十二 獅子舞      2018年 1月

 笛や太鼓、チャンチキの音が聴こえる。

「獅子舞が始まったわ」

 僕らは急いで出支度でじたくをし、隼人をおんぶして外に出た。

 ショッピングモール前の広場には既にかなりの人数が集まっている。

 見物客の最前列にいた重原綾が、僕らを手招きした。

「やっぱりいたわ、綾」

 富山出身の綾は獅子舞に思い入れがある。子供の頃、市の獅子舞保存会で締太鼓しめたいこを打っていたと楽しそうに話していた。獅子頭を被って舞ったこともあるという。富山は獅子舞の数も種類も日本一で、正月だけでなく祭りや祝い事では必ずと言っていいほど獅子が舞う。キリスト教会でも十字架をさげた獅子が舞いクリスマスを祝うのだと綾は笑っていたが、僕と美子はその話だけは信じなかった。

 大太鼓、篠笛しのぶえ、チャンチキにしめ太鼓たいこ二張の五人囃子ごにんばやしが賑やかに伴奏する。その囃子に合わせ、獅子頭ししがしらに金箔を貼った二人立ちの獅子が舞う。軽業かるわざにしても所作しょさにしても獅子を演ずる二人の動きには寸分すんぶんの乱れもない。横断幕には地元の文化財保護団体の名があった。

 ただ僕は、その獅子舞に少し物足らなさを感じていた。昔見た獅子舞にはもっと派手で鮮烈な印象があったような気がする。

 獅子舞の間、祭半纏まつりばんてんを着た店員たちが小袋に入れた紅白の祝い餅を配っていた。

 店員のひとりが獅子に祝い餅の袋をくわえさせ、僕らを指さした。獅子は踊りながら僕らのもとにやってきて、美子の手に祝い餅をのせた。そして、僕におんぶされている隼人の頭に鼻先をつけて口を開き、隼人の頭を咬むようなしぐさをした。隼人はきゃっきゃとはしゃいだ。

「ハヤトちゃん、あけましておめでとう」

 胴幕どうまくめくって顔を出した獅子の後ろ脚役はジュエリーショップの店長だった。獅子頭を被っていた演者は、多分子供用品店の店長だと思う。獅子頭は口で銜えるので、演者は話すことができない。


 お正月くらい親子水入らずで過ごした方がいいと遠慮する綾を、

真昼間まっぴるまから獅子舞見物なんかしてるくらいだから、どうせ暇なんでしょ」

 美子は鼻で笑った。

「本当はちょっと寂しかったんだ」

 大晦日は独りで寂しく過ごしたと綾は照れくさそうに笑った。

「わあ、炬燵に蜜柑! 懐かしい」

 蜜柑を山盛りにしたフルーツバスケットが炬燵の上に置いてある。

 大晦日の夕方、僕はクロゼットから炬燵を出してリビングに置いた。

 越後人にとって炬燵は年越しの必需品だ。越後では大晦日に大きめの炬燵を用意する。天板にその年一番の御馳走を並べるためだ。年取り魚の鮭や年越し蕎麦はもちろん、海老や蟹、寿司、芋煮、三角さんかくちまきや笹団子などなど、越後の大晦日、炬燵の天板に並ぶ献立の豪華さは、盆や正月のそれを遥かに凌駕する。越後の人々は炬燵で身体を温め御馳走に舌鼓を打ちながら、恙無つつがなく過ぎた一年を祝うのだ。

 我が家では、そこまでの贅沢はしなかった。年取り魚の塩鮭と年越蕎麦は欠かせなかったが、他にはショッピングモールの食品売り場で買ってきた寿司と蜜柑を食卓に並べただけだ。

「今までで一番幸せな一年だったわ」

 昨日の大晦日、美子はその言葉で一年を締め括った。

「お餅を焼いてお雑煮とお汁粉を温めるから、その間、隼人をお願い」

 僕ら夫婦はキッチンに入った。

 越後の餅雑煮には十種類以上の具が入る。日本一具沢山ぐだくさんな雑煮だ。大晦日のご馳走で余った食材を残らず使うからという説がある。トト豆と呼ばれる茹でたイクラをトッピングするのが特徴だ。トト豆は雑煮を食べる直前に別茹でし、水で洗って臭みをとる。トト豆作りにはコツが要る。まだ美子には任せられない。

 トト豆の水切りが終わった時だった。  

「ねえ、ハヤちゃんがつかまり立ちをしているよ」

 綾が僕らを呼んだ。

 炬燵の天板に手をついて隼人がつかまり立ちをしていた。

 爆竹の音が聴こえたような気がした。




   

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