オールスペルキャスター、全属性の魔法を使える男〜異世界転生した俺は、圧倒的な魔法の才能で辺境の貧乏貴族から成り上がる〜
taki
第1話
なんの意味もない人生だ。
いわゆるFラン大学を卒業してブラックな中小企業に就職。
手取り十五万円で週七出勤。
残業は月平均200時間。
馬車馬のように働かされる毎日を送っている。
「死にたい…」
日曜の朝。
直前まで会社で一睡もせずに仕事をしていた俺、佐藤裕二は、よろよろになりながら自宅までの道のりを歩いていた。
「久しぶりの休みだ…今、何連勤だっけ…?」
最後に休みをもらったのがいつだったか、記憶が定かではない。
確実に20日以上は連続で出社させられている。
「これ…明らかに法律違反だよな…訴えたら…勝てるのか?」
ぼんやりとした意識の中そんなことを考える。
俺の労働時間は、明らかに法律で定められた範囲を超えていた。
この事実を、証拠を持って出るところに出れば…多分、会社から相当なお金をふんだくれると思う。
…同期に迷惑がかかるからやらないが。
「はぁ…なんのために生きてんだ俺…」
時々、生きている意味がわからなくなる。
死んだ方がマシなんじゃないかと毎日考えている。
学生だった頃に戻りたい。
あの頃は毎日が楽しかった。
社会人として生きていくことがこんなにも苦痛だと、想像すらしていなかった。
「帰ったら…楽な死に方でも探してみるかぁ…ははは…」
半分本気のぼやきを漏らし、乾いた笑いを漏らしたその時だった。
「ん…?」
足元に何かが転がってきた。
「ボール…?」
サッカーボールだった。
どっかから転がってきて俺の足に当たったらしい。
俺は持ち主を探して、あたりを見渡す。
「僕のボール!!」
少し離れば場所から子供の声が聞こえた。
「あの子か…」
道路の向こう側に、ボールの持ち主と思しき男の子がいた。
小学生くらいの見た目。
ボールを追いかけて、こちらに走ってくる。
「よいしょっと…」
俺は、男の子がやってきたら手渡してやるつもりで、ボールを拾おうとする。
「…!」
…そして、次の瞬間気づく。
「ま、待て…!危ないからこっちには来るな…!」
「へ…?」
慌てて叫んだが遅かった。
男の子はすでに道路の半ばまで走ってきていた。
そしてタイミング悪く、大型のトラックがかなりのスピードで男の子へと迫る。
「馬鹿野郎…!」
気づけば走り出していた。
これが火事場の馬鹿力ってやつか。
自分でも驚くぐらいのスピードが出た。
俺は道路の真ん中で立ち尽くす男の子を思いっきり突き飛ばす。
キキィイイイと急ブレーキ音が周囲に響き渡った直後…
バァン!!!
「がっ!?」
大きな衝撃が全身を襲った。
ふわりと体が中に浮き、俺は吹っ飛ばされる。
「ごっ!?」
そして思いっきり地面に叩きつけられた。
「きゃあぁああああ!!!」
「人が轢かれたぞ…!」
「誰か救急車を…!」
周りからそんな声が聞こえてくる中、俺の意識はだんだんと遠くなっていった。
「ここは…どこだ…?」
気づくと俺は白い世界にいた。
真っ白で何もない、無機質な世界だ。
「ええと確か…」
俺は直前の記憶を思い起こす。
そうだ。
俺は仕事帰りに男の子の身代わりになってトラックに轢かれたんだった。
あの大きさのトラックにあの速さで撥ねられたんだ。
まぁ、生きてる確率の方が低いだろう。
…ということはここは天国か?
「まぁ、概ねその認識で当たっていますよ」
「…!?」
唐突に背後から声が聞こえた。
俺は驚いて振り返る。
「こんにちは。佐藤裕二さん。突然ですが、あなたは死にました」
そこには、見たこともないような美少女が立っていた。
羽衣のようなものを纏い、背中からは翼が生えている。
天使。
その二文字が、目の前の少女にはぴったりだった。
「あなたは…?」
「私は神の使いです。名前はありません」
「…神の使い…天使、みたいな感じですか?」
「ええ。その認識で構いませんよ。大した違いはありません」
神の使いだと言われて少女を疑う気にはなれなかった。
何やら神々しいオーラのようなものが少女からは出ていたからだった。
「俺は死んだんですか?」
俺は天使の少女に尋ねる。
少女が頷いた。
「はい。残念なことですが」
「…そうですか」
少女は気の毒そうにしているが、俺はあんまり残念だという感情はなかった。
過酷な労働環境で酷使され、地獄みたいな日々を送っていたせいだろうか。
もっと生きていたかった、という気持ちは全然なかった。
むしろ最後に人助けをして死ねたのなら、それでよかったと思っていた。
「俺はどうなるんですか?」
死んだということは、天国的な場所に行くのだろうか。
それとも輪廻転生?
あるいは……それらは全て人間が生み出した概念で、無になる、とか?
