第17話


「いいか?ずっとここに隠れておくんだ。絶対に人前に出ちゃいけないぞ?誰にも姿を見られるな」


『ウゴッ!』


俺はゴーレムにそう命令して、屋敷の中に戻った。


家族と共に夕食を食べて再びゴーレムの様子を見に行ってみると、ゴーレムはすでに土に還っていた。


これは俺の土魔法がまだまだ未熟だったと言うことだろう。


達人が作るゴーレムは最大で一ヶ月以上持続することもあるらしい。


俺は自室に戻って鍵を閉め、考えに耽る。


「ま、まさか土魔法まで使えるようにいなるとはな…」


これで俺は合計で四つの属性の魔法を使えることになる。


今まで読んだ書物や文献に、そんな人物の存在は一切書かれていなかった。


つまり俺は、歴史上でただ一人、四つの属性を使える魔法使いということになってしまう。


「言えない…こんなこと誰にも言えるはずがない…」


すでにトリプルだと言うことが領民たちにバレている時点でやばいんだ。


そのうで、四つの属性を発動できる魔法使いだと知れ渡れば確実に騒ぎになる。


このことは誰にも話さずにおいた方が絶対にいいだろう。


「しかし…こうなってくると、もしかして、なんて考えてしまうよな」


俺は傍にある一冊の魔導書……風魔法の魔導書をじっと見つめる。


思い返せば、俺の五歳の時の洗礼の儀式では、俺がトリプルだとわかり大騒ぎになって、土魔法と風魔法に適性があるかは確認されなかった。


そしてつい先程、俺にはなんと土属性の魔法まで使えることがわかってしまった。


ここまでくるとためさずにはいられない。


「全属性コンプリート……ここまでくるとあながちありないと断定もできないんだよな…」


これでもし風魔法まで使えたら、実質俺はこの世に存在する全ての魔法を網羅できることになる。


そんなことが本当に可能なのかにわかには信じ難いが、しかし、すでに四つの属性に適性がある以上、最後の風属性もひょっとしたらと思ってしまう。


「試すか…」


初級魔法程度なら室内で十分に使えるはずだ。


俺は恐る恐る風魔法の魔導書を開いて、1番最初に乗っていた魔法に目をつける。


「…っ」


魔法の詠唱、効果、もたらされる影響などを読み込み、頭の中で想像し、イメージを固めていく。


いつも魔法発動の時に行っている過程だった。


「よし…」


しばらくしてすっかり魔法のイメージが出来上がった俺は、覚悟を決めて詠唱を口にした。


「風よ!!ウインド!!」


ビュゥウウウウウウ!!!


パリィン!!


俺が魔法を唱えた瞬間、風が吹き荒れ、部屋の窓ガラスが割れてしまった。


「ああ…っ!まずい…!?」


いくら初級魔法とはいえ、せめて窓を開けてからやるべきだったと俺は即座に反省する。


そして咄嗟に、近くにあった金物を割れた窓の外に投げた。


すぐに俺の部屋に使用人やシルヴィアたちが駆けつけてくる。


「どうしました!?アリウス様!」


「大丈夫ですかアリウス様?」


「アリウスちゃん!?何か割れた音がしましたよ!?」


急いで駆けつけてきた母親と使用人たちに向かって俺はバツが悪そうな顔をする。


「す、すみません…あの…遊んでたら窓を割ってしまいました…」


「怪我はないの!?大丈夫なの?」


「ごめんなさい。怪我はしてないです」


「「「はぁ…」」」


俺が無事であることがわかると、シルヴィアと使用人たちはほっと胸を撫で下ろした。


やがて使用人たちが庭から、俺が投げた金物を持ってきた。


「シルヴィア様。窓の外にこれが」


「アリウス。これはあなたが投げたもの?」


「…はい。そうです」


俺が俯いて答えると、シルヴィアが俺のそばに歩いてきて手を振り上げた。


「うっ」


俺は打たれるのかと思って身をすくめたが、シルヴィアはポンと俺の頭の上に手を置いて撫でただけだった。


「うふふ…ダメでしょアリウスちゃん。こんな悪戯しちゃ」


「…お母様?」


「叱られると思った?残念。お母さん、ちょっと嬉しくなっちゃった」


「え…?」


「アリウスちゃんにも年相応のところがあるんだなって思って。ほら、アリウスちゃん、すっごく大人びてて、時々同じ年齢の人と話してるんじゃないかってお母さん思う時があるから」


