第6話
エラトール家にやってきた翌日から、私は早速アリウス様に魔法を教えることにしました。
魔法を学ぶときは普通誰しもが座学から始めるものですが、アリウス様はすでに独学で魔法について学び、初級魔法程度なら扱えるとのことだったので、私はまずアリウス様の魔法の実力を把握することから始めることにしました。
アリウス様と共に領内にある広場へとやってきました。
私は早速アリウス様に、使える魔法などを見せてもらうことにしました。
「アリウス。ご両親に尋ねたところ、あなたはすでに独学で魔法を勉強し、そして初級魔法と中級魔法のいくつかを使うことができるとおっしゃっていました。それは本当ですか?」
「はい。一応…」
「そうですか。では見せていただけますか?」
「わかりました」
アリウスが右手に左手を添えて前に突き出しました。
基本的な魔法発動の体勢です。
よく注意してみると、アリウス様の体内で魔力が熾る気配を感じました。
魔法が使えるという話は本当だったようです。
「…(これは…!)」
アリウスは私に火属性の初級魔法を一通り披露してくれました。
この年齢で初級魔法をほぼ全て使える魔法使いもなかなか珍しいです。
私は感心していたのですが、なんとその後、アリウスはいくつかの中級魔法を発動していました。
これには私も驚きました。
初級魔法は詠唱を唱えれば、誰でも発動できるような簡単なものが多いため、習得するのは難しくはありません。
ですが中級魔法は初級魔法とは全く別物です。
ほとんどの魔法使いが、独学では中級魔法を発動することが出来るようになりません。
なぜなら魔法を発動するには頭の中のイメージが非常に大切であり、独学ではこのイメージを固めるのが非常に困難だからです。
通常、中級魔法を習得するときは、すでに中級魔法を使える魔法使いに魔法を目の前で発動してもらい、その光景を目に焼き付けてイメージを固めていく。
そうすることによって訓練期間を出来るだけ短縮するのが一般的な方法なのです。
けれどアリウスは、そんな中級魔法を、まだ十歳にもならない現時点で独学で使えるようになっている。
これははっきり言ってかなり異常なことでした。
「素晴らしいです」
私は、自分の使える魔法を披露し終えたアリウスに拍手を送りました。
「すでに中級魔法まで使えるのですね。独学でここまでできるようになった子供の話は久しく聞いていません。アリウスはとても優秀なのですね」
「そ、それほどでも…」
アリウスは照れている様子でした。
そこにはあまりひけらかすような態度は存在しません。
自分がどれほどすごいことをしているのか、まだあまり自覚していないようです。
「…(これは大変な仕事になりそうですね)」
すでに中級魔法までいくつか使えるようになっているアリウスの実力を見て、私はこれからの訓練メニューを考える。
当初考えていた基礎的な座学や、実技訓練の計画を全て破棄して、もっと上級者向けのそれに頭の中で書き換えていきます。
アリウスははっきり言って天才です。
磨けば必ず光る極上の玉になるでしょう。
もしかしたら帝国魔道士団所属の魔法使い以上の存在になるかもしれない。
私がアリウスの将来性に密かに感嘆しながら、話を進めます。
「アリウスの適属性は火属性でしたか…私は光属性に適性がある光の魔法使いですが……しかし、どの属性も修行の方法は基本同じです。経験なども交えて出来るだけわかりやすく教えて、必ずアリウスを立派な魔法使いに」
「あ、ちょっと待ってください」
「ん?なんでしょう?」
私がアリウスに、考えている訓練のメニューなどを話そうとすると、アリウスが私の言葉を遮ります。
「エレナ。俺は火属性の魔法使いってだけじゃないです」
「む…だけじゃない…?」
一瞬何を言われたのかわかりませんでした。
ですが、すぐにその言葉の意味の可能性に行き当たります。
「まさか…」
「ウォーター」
「…っ!!」
私がアリウスの言わんとすることに気づいた直後、アリウスが魔法を発動しました。
『水属性』の初級魔法であるウォーターを。
私は、アリウスが、魔法使いの中でも非常に希少な存在の『ダブル』である証拠をはっきりと目の前で見せつけられ、思わず目を見開きました。
「水属性の魔法!?ということは…アリウスはダブル…!?」
驚きすぎて気付けばそんな言葉が漏れていました。
「ええと…」
アリウスは照れ臭そうに頭を掻きます。
「そう、だったのですね…!アリウス…あなたにはとんでもない魔法の素養が…!これは家庭教師としてますます気合がはいって」
私は興奮気味にそう捲し立ててしまいました。
アリウスはただ中級魔法を使えるだけの、少し成長の早い魔法使いというわけではなかった。
数少ない魔法使いの中でもさらに希少な存在『ダブル』だったのだ。
久しぶりに魔法の逸材を前にして、私はすっかり舞い上がってしまいます。
まさか自分が二つの属性魔法を使うことのできる『ダブル』の魔法使いの教師になるとは。
魔法使いとしてこれほど光栄なことはありません。
この才覚を腐らせないためにも、私は全力でアリウスを鍛え上げなければ…
