台。 


条件は揃っている。


エレナは足を止め、眼下の戦いを見据えながら長文詠唱を開始する。


「なんだ…?」


「雨、か…?」


戦いに身を投じていた騎士たちが一瞬時を止めて上空を眺める。


突如として周囲に雨雲が集まり始めたからだった。


青かった空はどんよりとした灰色の雲で覆われ、次第にポツポツと雨を降らし、ついにはゴロゴロと不穏な低い音を響かせ始めた。


「な、なんだ…?」


「嫌な予感がするぞ…?」


騎士たちの間にざわめきが走る中、次の瞬間ピカッと空に閃光がほとばしった。


ドゴオオオオオオオオンン!!!!!


轟音が鳴り響き、カラレス陣営のど真ん中に雷が落ちた。


「「「「うわぁああああああ!?!?」」」」


冒険者たちの背後に隠れ、魔法を放っていた魔法隊が一気に混乱して離散する。


「まさか…」


「もしかして…」


噂により、領主の屋敷で帝国魔道士団に所属していた魔法使いが雇われていることを知っている一部のエラトールの騎士が、周囲を見渡す。


「あそこだ…!!」


1人がその姿を見つけて指を刺した。


その先にいたのは、右手を上げて莫大な魔力の気配を周囲に発散しながら戦いを睥睨している1人の女性だった。 


「ふふふ…まずは一撃。挨拶のようなものです」


ヘブンズサンダー。


雷を落とす光魔法最強の攻撃魔法を放ったエレナは、久々に味わう戦いの高揚感に妖艶な笑みを漏らすのだった。











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