007 プリエマ初主催のお茶会
【グリニャック視点】
はて? プリエマには確かに同派閥の令嬢のリストは渡しましたが、まさかリストに載っている全員をお茶会に招待するとは思いませんでしたわ。
一応伯爵家以上の令嬢に丸印を付けておいたのですが、気にしなかったのでしょうか?
プリエマが初めて主催するお茶会は、同派閥の令嬢、それこそ男爵家から公爵家までの令嬢、そしてウォレイブ様の側妃婚約者候補者を集めての大規模なお茶会になってしまいました。
最初から飛ばしますわね、プリエマ。
会場になっている離宮の中庭に、招待客が全員集まりましたので、わたくしはプリエマの開始の挨拶を待っているのですが、プリエマはニコニコして一向に開始の挨拶を致しません。
「プリエマ、主催者でございましょう。ご招待なさった方々が揃ったのですから、開始の挨拶をしなくてはいけませんわよ」
「あ! そうでした。……コホン、お集まりいただきありがとうございます。私が主催する初めてのお茶会にこんなに沢山の人が集まって下さってとても嬉しいです。皆様、どうぞお茶会を楽しんでいってくださいね」
プリエマがそう言うとあちらこちらのテーブル席からパラパラと拍手がされます。
まあ、初めてのお茶会主催ですし、今までわたくしが主催したお茶会を尽く断って来て令嬢との繋がりを作って来ませんでしたので、こんなものかもしれませんわね。
だからあれほどお茶会に参加するように言っておりましたのに。
思ったよりも少ない拍手に少し気を悪くしたのか、プリエマは扇子の下で唇を尖らせていました。
ええ、横に座っているわたくしにはよく見えましたわ。
「プリエマ、だからあれほどお茶会に参加するように言っておりましたでしょう? まばらな拍手はプリエマの今の人気度を物語っておりますのよ」
「だって、以前はセルジルと結ばれるから令嬢同士の繋がりなんて必要ないって思っていたんですもの」
「まったく……。ほら、主催者なのですから、各テーブルを回って、ご挨拶をしていらっしゃい」
「面倒ですね」
「それが主催者の仕事ですわ。王妃様だってなさっていたでしょう?」
「そうですけど、もう皆様が会場に来るときに挨拶は済んでいますし、改めて私がいかなくてもいいのではないですか?」
「そういう問題ではございません。ほら、行ってらっしゃいな」
「はーい」
渋々、と言った感じでプリエマは席を立ち、顔に笑みを張り付けたまま各テーブルを回っていきます。
もう少し小規模なお茶会でしたら、挨拶も早く済むのですが、こんなに大勢を呼んでのお茶会ですもの、挨拶にも時間が掛かりますわよね。
わたくしはそう考えながらのんびりと紅茶を頂くことにしました。
プリエマが席を離れている間、わたくしはクレマリーにプリエマの王宮での生活を聞き出しておりました。
やはり、思った以上に王族教育や淑女教育をサボっているようでして、本気で聖女になる気があるのかと疑ってしまいたくなりますわね。
神様はプリエマの器が足りないと仰っておりましたけれども、このままでは期限まで間に合わないのではないでしょうか?
先日街で隣国の第二王子らしき人も見ましたし、まったく困った事ですわね。
そう考えておりますと、下座の方から騒ぎ声が聞こえてきましたので、そちらの方を向きますと、プリエマが紫色の髪の令嬢、確かエロイーズ男爵家のエルネット様でしたわね、その方と言い合いになっているようです。
ふう、フォローするのも姉の役目ですわよね。
わたくしは席を立つと騒ぎになっている方に向かって歩き始めました。
【プリエマ視点】
あーあ、お茶会なんて主宰するものじゃないわね。
挨拶回りをしなくちゃいけないなんて面倒くさいわ、それに挨拶に行った席で、あんまり歓迎されている感じもないし、ちっとも楽しくないわ。
お姉様はよくこんなお茶会を定期的に開くわよね。
もの好きにも程があるわ。
まあ、それでも上座に座っている高位貴族の令嬢達は表面上は笑顔を浮かべて私の挨拶を受け入れてくれているみたいだけど、下位貴族の席を回っている時なんて最悪。
それまで楽しそうにおしゃべりをしていたのに、私が席に行った途端にぴたりとおしゃべりを止めて、引きつった笑みを向けて来て、言ってくるのはおべんちゃらだけ。
飽き飽きしちゃう。
それでもまあ、ウォレイブ様の側妃婚約者候補の言ってくる嫌味よりはましだと思って我慢してあげているのよ。
なによ、なにが「家の力を使って正妃婚約者になれてよかったですわね」よ! 私は自分の力でアーティファクトを見つけてウォレイブ様の婚約者になったのよ! 失礼しちゃう!
