第21話
「すごいですね…本当に領民全員が遊んでいるのではないですか?」
「さすがにそれは大袈裟だろ…」
とは言いつつも、俺自身まさかここまでオセロが流行るとは思わなかった。
オセロ…『挟み返し』がこの世界で売りに出されたのが三週間前のこと。
生産を開始してから一週間で量産されたオセロ盤と石は、なんと三日と持たずに売り切れてしまった。
手始めにアイギスは自分の領内のみで販売を開始したのだが、オセロはやはり娯楽の少ないこの世界の住人にとって画期的だったらしく、飛ぶように売れて一瞬にして在庫がなくなってしまった。
アイギスは最初の1日の売れ行きを見て、すぐにこれが領内だけでなく帝国、果ては大陸の国全域で流行ると確信し、さらなる材料を仕入れ、たくさんの人を雇って量産体制を強化した。
すでに領内にはオセロ盤と石は完全に行き渡り、現在は他領に販売するための準備を進めているらしかった。
「アリウス。よくあのような複雑で面白いゲームを思いつきましたね。私もシルヴィア様と何度か対戦したのですが、ほんとうに画期的で面白かった。シルヴィア様も絶賛なさっていましたよ」
「そうか…あはは」
そんなふうに褒めちぎってくるエレナに、俺は複雑な思いで頭を掻いた。
言えない。
ここまで大事になってしまった以上、あれは本当は俺のアイディアじゃなくて、俺の前世の世界で流行っていたゲームなんですとは死んでも言えない。
「あなたのおかげでエラトール家や…領地も潤ったのではないでしょうか?次期領主の才覚が早くも現れ始めているのではないですか?」
「や、やめてくれ」
「ふふふ…もっと誇ればいいのに」
エレナが俺をからかってニコニコと笑う。
「実際、私のお給料も増えましたからね。アリウス。あなたには礼を言っておきますよ」
「マジか」
「マジです」
「…そりゃよかった」
「ええ」
まさかこんなに売れるとは思わなかったが、しかし、俺はこの計画が失敗しなくて本当によかったと思った。
もしオセロが売れなかったら、俺のせいでエラトール家が多額の借金を抱えることになっていたからな。
だが、実際に売りに出してみるとオセロは『挟み返し』として信じられない速度で売れて普及していったため、エラトール家は大いに潤った。
初期費用のために借りたお金はもうほとんど返したというし、当初の目的だった領地防衛のための兵力増強に必要な資金の調達もこの分だと問題なさそうだ。
実際エレナの給料が増えていることから、アイギスは相当儲けたに違いない。
最近食事の席で以前の元気を取り戻しつつある…いや、以前よりもさらに機嫌が良さそうなところを見るに、もう領地経営の資金繰りに関しては問題を抱えていなさそうに見える。
さらには、オセロ量産のために材料を領民たちから購入したり、たくさんの職人を雇ったりしているので領地の経済も活性化している。
結果として、俺の『異世界でオセロを売りに出したら儲かるんじゃないか』という思いつきは大成功だったわけだ。
「それじゃあ、いつも通り始めましょうか」
「おう、よろしく頼む」
そうこうしているうちに、いつもエレナとの訓練場に着いた。
俺は一旦オセロのことは忘れて、目の前の訓練に集中するために気を引き締め直すのだった。
「あぁ…今日も疲れたなぁ…」
夕刻。
1日の訓練を終えた俺は、エレナに先に屋敷に帰ってもらい、森付近の魔法の自主練の場まで来ていた。
地面に寝っ転がってしばらくの間、体を休めて魔力回復に努める。
エレナとの訓練は、今日も相変わらず一才の手抜きのないキツいものだった。