「…っ」


ドキッとした。


俺は恐る恐るシルヴィアを見る。


だが、シルヴィアは別に比喩的表現で使っただけで、俺の中身の精神年齢が明らかに大人であることを確信しているわけではなさそうだった。


「いい子なアリウスちゃんのやんちゃなところが見れてちょっと嬉しいわ。でもダメよ?アリウスちゃん。窓ガラスを割るようなことをしちゃ」


「…本当にすみません」


「うふふ。窓ガラスはすぐに直させますから…ほら、今日はお母さんの部屋で一緒に寝ましょうね?」


「…はい」


俺はいかにも落ち込み反省しているふうを装いながら、シルヴィアに従って部屋を出る。


急いで散らばったガラスなどを片づけ出した使用人たちを尻目に、俺はその場を後にした。


頭の中では


”やばい本当に全属性コンプリートしてしまった。


まじでどうなってるんだ?


こんなの普通じゃない明らかにおかしい。


あの天使の少女の仕業か?


わからないが、ともかくこの事実は隠す必要がある。“


と、そんなことばかりを考えていた。




「今日の訓練はここまでです。お疲れ様です」


「はぁああ…」


エレナが訓練の終わりを告げた途端にどっと疲れが襲ってきた。


俺は息を吐き出して、その場に座り込んでしまう。


「大丈夫ですか、アリウス。屋敷まで担ぎましょうか?」


俺を心配したエレナが、歩み寄ってきてそんなことを言ってくる。


流石にそこまで甘えるわけにもいかず、俺は首を振った。


「大丈夫だ。少し休んだら歩けるようになる…エレナは先に屋敷に戻っていてくれよ」


「…本当に大丈夫ですか?」


「ああ。大丈夫だから。それと、母様に夕食までには帰るからと伝えておいてくれ」


「わかりました。では今日もそのように伝えておきます。また一人で森の中に入ったりしてはダメですよアリウス。ちゃんと時間までに還ってきてください」


「…おう。わかってるよ」


「それならよし、です」


満足そうに頷いてポンと俺の頭に手を乗せたエレナは、一人で屋敷の方へと歩いていく。


「…なんかあいつ最近シルヴィアににてきたよな…」


ここ最近、エレナにやたらと心配されたり、頭を撫でられたり、抱きしめられたりとそんなことが多くなった。


なんだかエレナの俺の扱いが、シルヴィアのそれに近くなってきているような気がする。


エレナのような美人に抱きしめられたりすること自体は嫌じゃないというか普通に役得だと思っているのだが、しかし、それもなんだか小さな子供を可愛がるような感じがして釈然としない。


