第20話
その後、俺はすっかりオセロに魅了されたアイギスと何度も対戦をした。
アイギスは一局ごとにどんどん成長していき、5回戦目にして既に俺は負けそうになっていた。
「くうう…惜しい!今回は勝てそうな気がしたんだが…」
「凄まじい成長速度ですね、お父様。製作者なのに…既に負けそうです」
「ふふふ…楽しい。こんなにワクワクしたのは久しぶりだ」
アイギスがまるで子供のように屈託ない笑みを浮かべる。
今この瞬間は、アイギスに俺は領主としての悩みを忘れて楽しんでほしいと思い、とことんアイギスの勝負に付き合った。
「よし、勝ったぞ…!」
アイギスが手を上げて自らの勝利を喜んだ。
対戦8回目にしてついに俺はアイギスに敗北してしまった。
わざとがっかりして見せる俺の前で、アイギスは子供のようにはしゃぐ。
「楽しい!!なんて面白いゲームなんだ!!」
キラキラとした目で俺を見てくる。
「最初は子供の作った遊びだと思っていたが…アリウス。まさかここまで戦略性のあるゲームをお前が作ってしまうとはな。父親として本当に鼻が高いぞ…!!わはははは」
アリウスが以前のように大口を開けて豪快に笑った。
俺はアイギスにしっかりとオセロの楽しさを証明できたと確信できたところで、計画を次のステップに進める。
「思いつきで作ったものだったんですが…まさかここまで気に入ってもらえるとは思いませんでした。光栄です、お父様」
「いやいや、本当にすごいぞこのゲームは。もっと誇ったらどうなんだ」
「誇るなんてそんな…本当に、偶然思いついただけなので…それよりも、こんなに気に入っていただけるなんて意外でした…ここまでお父様に好評だと…」
俺は明後日の方向を見ながら、何の気なしに呟いてみる。
「他の人たちにも遊んでもらいたくなりますね…お母様やエレナ…いえ、領民や、他の帝国民にも」
「…!」
ピクっとアイギスの耳が動いた気がした。
アイギスとて一領主だ。
ここまでお膳立てしてやれば、流石に思いつくだろう。
…そう。
このオセロを量産して売れば、莫大な利益が生まれることに。
「お父様。試しにお母様とも遊びたいので、これは一旦」
「ちょっと待ってくれ、アリウス」
俺がオセロ盤と石を持って行こうとすると、アイギスが慌てたように制止してきた。
「これをしばらくの間…貸してもらえないか?」
「え、どうしてです?」
俺は理由を知りつつも、あえてすっとぼけて見せる。
アイギスはごまかすように頭をかきながらいった。
「いやぁ、そのほら…よ、よく出来ているから観察したいなと思ってな?どうだ?ダメか?」
「別に構いません」
「ありがとう!!」
アイギスの表情がぱああと輝く。
俺はわかりやすいなぁと思いつつ、執務室を後にする。
「それじゃあ、失礼しました。お父様。お仕事の邪魔をして申し訳ございません」
「いやいや、いいんだいいんだ。また遊びに来てくれ。これはしばらく借りるぞ」
「はい」
俺は頷いて執務室のドアを閉める。
最後に見えたのは、「すぐに量産体制を構築して…」「その前に特許の申請を…」などと呟いているアイギスの姿だった。
アイギスとオセロをした次の日から、屋敷に見たことのない人物たちが出入りをするようになった。
その人物は全員、アイギスの執務室に入った後、数時間で出てきて屋敷を後にする。
どうやらアイギスと何かしらの相談をしているそうなのだが、アイギスは頑なにその内容を喋らなかった。
だが、大体俺には見当がついている。
おそらくオセロを量産し、売りに出すために色々と準備をしているのだろう。
そのために、職人や流通に関する重要人物と色々と相談事をしているに違いない。
全ては俺の思惑通りに進んでいると言ってよかった。
あとは売りに出されたオセロがどの程度売れるかにかかっている。
俺の予想では、この世界の住人にオセロがなじみ、広まっていく可能性は十分にあり得ることだと思う。
なぜなら以前にも言ったようにこの世界には圧倒的に娯楽物が少ないからだ。
戦略性があり、誰かと対戦できて、手軽に楽しめるオセロは、きっと大衆に愛されるゲームになると俺は信じている。
「アリウス…ちょっと話があるんだが…」
「はい、なんでしょう?」
