第33話


「どうした?何があった?」


馬に乗って戻ってきたのは斥候として先に森の中を進んでいた兵士だった。


その尋常ならざる雰囲気に騎士たちを率いる男が話を聞く。


馬から降りた斥候の騎士は、血相を抱えながらいった。


「も、モンスターの大群です…!!前方から来ます…!!」


「大群?どの程度の数だ?」


「せ、千はいたかと…」


「何?」


「なんだと…!?」


「千…?いま千っていったか…?」


騎士たちの間にざわめきが広がる。


千匹を超えるモンスターの大群?


本当だろうか。


「ま、まさかスタンピードがもう発生したのか…?」


隊長が斥候に尋ねる。


「わ、わかりません…ですが、ここから数百メートルのところにモンスターの大群を見たのは確かです…!!領地の方向に向かって確実に進んでいます…!!」


「なんと…」


「冗談だろ…?」


「千匹なんて無理だ…」


斥候の話が騎士たちの間に伝播して、絶望的な空気になる。


モンスター千匹の進軍か。


もうただの群れではない。


モンスターの大暴走、スタンピードに匹敵する大群だ。


「まさかこんなことになるなんてな…」


スタンピードを防ぐための討伐隊だったのだが、もう手遅れのようだった。


このまま俺たちが後退すれば、モンスターの大群は確実に領内に侵入し、領民たちを蹂躙するだろう。


「ど、どうするんだ…?」


「後退するのか…?」


「馬鹿な…それでは領民たちに犠牲が出る…!!」


「しかし…ここで迎え撃つのか?」


「それしかないだろう!!」


「相手は千匹だぞ…?冗談じゃない…!!」


騎士たちは千という数を聞いて怖気付いている。


そんな中、誰かが言った。


「静かにしろ…!何かが聞こえる…!」


「「「…?」」」


全員が口を閉ざし、耳を澄ませる。


ドドドドド…


すると微かにだが、低い足音のようなものが聞こえてきた。


ドドドドド…


まるで大軍が行進するかのようなその音は、少しずつこちらに近づいてきているように思えた。


「ち、近づいてくるぞ…」


「…っ…スタンピードだ…!モンスターの大暴走だ…!!」


「無理だ…!!千匹なんて俺らだけじゃ…!!」


騎士たちは恐怖し後退しようとする。


どうやら斥候の話は真実だったらしい。


「狼狽えるな…!!」


逃げ腰の騎士たちに向かって、団長と思しき男が一喝する。


「我々がここを離れればモンスターたちは領内に侵入する。そうすれば、領民たちに犠牲が出る」


「しかし…団長…!」


「スタンピードを止めるなんて俺たちだけじゃ…」


「妻や子供を守りたくはないのか!!!」


「「「…っ!?」」」


騎士団長の言葉に、騎士たちがハッとした顔をする。


「我らが命惜しさに後退すれば、領民たちだけじゃない。諸君の妻や子供たちもモンスターたちに殺される。それをよしとするのか?」


そうなのだ。


ここにいる騎士たちの多くが、領内に家族を持つものばかりだ。


ゆえにここを突破されれば、モンスターたちは彼らの家族を襲うことになるだろう。 


「そんなのだめだ…!」


「やるしかない…!俺たちで食い止めるんだ…!」


家族が危険に晒されるという事実を突きつけられ、騎士たちの士気が一気に上がる。


さすが騎士団長と言ったところか。


バラバラになりかけた騎士団がこれでほとんど一つにまとまった。


「やるしかないよな」


騎士たちが迎え撃つ覚悟を決める中で、俺も彼らと一緒に決意を固める。


屋敷にいる家族やエレナたち、そして領民たちを守らなくては。


だが、千匹というのはあまりに数が多すぎる。


俺一人で倒し切れる数ではない。


だとしたら…


「ちょっといいか?」


俺は騎士たちの間を縫って騎士団長の元へといく。


「はっ、なんでしょうかアリウス様」


騎士団長が恭しく礼をした後に俺を見る。


「俺に考えがある。皆の武器を、ここに集めてくれないか?」


「武器を、ですか?」


「ああ。頼む」


首を傾げる騎士団長に俺は強く頼み込むのだった。




「来たぞ…!」


誰かが呟いた。


その直後、森の奥から黒い影の集団が姿を表す。


ドドドドド…


モンスターたちの大群だ。


「「「…っ」」」


隊列を組む騎士たちはその迫力にごくりと喉を鳴らす。


斥候の言葉通り、千はくだらない数と見て良さそうだ。


間違いなくスタンピード級。


災厄と呼ばれるモンスターの大暴走に騎士たちは直面していた。


「狼狽えるな…!」


騎士団長が声を上げる。


「日々の訓練を思い出せ。我らきしの責務は領民たちを守ること…!!何匹いようが関係ない…!なんとしてでもモンスターたちをここで食い止め、殲滅するのだ…!!」


「「「うおおおおおお!!!」」」


団長の言葉に、騎士たちが雄叫びで答える。


「魔剣部隊…!!前へ!!」


「「「はっ!」」」


団長の指示で、騎士団の中から三分の一くらいの数が剣を構えて前に出る。


そして本体から二十メートルほど前方で、一斉に剣を上段に構えた。


「まだだ…まだだぞ…」


「「「…っ」」」


第一撃は十分に引きつけて射程範囲に入ってから。


最初に受けたそんな指示を忠実に守り、騎士たちは団長の指示を待っている。


ドドドドド…


やがてモンスターの大軍が前方数十メートルというところまでやってきた。


もういいんじゃないだろうか。


俺がそう思った直後、団長が手を振り下ろした。


「てぇ!!!」


「「「うおおおおおお!!!」」」


団長の指示でその時を待っていた騎士たちが一斉に剣を振り下ろした。


直後。


『『『ギャァアアアアアアアア!!!!』』』


俺が騎士たちの剣に付与した上級魔法が、モンスタ

ーの大群に正面から襲い掛かりモンスターたちの悲鳴が上がった。


大群の進軍が一瞬ストップする。


「おおおお!!!」


「すごい…!!」


「これなら…!!」


魔剣の威力に騎士たちからどよめきが上がる。


「よしよし…いい感じだな」


業火に焼かれ、風に吹き飛ばされ、水に流されているモンスターたちを見て俺は改めて魔剣の威力を確かめる。


そう。


彼らの剣は、俺が魔法を付与して魔剣化したのだ。


時間が限られていたので、騎士団の中の一部分の武器しか魔剣化できなかったが、それでも十分な威力だ。


「第二撃!!放て!!」


団長の指示で、突如編成された魔剣部隊が魔剣による二度目の攻撃を放つ。


『『『ギャァアアアア!!!』』』


すると火属性の、水属性の、風属性の上級魔法がモンスターの群れに襲い掛かり、悲鳴が森の中に響き渡った。


「なんという威力だ…」


「アリウス様がまさかこの短時間で魔剣を作ってしまわれるとは…」


「まだ十二歳、なのだよな…?一体何者なんだ?」


なすすべなく蹂躙されていくモンスターたちを見て、後方部隊の騎士たちが何か恐ろしいものを見るような視線を俺に向けてきたのだった。

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