出来れば生徒とか子供とかではなく、一人の男として見てほしいのだが…


まぁ、中身はともかく外見は八歳だからそれは無理な話か。


「さて…もう行ったかな…?」


俺はエレナの姿が完全に見えなくなったのを確認してから立ち上がり、反対方向に向かって歩き出す。


実は先程までの疲れている演技は半分嘘だ。


訓練に真面目に打ち込んではいるのだが、魔力も体力も、少しくらいは残るように調整している。


理由は、こうして訓練の終わりに一人の時間を作り出すためだ。


「じゃ、今日も魔法の自主練をしますか」


俺はここ最近いつも訓練終わりに訪れている森の近くの茂みにやってくると、周りに人がいないのを確認してから、近くの木の影に向かって呼びかける。


「おい、ゴーレム!出てこい!」


『ウゴゴゴゴ!!』


俺が呼びかけると、ずんぐりむっくりした二メートルほどの巨人が影から出てきた。


俺が土魔法で作り出した使い魔、ゴーレムだ。


「お!!今日も壊れずに残ってたか…!と言うことは、これで三日目に突入。新記録更新だな」


自分に土魔法と風魔法の適性があることを確認してから二週間ばかりが経過しようとしていた。


俺はその間、訓練終わりや休養日など、暇を見つけては、隠れて一人で土魔法や風魔法の訓練を行っていた。


その努力の甲斐あって、俺の魔法はどんどん上達し、最初は数分で壊れてしまったゴーレムを今では三日も持続させられるようになっていた。


達人は、土から作り出した使い魔を一ヶ月は持たせるという。


もちろん俺もその領域を目指すつもりだ。


「じゃ、いつものメニューをこなすか…クリエイト・ソード!!」


三日前に作り出したゴーレムがまだ持続しているのを確認した俺は、再びゴーレムに木の影に隠れておくように命令して、それから土属性魔法の訓練を開始した。


あらかじめ決めてある訓練メニューを確実にこなしていく。


まずはクリエイト・ソードという剣を作り出す魔法だ。


地面から少量の土を作り出し、魔法を詠唱すると、俺の手の中に、鈍く光る剣が生成された。


これまでの訓練のおかげで俺はすでに、手の中の少ない土から、金属製の普通の剣となんら変わりない切れ味、強度をもつ剣を作れるようになっていた。


持続時間も1日以上。


即席の武器として十分に使える練度だった。


「今日もいい出来だな…どんどん強度も上がっていっている気がする…さて、次だ次」


俺は地面に打ち付けたりなどして剣の強度が上がっていることを確認すると、他の魔法も次々に練習していく。


どの魔法も使い旅に練度が増しているのを実感できるので、これはこれで楽しい作業だった。


『グルルルルル…』


「ん?」


俺が訓練に没頭していると、不意に唸り声が聞こえてきた。


「なんだお前か」


『ガルルルルル…!』


そこにいたのは一匹のブラック・ウルフだった。


黄色い目を爛々と光らせ、こちらを睨んでいる。


「今訓練中なんだが…面倒だなぁ。倒すか」


以前は心底恐怖を感じたブラック・ウルフだが、今はもはや何も感じない。


人目を避けて森の近くで訓練しているため、モンスターと遭遇することも織り込み済み。


特に驚くことなく、俺はブラック・ウルフに対処することにした。

 


「ファイア…いや、待てよ」


『グルルルル…』


俺はブラック・ウルフに対して、最も得意な火属性魔法を放とうとする。


だが、せっかくなら最近練習している土魔法と風魔法を試しておくか、と考え、他の魔法を封じてその二つで戦ってみることにした。


『ガルルルル…!』


「風よ、切り裂け。ウィンド・カッター!」


俺は風属性の切断魔法をブラック・ウルフに対して放つ。


『ギャイン!?』


放たれた魔法はブラック・ウルフの前足に命中し、ブラック・ウルフは鋭い悲鳴をあげる。


「外したか…」


俺としては急所となる首を狙ったはずなのだが、狙いが外れたようだ。


まだまだ命中精度に問題がある。


今後の訓練の課題となるだろう。


「次は土魔法を使うか…クリエイト・ゴーレム」


前足を負傷したことでブラック・ウルフの動きが極端に鈍った。


『ガルルルル…!』


怪我を負ったブラック・ウルフは、すぐには襲いかかってこずに、唸り声を上げながら俺を警戒している。


俺はその隙を利用して、土魔法でゴーレムを量産する。


「クリエイト・ゴーレム!クリエイト・ゴーレム!クリエイト・ゴーレム!!!」


地面から掬い上げた土を使って、全部で十体以上のゴーレムを量産。


ブラック・ウルフを倒すように命令する。


「あいつを倒せ!ゴーレムたち!」


『『『『ウゴゴゴゴゴゴ!!!』』』』


俺の命令を受けたゴーレムたちが、動きの鈍ったブラック・ウルフに殺到する。


『『『『ウゴゴゴゴ!!!』』』』


ドガ!


ボゴ!