「安心してください。無にはなりません」
「…」
どうやら思考を読まれているらしい。
天使だからそれくらいは可能ということだろうか。
「佐藤裕二さん。よく聞いてください。あなたにとても大切なお話があります」
「なんでしょう」
「あなたには現在、二つの選択肢があります」
「選択肢…?」
「ええ」
天使は頷いた。
「一つは同じ世界での生まれ変わり。輪廻転生ですね。この場合、魂から記憶は完全に失われます。通常死んだ人間の辿る道ですね」
「はい」
俺は相槌を打つ。
「もう一つは…これはある一定の条件を満たした人間にのみ与えられる特別な選択肢なのですが……別の世界で記憶を保ったまま転生することです」
「記憶を保ったまま?」
「はい。また赤ん坊からやり直すことになりますが……しかし、あなたの記憶は残ります」
「…なるほど」
記憶を持った赤ん坊になるということか。
ええと…俺は現在25歳だから…精神年齢25歳の赤ん坊にあるってこと…?
それはちょっと気持ち悪いな。
「確かにそうですね。妙に賢い赤ん坊だと周囲に怖がられることもあるでしょう」
「…」
そうだった。
思考を読めるんだこの天使。
「どうです?佐藤裕二さん。もう一度新たな世界でやり直してみる気はありませんか?」
「やり直し…」
なかなかいい提案かもしれない。
前世の記憶があれば、またブラック企業に勤めるハメにならないように子供の頃から勉強を頑張れる。
勉強を頑張っていい大学に入れば、労働環境の整った優良企業に就職することだって夢じゃないかも…
「あー、佐藤さん。それはちょっと違います」
「はい?」
「もし記憶を保持しての転生を選んだ場合、あんたは別世界に転生することになります。その世界は、あなたがいた世界とはちょっと異なる世界なんです」
「ほう。具体的には…?」
またしても思考を読まれたが、もう気にすることもないだろう。
「その世界には、魔法という概念が存在するんです」
「ま、魔法…?」
「はい。魔法とかモンスターとか…そういうのが普通に存在する世界ですね。いわゆるファンタジー世界といったらイメージしやすいでしょうか」
「あぁ…なるほど…」
つまりは昔プレイしていたファンタジー系のゲームのような世界ということか。
もしくは社会人になって現実逃避のために読んでいた異世界漫画のような世界とか?
「だいたいそんな感じです」
思考を読んだ天使が俺のイメージを肯定する。
「なるほど…それはちょっと興味深いですね」
魔法のある世界に転生か…
それってちょっとワクワクする。
というか、そういう世界って実際にあるんだな。
「どうですか?二度目の人生を送ってみませんか?私としてはそちらをお勧めしますよ。記憶を保持したままの転生なんて、誰にでも許されることじゃないですからね」
「へー…誰でもは……って、そうだ。なんで俺だけ記憶を保ったまま転生させてもらえたりするんです?」
俺はほとんどファンタジー世界への転生で心を決めつつ、天使の少女に尋ねた。
「記憶を保ったままの転生には条件があってですね…」
「ほう」
「それは、生きている間に二度、他人の命を救うことです」
「二度、ですか…ん?二度…?」
天使の言葉に俺は首を傾げる。
一度、というのならわかる。
俺は轢かれそうになっている男の子を庇って死んだ。
他人の命を助けたのはあれが最初で最後だった。
けれど、天使は記憶を保持したまま転生の条件は、二度他人の命を救うことだという。
これだと話が矛盾してしまう。
「いいえ、矛盾していませんよ。佐藤裕二さん。あなたは以前にとある女の子の命を救っています」
「女の子…?」
「藍沢愛莉という名前を覚えていますか」
「ええ、覚えています」
藍沢愛莉。
俺の中学の時の同級生で、クラスでいじめられていた女の子だった。
内気で、皆から無視され、いつも孤立していた。
『藍沢。俺と友達になろうぜ』
見ていられなかった俺は、藍沢にそういって友達となり、毎日放課後に遊んだりしていた。
その後、藍沢とは別々の高校に進学し、それ以来会っていない。
懐かしいな。
元気にしているかな、あいつ。
「藍沢愛莉はあなたがあの日声をかけなければ、半年後に自殺する運命でした」
「え…」
「あなたはいじめられている藍沢愛莉に声をかけ、彼女を救ったんです。だから、佐藤裕二さん。あなたは人生で二度、他人の命を救っている」
「…そう、だったんですね」
そうか。
藍沢、俺が思っていた以上に思い詰めていたんだな。
「これでわかっていただきましたか?佐藤裕二さん。あなたには転生し、そして第二の人生を謳歌する権利があります。さて、どうします?」
「やり直させてください。お願いします」
俺は天使に向かって頭を下げた。
過酷な労働環境で酷使され、生きる意味も見失っていた
だが、今天使の話を聞いて、やり直そうという意欲が湧いてきた。
何より、魔法がある世界とかワクワクするじゃないか。
「決まりですね」
顔を上げると天使が微笑んでいた。
「それでは佐藤裕二さん。あなたを剣と魔法のファンタジー世界に転生させます。記憶を保ったまま」
「はい。お願いします」
「…それから、最後に一つ」
「はい…?」
「私は個人的にあなたが気に入りました」
「…え」
美少女にそんなことを言われ、少しどきりとしてしまう。
そんな俺の内心を知ってか、天使の少女は悪戯っぽくクスリと笑った。
「なので、ちょっとサービスしておきました」
「さ、サービス…?」
「転生してからのお楽しみです。それではいってらっしゃい」
「うおっ!?」
ふわりと俺の体が持ち上がった。
そして上へと立ち上る光の道筋に沿ってどんどん浮き上がっていった。
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