最近エレナに攻撃を当てられる回数が増えてきてひょっとすると俺もそう遠くないうちにエレナのレベルに追いつけるのではと考えいていたが甘かった。
どうやらエレナは俺に手加減をしていたらしく、俺が少し上達してエレナに攻撃を当てられるようになるとみるや否や、これまでよりもさらに一段二段上の戦い方をするようになっていた。
そのおかげで俺の攻撃はまたしても全く当たらなくなり、これまで培ってきた駆け引きの技や視線誘導の仕方が、あくまで初歩的なもので全くもって浅かったことを俺は改めて思い知らされた。
「ま、そりゃそうかぁ…相手は帝国魔道士だもんなぁ…そう簡単に追いつけるはずないか…」
俺は改めてエレナが帝国最高峰の魔法使いなのだと思い知らされた。
これまでの修行でもうすぐ手の届くところまできていると感じていたエレナとの距離がまた離れていってしまった感覚だった。
「ま、落ち込んでいても仕方がないな…」
むしろ、喜ぶべきか。
エレナから教わることはまだまだたくさん残されているのだ。
そしてそんなエレナに訓練をつけてもらえる限り、俺はまだまだ魔法使いとして上達することができる。
「自主練の方も頑張らなきゃな…特に土魔法と風魔法は」
後から使えることがわかった二つの属性に関しては、エレナとの訓練の最中に使えない。
だから、土魔法と風魔法は自分で訓練して強化する以外に方法がないのだ。
「さて…やるか…まずはいつも通りのメニューからだな」
俺は自分に気合いを入れて魔法の自主トレーニングを開始する。
「ふぅ…これでいつものメニューは終わりだな」
半時間後。
いつもこなしている訓練メニューを終えた俺はホッと一息をついた。
「さて…次は魔法の改変の応用だな」
基礎訓練を終えたことで、次のステップに移行する。
それすなわち、土属性以外の改変魔法の練習だった。
改変魔法。
それは俺が、勝手に名付けた改造魔法の名称で、俺がオセロを作った土魔法もこの改変魔法に当たる。
本来、土魔法の中に『オセロ盤を作る』なんて魔法は存在しない。
だが、俺はある土魔法を頭の中で解釈し直し、魔法発動の際に頭の中で変更したイメージをそのまま具現化させられるよう訓練を繰り返してオセロ盤を作った。
このやり方を、俺は他の魔法でも応用しようと思っている。
土魔法が改変できるのだったら、他の魔法だって可能と考えるのが自然だ。
例えば、炎の剣を作り出すファイア・ソードという魔法。
これを改変して、自分の身の丈よりも頭身の長いロング・ソードを生み出すことは可能だろうか。
あるいは、水のシールドを作り出すウォーター・シールド。
この魔法を改変して、自分の思ったような形の水の盾を作り出し、より衝撃吸収力を強化したりは出来ないだろうか。
もしそれらが可能なのだとしたら、俺が使えるあらゆる魔法を、状況に合わせて臨機応変に変化させ、使い分ける事ができる。
改変魔法。
もし会得できれば、俺は魔法使いとして一段に二段も上に行くことが出来ると確信していた。
「やってみる価値はある。なぜなら魔法の基礎は頭の中のイメージだからな」
そういうわけで、俺は早速、改変魔法の練習を始めようとする。
と、その時だった。
『ヴァフッ!!!』
『ガウガウッ!!』
「うおっ!?」
森の中から黒い影が飛び出してきた。
いつも通りテイムしたクロスケが出てきたのかと思ったが、なんと森から出てきたのは二匹のブラック・ウルフだ。
「クロスケ…だよな…?そいつは誰だ…?」
『ヴァフッ!』
一匹は俺がテイムしたクロスケで間違いなさそうだ。
ではもう一匹は…?