『ギャイン!?』


使い魔であるゴーレムに恐怖心や痛覚は存在しない。


ゴーレムは多少ブラック・ウルフに前足で引っ掻かれようが、鋭い牙で噛みつかれようがお構いなしに、四方八方からブラック・ウルフを取り囲んで滅多打ちにする。


『『『『『ウゴゴゴゴ!!!』』』』』


鈍い音が辺りに響き渡り、ブラック・ウルフが次第に弱っていく。


「よし、そのまま倒せ」


俺がすでに瀕死のブラック・ウルフにとどめを刺すようにゴーレムに命令したその時だ。


『キャン!!』


ブラック・ウルフが最後の力を振り絞ってか、ゴーレムの包囲を抜け出して、空中に飛んだ。


そして俺の眼前に着地する。


『クゥン…クゥン…』


「すごいな。凄まじい生命力だ」


ブラック・ウルフは血だらけになりながらも、俺に近づいてきてまるで媚びるような鳴き声を出す。


『『『『ウゴゴゴゴ!!!』』』』


すぐにゴーレムたちが、忠実に俺の命令を守ろうと、ブラック・ウルフめがけて走り出す。


だが、そこまで動きの早くないゴーレムでは間に合いそうにないので、俺は直接トドメを刺そうと腕を上げた。


その時だ。


『クゥン…クゥン…!』


ブラック・ウルフが媚びるように再び泣いた後、まるで俺に忠誠を誓うように首を垂れた。


「ん…?」


俺が怪訝に思う中、ブラック・ウルフは姿勢を低くして俺と目線を合わせ、懇願するような瞳を向けてくる。


俺の頭の中に、過去に読んだ文献のある一説が思い浮かんだ。


「待て、ゴーレムたち!止まれ!!」


俺は急いでゴーレムたちに止まるよう命令する。


もう少しでブラック・ウルフに殺到しかけていたゴーレムたちがぴたりと動きを止めた。


「お前…もしかして…」


『クゥン…クゥン…!』


俺はいまだ俺の前で首を垂れたまま決して攻撃してこないブラック・ウルフに少しずつ近づいていく。


「まさか、俺と主従関係を結びたいのか?」


『クゥン…クゥン…!』


近づいていく俺の言葉に、ブラック・ウルフは肯定するように体を盾に揺らした後、ペロリと舌を出して俺の体を舐めてきた。


噛みつこうとすればすぐにでも反撃していたが、ブラック・ウルフは愛犬が主人に対してするようにひたすら俺を舐める。


…スケールが犬とは違いすぎるので、俺の体はベチョベチョになったが。


しかし、今はそれどころではない。


俺は非常に珍しいケースに遭遇している可能性があるのだから。


「モンスターのテイム…これってそういうことだよな?」


過去に読んだ書物に書いてあった。


稀に人間に懐くモンスターが現れると。


通常、モンスターは人間を見たら襲ってくる。


これにほとんど例外はなく、ゆえに人間とモンスターの共存は不可能であり、モンスターは人間の永遠の敵と位置付けられている。


だが、稀に人間になつき、主人として付き従うモンスターが現れる。


圧倒的な強さの人間を前にした比較的知能の高い個体のモンスターが、人間を主人だと認識して、途端に従順になる。


過去にそんな例がいくつも確認されているらしい。

人がそうなったモンスターを僕として受け入れることを、モンスターをテイムするという。


…もしかするとこのブラック・ウルフは俺にテイムして欲しいのではないか?


「なぁ?今からお前の怪我を治す。だから……襲うなよ?襲ったら殺すからな?」


『ワフッ!』


まるで俺の言葉を理解しているようにブラック・ウルフが頭を盾に振った。


主従関係となったモンスターと人間は、自然と気持ちが通じ合うという。


これもそういうことなのだろうか。


「エクストラ・ヒール」


俺は光属性の治癒魔法を使って、ブラック・ウルフの傷を癒した。


体のあちこちから血を流していたブラック・ウルフは瞬時に完治して元通りになる。


「さぁ、どうする?」


俺は怪我を治した途端に襲われることを警戒して魔法を発動する準備をしていたが、しかし、ブラック・ウルフのとった行動は襲撃とは真逆だった。


『ワフッ!!ワフワフッ!!』


怪我が治ったことで嬉しげに飛び跳ね、俺の周りをぐるぐると回り出したのだ。


「おぉ…すげぇ…!これは…!」


まるで日本で飼っていた愛犬の機嫌のいい時のような行動をとるブラック・ウルフに、俺はテイムが成功したと確信したのだった。

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