そんなある日、俺はアイギスに呼ばれて執務室へとやってきていた。
アイギスは少し気まずそうに俺を見ている。
大体何を言い出すかは見当がついているので、俺はじっとアイギスが話し出すのを待つ。
「よく聞いてくれよアリウス…大事な話なんだ」
「はい。心して聞きます」
「実はお前の考えたあのゲームのことなんだが…」
「はぁ」
「あれはすごいものだ。お世辞ではなく、私は今まででやった対戦ゲームの中で1番楽しいものだと思う」
「それは光栄です」
「そこでだな……あのゲームを私たちだけで一人いじめするのは少し勿体無いと感じたんだ」
「はぁ」
やはりか。
どうやらアイギスは、色々生産設備を整えて外堀を埋めた上で、俺に最後の確認をするつもりらしい。
既に俺は、屋敷からそう遠くないところに、新しく大きな建物が作られていて、そこにたくさんの材料や人が出入りしているのを知っている。
アイギスはこの短期間のうちに、既にオセロの量産体制を整えたようだ。
あとは俺がゴーサインを出すだけで、オセロは量産され、売りに出されるだろう。
まずは領民から。
そして領内で売れれば、領地の外の帝国国民にも。
「お前も言っただろう?他の人たちにも遊んで見てほしいと。そこでだ。父さん、お前の願いを叶えたくて……あの盤と石をたくさん作ることにしたんだ」
「えっ…いいんですか!?」
俺はわざと喜んでいる演技をする。
そのほうが話が早く済むことを知っているからだ。
「嬉しいです!自分の考えたゲームをたくさんの人に遊んでもらえるなんて…!」
「はっはっはっ!私にかかれば息子のそのような望みを叶えるのも容易いんだ!!」
アイギスがそう言って笑うが、わずかに胸を撫で下ろすのを俺は見逃さなかった。
俺がオセロを売り捌くことに難色を示さないかどうか心配していたのだろう。
「だが、アリウス。もちろんわかっていると思うが、量産には金がかかる。材料費とか人件費とかだ。それらを全部エラトール家が負担するわけにもいかん。そんなことをすれば家が潰れてしまうからな…だから…私はあのゲームを商品として売りに出そうと思う。それでも構わないな…?」
恐る恐ると言ったようにアイギスが尋ねてくる。
俺は当然だという表情で頷いた。
「もちろんそうなりますよね。なんの異論もありません」
「そうか…!よかった!ありがとうアリウス」
アイギスがまたしてもほっと胸を撫で下ろす。
「話はこれだけですか?お父様」
「ちょっと待ってくれ、アリウス!まだあるんだ…!実はここからが1番重要なことなんだが…」
「なんでしょう?」
俺がわからないふりをして首を傾げると、アイギスは意を結したように口を開いた。
「少し難しい話になるが……アリウス。特許というのは知っているか?」
「…」
知っている。
この世界にも著作権という概念が存在する。
要するに原案者の権利を守る法律で、前の世界にあったそれと対して変わらない。
だが、普通の八歳児は著作権や特許の概念を理解できないだろう。
だから、俺はわざとすっとぼける。
「なんですか?それ」
「うーん…どう説明したものか……簡単にいうと、アイディアを考えついた人の権利を守る人の法律、みたいなものだ」
「ん…?」
俺がいかにもわかりませんみたいな表情を浮かべると、アイギスがさらに噛み砕いて説明をしてくれる。
「つまりだな…今回の場合、お前の考えたあのゲームを、アリウスが初めて考えたものとして登録するんだ。そうすることで、真似されたり、他人に起源を主張されたりするのを防ぐことができる」
「な、なるほど…ちょっとわかったような気がします……つまり、あのゲームが売りに出された後に、他の人がこれは自分が作ったものなんだって言い出したりするのを防ぐってことですか?」
「そうだ…!!まさにそうだ!!ああ、なんて物分かりがいい子なんだアリウス…!」
アイギスがぎゅっと俺を抱きしめた。
「お前みたいな子を持って私は本当に誇り高い。そこが理解できれば話が早いぞ。つまりだな…本題に入ると、今回のこのゲームを考えついたのは、私ということにしてほしいんだ」
「お父様が…?」
「ああ、そうだ。帝国の法で、十五歳以下は特許の申請ができないようになっているからな。だから、お父さんが考えついたことにしたほうが何かと都合がいい。これはわかるか?」
