第73話


「さて…」


アイギスを眠らせたエレナは執務室を後にして、使用人たちの控室に向かう。


「エレナさん…」


「どうかされました?」


「お食事ですか?」


控室に入ってきたエレナに、使用人たちはほっとした表情を浮かべる。


そんな彼らにエレナはいった。


「しばらくの間、屋敷から出ないでください。この部屋にも鍵をかけて置いて」


「え…」


「それはどうして…?」


「敵が近づいてきています」


「「「っ!?」」」


使用人たちはギョッとする。


「ということはもう…騎士団は…」


「我が軍は負けたのですか…?」


「カラレスの兵がもうそこに…?」


「いいえ違います」


エレナは首を振った。


「そうではなく……おそらく少数の部隊が何らかの方法を使って防衛陣の内部に潜り込んだのです。騎士団が負けたわけではありません」


「「「そ、そうですか…」」」


使用人たちはほっと胸を撫で下ろす。


「敵はこの屋敷に近づいてきている…おそらくアイギスの様の暗殺が目的でしょう。戦線が膠着しているので、大将の首を取り、こちらの士気を削ぎにきたのかと」


「そ、それは大変だ…!!」


「早くアイギス様を避難させないと…!」


「エレナさん!急いでアイギス様を…!」


「彼は眠っています。私が魔法で眠らせました。かなり疲弊していたからです。どうか起こさないように」


「え…」


「逃げないのですか?」


「それじゃあ、アイギス様が狙われて…」


「近づいてくる敵は私が倒します」


エレナはキッパリといった。


「数はせいぜい十数名と言ったところです。私1人で十分に対処できる。アイギス様を逃す必要はない」


そういうとエレナは踵を返して控室の出口へ向かう。


「え、エレナさん…!?」


「大丈夫なのですか…?」


心配そうに声をかける使用人たちに、エレナは余裕の滲んだ声でいった。


「問題ありません。貴方たちはそこに隠れていてください」




「潜んでいますね…数にして13…でしょうか」


屋敷を出たエレナは周囲を見渡した。


時刻は深夜。


すっかり当たりは暗くなり、月明かりがぼんやりと周囲を照らし出している。


そんな中、エレナは屋敷を囲むようにして近づいてくる13の気配を感じ取っていた。


明確な殺意を抱いて近づいてくるので、領民の可能性はゼロだ。


「全員……抹殺します」


普段や優しなエレナの表情に一気に影がさす。


彼女の頭の中に、これまでくぐり抜けてきた数々の任務中の出来事がよぎっていた。


「出てきなさい」


エレナは距離にして二十メートルというところまで接近してきた前方の三人に声をかけた。


「そこにいるのはわかっているのです」


エレナはそういいながら飛び道具が飛んできても大丈夫なように気配を探る。


てっきり逃げるか、あるいは襲い掛かってくるかと思っていた敵は、気配を隠すのをやめて緩慢な動きで近づいてきた。


「よかった…!貴方は領主様の使いですか?」


「助けてください!領主様…!!」


「領主様…!!我々を助けてください!!」


三人は姿や気配を隠すのをやめて両手を上げて近づいてきた。


「そういうことか」


エレナは合点がいく。


三人の格好はエラトール領の領民のものとそっくりだったからだ。


どうやら領民に扮して騎士団の防衛陣を突破してきたらしい。


「カラレス兵がすぐそこまで迫っています…!!」


「どうか領主様に会わせてください!!」


「お耳に入れておきたいことが…!!」


いかにも切羽詰まったというような表情を作って嘘を並べるカラレスの兵に、エレナはふんと鼻を鳴らした。


「うるさいです。死になさい」


「「「え…」」」


エレナが腕を凪いだ。


一瞬だけ、風を切るような音が鳴った。


直後…


「「「…」」」


ボトボトボト、と。


領民に扮した三人の首が落ちて地面に転がった。


遅れて頭部を失った胴体も地面に倒れ伏す。


「周囲は……まだ気づいていないようですね…」


エレナは残りの10名の気配を探る。


どうやらすでに仲間が三人仕留められたことに、残りの者たちは気づいていないようだった。


「これは…隠しておきましょう」


エレナは光魔法を使って周囲の光を歪ませ、死体を見えなくして隠した。


そして近くに潜んでいるカラレス兵に向かって、音の出ない歩みで近づいていった。








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