ウォレイブ様の寵愛が私にだけあるってどうして理解できないのかしら? 皆様頭が悪いわよね。
普段の私とウォレイブ様の様子を見ていれば、わかりそうなものなのに。
ああ、現実逃避? 自分にもまだチャンスがあるとか夢見ちゃっているのかしら? ふん、無駄な足掻きよね。
まあ、私がウォレイブ様と結婚したら、側妃を迎えることも許してあげなくはないけど、ウォレイブ様は私だけを愛してくれるんだから、側妃になっても寂しい毎日を送るだけよね。
そんな事を考えながら、男爵令嬢が集まっているテーブル席に座ったわ。
他の下位貴族の令嬢達と同じようにそれまで楽し気におしゃべりをしていたのをぴたりと止めて、張り付けたような引きつった笑みを浮かべて私の方を見てくるの。
全く、本当に飽き飽きしちゃう。
「ふん、アーティファクトを見つけても、正式起動出来ないなんて、ヒロイン失格なんじゃないのかしら」
ふと、そんな声が聞こえて来て私は声のしたほう、紫色の髪の毛の令嬢を見た。
えっと、確かエロイーズ男爵家のエルネット様よね。
って! この子、私がアーティファクトを探している時に何度もあった子じゃないの!
今の発言と言い、あの時の様子と言い、転生者確定よね。
「エルネット様でしたかしら? 私に何か文句でもあるのですか?」
「いいえ、別に? アーティファクトを見つけた見返りにウォレイブ様の正妃婚約者の座に納まったんでしょうけど、未だに正式起動出来ないなんて、意味がないんじゃないかって思っただけですよ。出来損ないのヒロインを掴まされたウォレイブ様ってば本当にお気の毒」
「なっ! 貴女、誰に向かって物を言っていると思っているのですか? 私は公爵令嬢でウォレイブ様の正妃婚約者なのですよ!」
「知っていますけど何か? ああ、私の家をつぶすとか脅す気ですか? 別に構いませんよ。もともと平民と大差ない暮らしをしていますし、あたしには婚約者がいるわけでもないですからね。お父様とお母様だって、変に貴族のしがらみにとらわれているより、平民として暮らしたほうが楽かもしれないなんて言っていましたもの」
「男爵令嬢の分際で無礼です! 今此処で謝って下さい!」
「えー、何を謝らなくちゃいけないんですか? あたしは何も間違ったことは言っていませんよ?」
何なのこの失礼な子は! 今すぐ打ち首にしてやりたいわ!
「私は、自分で努力して今の地位を獲得したのです、誰かに文句を言われる筋合いはありません」
「でも、アーティファクトは正式起動出来ていませんよね? ヒロインのくせに情けない。あ、もしかして神様の啓示を受けるほどの実力がないとか? ……あは、当たっちゃいましたか?」
「なっな……」
確かに神様には今のままでは私にはアーティファクトを一人で正式起動することは出来ないって言われているけど、正式起動するために私だって王族教育とか淑女教育とか頑張っているじゃないの。
こんなわけのわからない転生者の男爵令嬢にこんなこと言われるなんて冗談じゃないわ!
