魔法少女ミラクルピンク、みんなのカワイイを守ります!

猿島茶付

第1話 カワイイは正義だ その①

 カワイイは正義だ。

 目の前にいる小さな生き物を見て、鉄臣はそう思った。



◇◇◇



 暖かな日差しが差し込むとあるカフェ。ここはSNSに映えることで有名になり、毎日行列ができるほどの人気スポットだった。

 木造のおしゃれなカフェテーブル、その上に並べられた色彩豊かなスイーツたち。シンプルな装飾のティーカップを片手に、それらを口に運んでは談笑する女性陣。


──を、道の向こうから羨ましそうに眺める男、不動鉄臣ふどうかねおみ

 鍛え上げられた肉体に、180以上もある身長、そして人を殺していてもおかしくないような剣呑な瞳。

 彼はその瞳を鋭く光らせ、ぽつりと呟く。


「……いいなあ、俺も食べてみたい」


「カワイイ、おいしい、どっちも選びたいワガママなあなたへ!」と書かれたウェブページを閉じる。

 そして溜息を吐いて、その店から離れた。


 鉄臣は昨夜ネットサーフィン中に偶然この記事を見つけて、わざわざ隣町までやってきた。

 だが、ファンシーな店の雰囲気と、女性ばかりの客層。そこにそぐわない自分自身の性別と体格を見比べて、つい足踏みをしてしまったのだ。


 入店した途端に浴びる視線と聞こえてくる嘲笑。笑顔で接客している店員もきっと心の中では馬鹿にしているはずだ。バックヤードで変なあだ名をつけられているに違いない。

 そんな疑心が鉄臣の中でぐるぐると大きくなり、どうしても店の敷居を跨ぐことができなかった。



 電車に乗って帰る気にもなれなくて、河川敷を川に沿ってブラブラと歩く。

 陽の光を反射して、眩しいぐらいに輝く川が煩わしかった。

 鉄臣はその辺に落ちていた小石をつま先ではじいた。右、左、とドリブルの要領で転がしていく。だが、すぐにそれは勢いよく転がっていき、茂みの中に入って見えなくなった。


 その茂みをしばらく眺めていた鉄臣は、また溜息を吐く。

 なんだかうまくいかない日だ。

 土手に腰かけて空を見上げた。


 不動鉄臣は昔から可愛いものが好きだった。

 マスコットや人形、花、アクセサリー、そしてスイーツ。

 スマホを持つようになってからは、秘密裏に可愛いと思う店を調べては、そこに訪れていた。だが、いつも店の前で物怖じしてしまい、そのまま帰るところまでがお決まりのパターンなのだ。


 例えば、性別が違ったら。

 (1人でもカフェに入る勇気が持てていた)

 例えば、体格や顔が違ったら。

 (男でもあの場に馴染むことができた)


 膝を引き寄せ、そこに顔を埋める。

 こんなの、ないものねだりだ。鉄臣にもわかっていた。


「……でも、一度でいいから、可愛いカフェで美味しいケーキを食べてみたいよな」

「へぇ、それがアンタの夢だクル?」


 甲高い声と共に、一陣の風が吹きすさぶ。風圧に耐えかねて思わずその顔を上げた鉄臣の目の前に、マグカップに収まりそうな大きさの女の子が浮かんでいた。


 文字通り浮かんでいるのだ、背中に生えた翅を動かして。


「は、はぁぁぁ!?」

「なによ、レディに向かってその反応は失礼クル!」


 腰を抜かす鉄臣に、頬を膨らませて憤慨する女の子らしきなにか。

 おとぎ話の中の妖精といった表現がしっくりくるだろうか。新緑を思わせる二対の翅が太陽の光を浴びて輝いている。

 彼女の羽ばたきに合わせて、ピンクが基調のふんわりとしたパニエのワンピースがゆらゆらと揺れていた。


「キミは……」

「アタシはミクル。アンタの夢をちょこっとだけ食べさせてほしいクル」


 夢を食べる? なんだそれは。

 鉄臣は目を白黒させた。


「くれるの? くれないの? どっちクル!?」


 ミクルと名乗った妖精は、答えを急かすように鉄臣の周りを飛び回る。


「レディを待たせるなんて失礼クル! 早く決めるクル!」


 反応を返さないことに焦れたミクルは、ビシ、と鉄臣の鼻の前にその小さな指をつきつけた。

 ぱっちりとした目にぷっくりと膨らんだ小さな唇、マシュマロのように白くて柔らかそうな肌。


「か、かわいい……」


 気付けば鉄臣はそう呟いていた。

 それを聞いたミクルの顔が真っ赤に染まり、体をぷるぷると震わせる。


「今はそんな話をしてるんじゃないクル!」


 全身を使って怒りを表現するミクル。

 ぽこぽこと効果音が聞こえてきそうな様子に、鉄臣は緩む頬を抑えられずにいた。

 

「早く、早くしないとあいつらが……!」


 ここまで言ったミクルが、まずいことでも口走ったかのように手で口を覆った。そして、ゆっくりと後ろを振り返り、顔をサッと青ざめさせる。


「どうした?」


 自分を両手で抱きしめガタガタと震えるミクルに手を伸ばす。

 彼女の鮮やかな桃色の前髪を人差し指で分けた。俯く彼女の瞳を一目見ようと、ミクルの顔を覗き込んだ。

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