俺は警戒しながらもう一匹のブラック・ウルフを観察する。
『グルルルル…』
クロスケの連れてきたもう一匹は、俺を警戒するように唸り声を上げた。
「おいおい、クロスケ。誰を連れてきたんだよ?こいつはお前の仲間なのか?」
『グルルルル…』
クロスケと同時に現れたブラック・ウルフは牙を剥き出しにしながら俺を睨んでいる。
俺は魔法の発動の準備をしながら、クロスケにどういうつもりか尋ねる。
『ヴァフッ!!ガルガル…!」
クロスケは、俺に向かって何度か頭を縦に振った
後、俺に向かって唸っているブラック・ウルフに向かって何度か吠えた。
それはまるで「この人は仲間だ!敵じゃない!」と言っているようだった。
本当に不思議な感覚なのだが、俺はなぜかクロスケの言わんとすることを理解した感覚があった。
『クゥウウウン…』
クロスケに吠えられたブラック・ウルフは、途端にしゅんとなって甘えた声を出す。
「ん…?お前の友達か?」
どうやら俺を襲うつもりはないらしい。
殺気を完全に消した新しいブラック・ウルフが、俺に近づいてきて首を垂れた。
「触れってことか…?」
チラリとクロスケを見ると、クロスケがキラキラとした目で俺を見つめている。
何かを期待するような目だ。
俺は新たなブラック・ウルフの頭へと手を伸ばし、数度撫でる。
『ワフッ!!』
『ワフワフッ!!』
二匹が同時に尻尾を振った。
どうやら今ので完全に俺に気を許したらしい。
「まさかこれでテイム状態になったのか…?」
二匹が嬉しげに俺の周りをぐるぐると回り始めた。
どうやらクロスケが連れてきたブラック・ウルフも、テイム状態とはいかないまでも、それにかなり近い状態になったらしい。
「おいおい…このままどんどん身内のモンスターが増えていくんじゃないだろうな?」
俺は若干心配になりながら、魔法の訓練を再開させる。
そんな俺の横で、二人はじゃれついたり、互いの体を舐めたりして遊んでいた。
「ぷはーっ!!今日は酒がうまいなぁ…!わっふぁっはっ!!」
魔法の自主練を終えた俺は、屋敷へと戻る。
そして服を新しいものに着替えて夕食の席に着いた。
ここ最近の夕食の席は、いつもと違ってとても明るい。
ムードメーカーみたいな存在の我が父アイギスが、以前までの元気をすっかり取り戻したからだった。
「あなた。ちょっと飲み過ぎですよ。ほどほどにお願いします」
「大丈夫だ!!何せ私は酒に強いからな…!!俺の取り柄のうちの一つだ…!」
「あら、他にどのような取り柄があるんですか?私はあまり存じ上げておりませんが?」
「いうじゃないかシルヴィア!!わっはっはっ!!」
機嫌よく笑ったアイギスが酒をぐいっと煽る。
ぷはーっ、と酒臭い息が吐き出されてこちらまで漂ってきて、ちょっと勘弁してもらいたいが、しかし誰一人として文句を言うものはいない。
皆、楽しげに食事を添っている。
元気を失っていたアイギスが、再び機嫌を取り戻して皆内心嬉しいのだ。
「アリウス…!今回のことは本当にお手柄だったな…!!おかげで色々あった問題が全部解決したぞ…!」
「そうですか。よくわかりませんが、お役に立てたのなら嬉しいです」
「はっはっはっ!!お前は私の誇りだ!!ほら、何か欲しいものを言ってみろ!!なんだって買ってや
るぞ!?魔導書か?魔導書が欲しいんだな?」
「いえ、すでに魔導書は全属性の上級魔法までのを持っているので大丈夫です。それより、歴史書などを…」
「むぅ?歴史書?そんな小難しい本が欲しいのか?」
「はい。自分はこの屋敷に篭りっぱなしで外の世界を知らないので…色々知りたいなと」
「おぉ!!そうか!!そう言うことならすぐにでも取り寄せよう…!!その年で知識欲まで旺盛なのはいいことだな…!!はっはっはっ!!」
アイギスが高らかに笑う。
そんな屋敷の主人の様子を、シルヴィアもエレナも使用人たちもニコニコとした様子で見守っていた。
「ちょっとアリウスちゃん。こっちにきてちょうだい」
「なんでしょうか、お母様」
夕食後。
シルヴィアが手招きをして俺を呼び寄せた。
一体なんのようだろうか。
俺が首を傾げる中、シルヴィアは周りに誰もいないことを確認してからいった。
「聞きましたよ、アリウス。今アイギスが売り出している『挟み返し』のゲーム。あれはアリウスちゃんが考えたそうですね?」
「あ、はい、そうです。たまたま思いついて…それを以前から時間をかけてこっそり作ってみていたんです」
「そうですかそうですか」
シルヴィアはふんふんと頷いてから、不意にじっと俺を見つめた。
「…っ!?」
シルヴィアの見透かすような視線を真正面から受けて、俺はちょっとドキッとする。
「私がアイギスの悩みをアリウスちゃんに話した直後に、アリウスちゃんがそんなゲームを思いつき、そして領地の問題は一気に解決した。どうかしら?これは偶然で片付けていい問題でしょうか?」
「え…ど、どう言う意味ですか…?」
心臓が止まるかと思った。
どこで気づかれた…?