そう私が意気込んでいると、アリウスが少し言いづらそうに口を開きました。
「あ、ちょっと待ってください」
「…?」
一刻も早く訓練メニューなどを相談したかった私は、まだ何かあるのかと首を傾げます。
「実はですね…」
「な、なんですか…?まだ何かあるのですか…?」
何か重大なことが明かされようとしている雰囲気に、私はごくりと唾を飲みます。
何やら緊張した空気が二人の間に漂う中、アリウスがポツリと唱えました。
「ライト」
直後、魔力の気配が確かに感じられました。
私は冗談だろうと思いました。
流石にそれはないだろうと、心の中で苦笑いを浮かべていました。
ですが、それは現実に起きました。
起きてしまいました。
なんと…
アリウスの右手が眩く光出したのです。
それはどう見ても光属性初級魔法の『ライト』でした。
光属性は私の適属性なので見間違えるはずもありません。
アリウスは確かに、光属性の初級魔法を発動したのです。
直前に火属性と水属性の魔法を発動していたにも関わらず。
「おわかりいただけましたか?俺、実はトリプルなんです」
魔法を発動しおえたアリウスが、こちらを向いてあっけらかんと言いました。
「…」
私はあまりの事実に言葉を失ってしまいました。
目の前で起きたことがあまりに衝撃的すぎて、思考回路が完全にフリーズしていました。
「あれ、エレナ…?」
「…」
アリウスに名前を呼ばれているのに答えることができません。
その後私は、一分ほどアリウスに名前を呼ばれ、さらにその後何度も体を揺すられて、ようやく現実へと立ち戻ったのでした。
結局その日はエレナに俺の使える魔法を披露しただけで魔法の授業は終わってしまった。
エレナは俺が三つの属性を使えるトリプルだと知って相当ショックだったようだ。
「今日の授業はここまでです…少し…考えていた訓練メニューを修正させてください…」
そう言って屋敷に帰って自分の部屋に篭ったきり出てこなくなってしまった。
仕方がないので、俺はその日は、両親に買ってもらった魔導書を読み直すなどして時間を潰した。
こんなことになるなら、トリプルであることを明かさないほうがよかったかと思ったが、両親が知ってしまっている以上隠してもいずれバレるだろうし、俺は仕方がないことだったと諦めることにした。
「アリウス。これをエレナ先生に持っていってあげて」
夕食の時刻。
俺はシルヴィアに、トレイに乗せられた食事をエレナに届けるように言われた。
エレナは帰ってきてから部屋の外に一歩も出ずに、ずっと俺の訓練メニューについて考えているようだった。
使用人が夕食ですと告げても、今日は結構だといって断るのだとか。
「アリウスちゃんのために頑張ってくれるのは嬉しいけど…体調を崩したら元も子もないでしょう?だから、アリウスちゃんから届けてあげて」
「わかりました」
俺は頷いてトレイを受け取り、エレナの部屋の前まで歩いた。
「食事を持ってきました」
ドアをコンコンとノックしてそういうと、中から声が帰ってくる。
「ありがたいですが、今日は結構です。今、手が離せない状態です」
「エレナ。俺だ。アリウスだ。お母様に頼まれて夕食を持ってきたんだ。食べないと、体調を崩すぞ」
「…」
今度は中から返事はなかった。
しばらく待っていると、ギィイとゆっくりとドアが開いた。
「エレナ…!?」
俺は驚いた。
なんかこの短時間でエレナの表情がごっそりとやつれたように見えたからだ。
「どうしたんだ…!?」
「アリオス…私は…私には…ちゃんとあなたの教師が務まるでしょうか…?」
俺が戸惑っていると、エレナが自信なさげにそう尋ねてきた。
「ど、どういうことだ…?」
質問の意味がよくわからず、俺は戸惑う。
するとエレナは自重気味に笑った。
「元帝国魔道士団如きの私に…歴史上数名しか存在しなかった逸材の…トリプルであるあなたの魔法の教師が…務まるでしょうか…?」
「帝国魔道士団如き!?」
帝国魔道士団といえば、この辺境から一歩も出たことのない俺でも知っている超有名組織だ。
帝国の魔法の実力者のみを集めた実働部隊。
帝国の現在の覇権的な地位は、帝国魔道士団に支えられていると言っても過言ではない。
そんなすごい集団を……ごときって…
「て、帝国魔道士団は国一の魔法組織だろ…?エレナはそんな魔法組織の一員だったんだろ…?だったら…エレナ以上に優秀な魔法の師なんて存在しないだろ…」
俺は自分の中で当然のことを口にしたつもりだった。
だがエレナには少々意外だったようだ。
ポカんと口を開けて、俺を数秒間見つめた。
「エレナ…?」
俺が名前を呼ぶと、「はっ!」と我に帰った。
それから無言で夕食の乗せられたトレイを受け取った。
「エレナ…?」
俺がもう一度名前を呼ぶと、エレナはこちらを見ずに言った。
「明日から本格的に授業を開始します。覚悟しておいてください」
「…お、おう!」
そう言ったエレナの声には、最初の時のようなような確かな自信が滲んでいた。
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