第80話


『グゲゲ…!!」


「邪魔だ!!」


茂みの中から目の前に現れたゴブリンを瞬殺する。


「着いてきてるか、ルーシェ」


「はい!!」


モンスターを倒しながら森の中を走る俺は、背後を確認する。


ルーシェは置いていかれまいとしっかり着いてきていた。


「もう少しか…?」


エラトール軍とカラレス軍が正面から衝突する中、俺はそのまま戦いに参戦するのではなく、一気に状況を覆すためにある場所へと向かっていた。


その作戦のためには、俺たちの行動をカラレス側の誰にも見られない必要があった。


ゆえにかなりの回り道をしなければならず、戦いへの参加が遅れていた。


「作戦…うまくいくでしょうか…」


走りながらルーシェがそんなことを聞いてくる。


「おそらくな」


先ほど丘の上から戦場全体を見たときに、カラレス軍の敷いている陣形にはある特徴があった。


それは『正面以外からの敵に全く警戒がされていない』ということだった。


エラトール領の端っこに陣取るカラレス軍は、モンスターの潜む森を背中にして戦っている。


だから、彼らには考えもつかないだろう。


その森から背後をつかれて、不意打ちを仕掛けられることなんて。


「戦いの音が近くなった…もう十分に奴らの背後に回り込んだだろうな…」


俺は聞こえてくる音の方角から、自分達は森の中を進んで完全にカラレス側の背後を取ったと確信す

る。


「ルーシェ…ここからは慎重にいくぞ」


「は、はい…」


ルーシェと共に俺は息を殺して森の中を進んでく。


やがて森の終わりと主に、そこらじゅうに張られたカラレス軍のテントが見えてきた。


「よし…誰もこちらに気づいていないな…」


予想通り、カラレス兵は背後の防衛に全くと言っていいほど戦力を割いていなかった。


いるのは数人のテントを守る見張り程度だ。


これなら、あいつらを手早くしとめて簡単に背後をつくことが可能だろう。


「ファイア・アロー…ホーミング」


俺は火矢を追撃モードにレンジして、死角から飛ばす。


「かひゅっ!?」


「うごっ!?」


「ぐぅ!?」


音もなく飛んできた火矢に眉間を穿たれた数人のカラレス兵は、どさどさと地面に倒れた。


「行くぞ」


「は、はい…」


俺はルーシェと共に静かに身を隠しながらテントの間を進んでいく。


やがて前方にカラレス軍の後衛が見える距離まで近づいた。


俺とルーシェはテントに身を隠しながら、息を潜めて観察する。


「誰もこちらの存在に気づいていませんね…」


「のようだな。よし、やるか…」


俺はテントの中で魔力を編む。


「…っ」


ルーシェが気配を察して、俺から距離をとる。


特大の魔法を背後からカラレス側に打ち込む。


そうすれば、カラレス兵たちは混乱し、一気に戦局が変化するはずだ。


俺は広範囲にわたって効果をもたらす大魔法の詠唱に魔力を注ぎ込んでいく。


と、そんな時だった。


「ん…?」


不意に周囲に影がさし、空からの光が遮られた。


上空に雨雲が集まり、すぐに雨が降り出し、ゴロゴロと雷が鳴り始めた。


「な、なんでしょう…?」


不穏な雰囲気に、ルーシェが不安げな声を出す。


戦っていた騎士たちも、一瞬時を止めて上空を見上げていた。


「なんだ…?」


異常気象、などという言葉で片付けられるような事象ではない。


これは明らかに人為的な……そう、魔法によるものだ。


そして天候を操作するほどの魔法が使える人間がいたとするならそれは…


「まさか…エレナ…?」


俺が答えらしきものに辿り着いたその瞬間だった。


ドガァアアアアアン!!!


閃光がほとばしった。


空から一本の稲妻が飛来して、カラレス陣営に真っ直ぐに落ちていった。


「……っ!?」


周囲を轟音が蹂躙する。


「「「ぉおあああああああ!?!?」」」


突然ど真ん中に稲妻を落とされたカラレス兵たちは混乱し、ちりじりになって逃げ惑う。


「い、今のは…?」


ルーシェが恐る恐る尋ねる中、俺は言った。


「エレナだ…今のはエレナの魔法だ」


俺は元帝国魔道士団であり最高の師匠である女性が戦いに参戦したことを知った。



「ななな、なんだ今のはぁ!?」


投入した冒険者たちの奮闘の様子を見るために馬で陣営の中央付近へとやってきていたガレスは、突然落ちた雷に腰を抜かして馬から転げ落ちた。


「だ、大丈夫ですか?ガレス様?」


「あ、あぁ…」


部下の騎士たちに支えられながら、なんとか体を起こす。


「な、なんだったんだ…?」


空を見上げる。


先ほどまで青く晴れていた空には、今はどんよりとした雲が立ち込めている。


たった数分のうちに天候が一気に変わり、雷が自分の陣営に落ちてきた。


これを偶然で片付けることは、多少なり魔法の知識があるガレスにはとても出来ないことだった。


「ま、まさか…」


敵に天候を操れるほどの実力を持った魔法使いが存在する。


そんな信じたくないような可能性が、ガレスの脳裏を過った。


「おい、お前たち!!何をしている!!陣形を崩すな…!!戦え!!戦うのだ!!」


新たに参謀に任命したフロイトが、混乱し逃げ惑う騎士たちを前線に追い返す。


その様子をガレスは雨に打たれながらどこか上の空でぼんやりと見つめる。


次の瞬間…


ピシャ!!


ドゴォオオオオオオオオオン!!!


「うぎゃぁあああああ!?!?」


一瞬視界が白に覆われた。


閃光が一本、空から地上へと走り、轟音が鳴り響く。


またしても雷がカラレス軍のど真ん中に落ちて、真下にいた兵士たちが即死する。


「うわぁあああああ!?!?」


「なんなんだよぉおおお!?!?」


「嫌だっ!!死にたくない!!!」


兵士たちも流石にこれが偶然でないことを悟り、戦いを投げ出して四方八方に逃げ出した。


「が、ガレス様…!!大変です!!騎士たち

が…!!」


フロイトがガレスの元に駆け寄ってくる。


「このままでは軍全体が混乱し、まともに戦えません…!!ご、ご指示を…!!」


頼りにしていた新たな参謀が、焦ったように指示を仰いでくる。


ガレスはどうしていいかわからずに口をぱくぱくとさせる。


そうこうしているうちにおそれを成した自軍が、ガレスの側へと逃げてきつつあった。


そして雷は逃げるカラレス兵たちを追撃するように何度も何度も落ちてくる。


「て、撤退だ!!一旦引くぞ!!」


これでは戦いにならない。


ガレスは最前線の冒険者たちをあっさり見捨てる選択をとり、軍に撤退を指示する。


ガレスの命が行き渡り、騎士たちが少しずつ弾き始めたその時だった。


ヒュヒュヒュッ!!!!


「「「「ぐあぁああああ!?!?」」」」


乾いた音が立て続けになった。


どこからか魔法の火矢が飛来して、騎士たちを鎧ごと穿ち、串刺しにする。


「こ、今度はなんだ!?」


慌てたガレスは後方を仰ぐ。


「…っ!?」


そして息を呑んだ。


そこにはいつの間にか自軍の後方に回り込み、こちらに向かって魔法を打ち込んでいる1人の魔法使いがいた。



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