「わかります。それで全然構いません」
「よし!!」
アイギスがガッツポーズをとる。
それから、本当に安心したようにホット胸を撫で下ろした。
「ありがとう…それだけ確認しておきたかった…本当にありがとう、アリウス…」
「どうしたんですか?お父様?」
俺はとぼけた演技を続けながら、脱力したアイギスに尋ねる。
アイギスは俺に力無い笑みを浮かべた。
「いや…実はお前に言っていない悩み事があってな…それを解決する方法を探していたんだが……お前のおかげでなんとかなりそうだぞ、アリウス」
「自分のおかげ、ですか…?」
「ああ。お前のおかげだ」
「…よくわからないですけど、役に立てたのなら嬉しいです」
「そう言ってもらえると助かる」
「話が終わったのなら自分は行きますね?」
「ああ。時間をとらせてしまってすまない」
「とんでもないです。では」
俺はその場で一礼して、執務室を後にした。
去り際にアイギスがボソッと「売上の一部はちゃんと保管して将来のお前に渡すからな…今はすまない、アリウス…騙すようなことをして」と呟いたのが聞こえてしまった。
オセロの発案者(本当は違うが)の許可を得たことで、アイギスはいよいよ本格的にオセロの量産に乗り出した。
屋敷から徒歩飯時間くらいの距離にできた新しい建物は、やはりアイギスが命令して作らせたオセロの生産設備らしい。
アイギスは俺に許可をとった次の日から、生産ラインを稼働させてオセロの製造を始めた。
設備投資や人件費、材料費などの初期投資は全て他領からの借り入れて賄っているそうだ。
つまりオセロが売れなければ、エラトール家は莫大な借金を抱えることになる。
だが、アイギスには絶対にオセロが売れるという自信があるようで、最初からかなりの量を製造するようだった。
ちなみに、オセロのこの世界での名前は『挟み返し』と言うものになった。
どう言うことかというと、石を挟んでひっくり返し、色を変えるところからきているらしい。
シンプルと言えばシンプルだ。
オセロよりもこっちの方がもしかすると馴染みやすいかもしれない。
ともかく俺の思惑通りに、アイギスはオセロの生産を始めてくれた。
あとはオセロがこの世界の大衆に受け入れられれば、他領の領主もオセロの生産を始め、発案者であるエラトール家は、特許料で儲けられる。
逆にオセロが売れなければ、初期投資で作った借金を抱えることになり、エラトール家はますます窮地に立たされることになる。
「まずいな…失敗したらどうしよう…」
俺は今更ながら、自分を発端として、エラトール家が、発展か衰退の岐路に立たされていることに気がついた。
最初は『この世界にはない画期的なゲームを作って売れば儲かるんじゃないか?』的な軽い考えだったのだが、まさかここまで大事になるとは。
俺にできるのは、ともかくオセロが売れて全ての問題が解決されることを祈るくらいだ。
もしオセロが売れなければ、俺のせいで家族までもが一気に極貧生活に転落することになる。
それだけは絶対に避けなくてはならなかった。
「売れてくれ…頼む…いや本当にマジで…」
オセロの量産が始まってから売りに出されるまでの一週間、はっきり言って俺は生きた心地がしなかった。
それから一ヶ月が経過した。
「よし、これで俺の黒がお前の白を上回った!!この勝負もらったぜ!!」
「はっ、甘いな…!いいかこのゲームの定石は絶対に色の変わらない四つの角を取ることだぜ…!俺はすでに二つの角をとった…!最終的に勝つのは俺だ…!!」
「いいや、角なんて関係ない…!!このままゴリ押しだ…!!」
領内を少し歩くと、あちこちからそんな声が聞こえてくる。
「すごいですね…皆があなたの考えた挟み返しをしていますよ…」
俺の隣を歩くエレナが、あちこちで外に出てオセロをプレイしている領民たちを眺めながらそういった。
「あぁ…そうだな…」
俺は自分でも信じられない思いで、頷きを返す。
結果を言おう。
オセロ、あらため『挟み返し』は、飛ぶように売れた。
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