「ちょっと! 無礼にも程があるんじゃないですか? たかが男爵令嬢のくせに! どうせ貴女も転生者で、アーティファクトを使って五強かブライシー王国の第二王子狙いだったんだろうけど、おあいにく様。アーティファクトはもう国王陛下に献上したし、私はその功績を認められてウォレイブ様の正妃婚約者になったのです。結局は何も出来なかった貴女とは違いますのよ」
「……ふーん、負け惜しみですか? そう言うのは、アーティファクトを正式起動してから言ってくれます?」
「貴女!「プリエマ」お姉様……」
さらに言いつのろうとした所で、お姉様がやって来て私の肩を軽く押さえて来た。
「お茶会で主催者自らが騒ぎを起こすとは何事ですか。エルネット様でしたわよね、わたくしの妹になにかございまして?」
「別に。ヒロインのくせにアーティファクトを見つけたのにもかかわらず未だに正式起動出来てないなんて、情けないって言っただけです」
「……ヒロインと言うのはよくわかりませんが、アーティファクトの件は、今、正式起動させるためにプリエマが努力している最中でございます。関係のない貴女が口出す事ではございませんわよ?」
「ふん、悪役令嬢のくせに妹を庇うんですか? グリニャック様も怪しんですよね、シナリオとあんまりにも動きが違い過ぎるし、グリニャック様も転生者なんじゃないですか?」
「転生者とは何のことでしょうか?」
「誤魔化すんですか?」
エルネット様の言葉に、お姉様が肩を竦めて「ふう」と扇子の下で溜息を吐くと、私の肩から手を離した。
「ヒロインだとか悪役令嬢だとか、まるで物語の中のようなお話ですわね。いい年をしてそんな夢見がちでは、お嫁の貰い手もないのではございませんか? ああ、婚約者は未だにいらっしゃらないのでしたわね。ガゼルーノ男爵家のご長男と婚約の話が進んでいると噂で聞きましたが、その様子では頓挫していらっしゃるのかしら?」
「ルネストル様は関係ありません!」
「そうですか? では、貴女もプリエマとウォレイブ様の事には関係ありませんわよね? 噂話で盛り上がる程度でしたら見過ごして差し上げてもよろしいですが、あまり堂々と批判するような態度は褒められたものではございませんわよ? まあ、男爵家の令嬢に品性を求める方が間違っているのでしょうか?」
そう言ってお姉様が同じ席にいる男爵令嬢達を見ると、見られた男爵令嬢達は蒼白な顔をしながら首を勢いよく横に振っている。
「あら、違うようですわね。ではエルネット様が特殊なのでしょうか? 以前わたくしが主催するお茶会にお誘いした時も思いましたが、夢見がちも過ぎると毒ですわよ?」
「なによ! 悪役令嬢のくせに!」
そう言うと、エルネット様は席から立ち上がってドスドスと足音が聞こえてきそうな勢いで、お茶会の会場になっている離宮の中庭から出て行ってしまった。
「全く、困ったものですわね。エロイーズ男爵家には後ほど苦言のお手紙を出さなければいけませんわね、プリエマ」
「え? え、ええ。そうですね、お姉様」
「……皆様、少々騒がしくなってしまいましたが、折角プリエマが初めて主催したお茶会でございます、皆様はどうぞ最後まで楽しんでいってくださいませ」
お姉様はそう言うと、元の席に戻って行ってしまう。
私もなんとなくこの席に居づらくなってしまったので、お姉様を追って元の席に戻った。
「プリエマ、主催者が騒ぎを起こしてどうしますの」
「だって、あのエルネット様ってばすごく失礼だったんですもの」
「まあ、多少は聞こえてきましたが、それでもいなすことを覚えなければ大公妃などやっていけませんわよ?」
「はい」
「そう言った事も、淑女教育には組み込まれているはずです。サボらずにちゃんと講義を受けるようになさいませ。クレマリーから聞きましたよ、たまにどころではなくしょっちゅうサボっているそうではありませんか」
「う……。だ、だって」
「だってではございませんわ。アーティファクトを正式起動するために努力すると言ったのは貴女自身でしょう?」
「はい」
「お母様に先ほどの事が知られてしまったら、この程度のお小言ではすみませんわよ?」
「お姉様、お母様には言わないで下さい」
「ふう、わかりましたわ。その代わり、きちんと教育を受けるのですよ」
「はーい」
仕方ないわね、少しは真面目に講義に取り組むしかないわね、お母様のお小言とか煩そうだもの。
それにしても、さっきのエルネット様の実家、ウォレイブ様に頼んで本気で潰してもらおうかしら?
本人だって潰れても構わないって言っていたし、いいわよね?
そういえば、エルネット様もお姉様の事を転生者なんじゃないかって疑っていたけど、やっぱりそう見えるのよね。
あの返し方だと、お姉様は本当に何も知らなさそうな感じだけど、隠しているっていう可能性もあるし、ここは慎重に見極めなくっちゃ。
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