何か怪しい行動は取っただろうか?
俺は即座に疑われることになった心当たりを探る。
「うふふ」
動揺する俺を、シルヴィアはちょっと背筋が寒くなるような笑みで見守る。
「どう言う意味かは…それはアリウスちゃんが1番わかっているんじゃない?」
「…っ」
「アリウスちゃんが最初に作ったって言っていた『挟み返し』の盤と石、見せてもらったのだけど、ずいぶん精巧な作りだったわ。あれは本当に自作したの?アリウスちゃんの手作り?」
「…そ、そうですが?」
「これでもお母さんね、昔はそれなりの魔法使いで、いろんな人と組んでダンジョン探索と依頼を受けてモンスター退治とかしてた事があってね?」
「は、はい」
「その時の仲間の一人に、土魔法を自由自在に操れる人がいて、その人はいろんなものをまるでその道の職人みたいに精巧に作り上げるの。ほんの一握りの土から。信じられる?」
「…そ、それと今の話になんの関係が…?」
「別に。ただしてみただけよ」
「…っ」
嫌な汗が全身から噴き出ていた。
俺は追い詰められたウサギだった。
もしくは蛇に睨まれるカエル。
あとは絡め取られて死を待つばかりの…
「なんてね」
「…っ!?」
俺が審判の時を待っていると、シルヴィアがふっと表情を解いた。
緊張していた空気が一気に軽くなる。
「えいっ」
「ふぁっ!?」
そして唐突に俺に抱きついてきた。
ふんわりと、柔らかな感触に包まれる。
「よしよし、アリウスは本当に偉いですね…あなたのおかげでアイギスの悩みは解決して、領地の平和も守られました」
「むぐぅ」
「いい、アリウス。よく聞いてね。親っていうのはね、自分の子供のことはなんでもわかっちゃうのよ?例えばアリウスに何か重大な隠し事があったとして、アリウスがそのことを誰にも話してなかったとしても、なんとなくわかっちゃう」
「…」
「でもこれだけは覚えておいて。アリウスが何を隠していても、アリウスちゃんは絶対に私の子供で、私が1番愛している人。これは絶対よ。だから、アリウスちゃんももーちょっと私やアイギスを信用してね」
「…!」
「もちろんすぐにじゃなくていいから、アリウスちゃんのタイミングで、色々お母さんたちに話してみてね。すぐじゃなくていいから」
「…」
「私が言いたかったことはそれだけ。時間を取らせちゃってごめんね、アリウスちゃん」
シルヴィアが俺を解放する。
そしてポンポンと俺の頭に手を乗せてから、踵を返してさっていった。
「…」
俺はシルヴィアの姿が見えなくなるまで、ぼんやりとその場に突っ立ってしまった。
「はっ…!」
やがて我に帰ってから動き出す。
「か、隠せないもんだなぁ…」
なんだか何もかも見透かされていたことが恥ずかしくなって、俺は頭をかきながら自分の部屋へと戻っていった。
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