エルフとチャーハン

玄門 直磨

エルフとチャーハン

 じいちゃんは晩年、こんな事を言っていた。

『俺は昔、異世界に行ったことが有るんだ。そこで色々冒険してなぁ。その中でエルフの女の子と良い感じになったんだが、種族が違うし、俺は異世界の人間だから、結局結ばれる事は無かったんだよ』

 正義感が強く、真っ直ぐな性格だったじいちゃんがそんな事を言い始めたのは、認知症が進んでからだった。

 だからか、家族の殆どは単なる妄想だと相手にしていなかった。

 けど俺は、それが嘘や単なる妄想だとは思えなかった。

『ほれ、海星かいせい。これ食ってみろ』

 ある日、そう言って出されたのはチャーハンだった。じいちゃんが作ってくれた唯一の料理。でも、そのチャーハンはいつもと違った。

『コレは特別なチャーハンでな、エルフの女の子の胃袋を掴んだチャーハンだ。こっちの世界で似た食材を集めるのに苦労したが、限りなく再現できたと思う』

 いつもはもっとシンプルなやつだけど、その日作ってくれた物は、五目チャーハンと言って良いぐらい様々な具材が入っていた。

 少し味が濃かったけど、食べ応えが有ったし、ハーブの様な香りがとても印象的で満足出来た。


 そして今、目の前には動かなくなったじいちゃんがいる。

 病院のベッドの上。

 様々なチューブが繋がれた身体。

 百十七年間動き続けていた心臓が、ついさっき、その鼓動を止めた。

 今際の際、じいちゃんは呟いた。

、もいうちど、あいたい」

 とても掠れた声で。

 家族は「死ぬ寸前までおばあちゃんの事を思っているのね」と涙したが、十年前に死んだばあちゃんの名前は『美奈みな』だ。

 家族にはそう聞こえたのかも知れないが、俺には『ミア』と聞こえた。


 じいちゃんが亡くなったあと、遺品整理が行われた。

 母親が、押し入れの中から宝箱の形をした収納ボックスを引っ張り出す。

「何? コレ。異世界レシピノート? 全く、おじいちゃんったらこんなものまで書いて。コレはゴミね」

 そう言ってまず母親が取り出したのは、薄汚れた手帳だった。

 革で作られた表紙には、綺麗な銀細工が施されている。

「うわ! なぁにこの布切れ。何かのコスプレ衣装かしら?」

 続いて取り出したのは、頑丈そうな麻で出来た服だった。所々穴が開き汚れているそれは、所謂いわゆるファンタジー世界の冒険者の服みたいだった。

 その他には皮の袋が入っており、中身を確認してみると乾燥した葉っぱが入っていた。

「全く。こんなものを大事に取っておくなんて。全部処分で良いわね」

「待って。それ、俺がもらうよ」

「ええっ!? まぁ、別にいいけど。いらなくなったら自分で処分するのよ」

「分かったよ」


 俺は宝箱ごと自分の部屋に持ち帰ると、手帳を取り出し早速中身を確認してみる。

 ちょっとクセのあるじいちゃんの字で、手帳にはビッシリと色々な料理のレシピが書かれていた。

 そこには、以前一度だけ作ってくれたチャーハンのレシピが乗っていた。

【エルフをオトしたチャーハン】

 材料はどれも聞いたことにないものばかり。

 俺は確信した。やはりじいちゃんは昔、異世界を冒険したことが有るんだと。

 続いて、冒険者の服を広げてみる。

 サイズは自分にピッタリだった。

 見た目は汚れているけれど、変な匂いはしなかった。恐らくきちんと洗濯してあったのだろう。


 俺は次の日、冒険者の服一式と手帳、以前通販で買った模造品のクレイモアを持って、とある公園を訪れた。

 茨城県にある七ッ洞公園。

 ここは自然環境をそのまま残したようなイギリス式庭園が有名で、五つの池や、古代ローマやギリシャを思わせる建築物、そして井戸がある。

 映画や特撮、プロモーションビデオなどの撮影にも使われた事のある場所で、ここに来た目的はそう、自撮りだ。

 この場所で、冒険者の服を着て撮った写真をSNSにアップすればバズるに違いない。そう思ったからだ。

 人目につかないようコッソリと着替えると、早速撮影のために井戸へ向かった。

 周りに人が居ない事を確認すると、自撮りを開始する。

「う~ん。やっぱ自撮りだと、クレイモアを構えての撮影が出来ないな」

 何回か試行錯誤してみたが、やはり片手では限界がある。

 俺は仕方なく、井戸をバックにしての撮影を諦め、井戸にスマートフォンをおいて撮影する事にした。

 タイマーをセットし、井戸の淵にスマートフォンを置く。少し離れ、ポーズを決めようとした時だ。

「あっ!? スマホが!!」

 置き方が悪かったのか、パタリとスマートフォンが倒れる。

 今にも井戸に落ちそうなスマートフォン。すぐさま駆け寄るが間に合わなかった。

「くそっ! マジかよ!?」

 慌てて井戸を覗き込むと、まばゆい光が眼前に押し寄せてきた。

「えっ!?」

 俺はそのまぶしさに、気を失ってしまった。


 目を覚ますと、井戸の横に俺は倒れていた。周りを見渡すが、意識を失う前とは全く異なる風景。

「ここは、どこだ?」

 石畳の地面。西洋の物と思わせる家屋。どう見ても七ッ洞公園では無かった。

「確かじいちゃんが異世界に行ったのって、丁度俺ぐらいの年って言ってたよな」

 もしかしたら俺も、異世界転移してしまったのかも知れない。

 耳を澄ましてみると、遠くから賑やかな声が聞こえる。

 どうやらどこかの街外れらしい。

 俺は、傍に有った模造品のクレイモアを拾うと、立ち上がった。

「とにかく、少し周りを散策してみよう。何かわかるかも知れない」


 入り組んだ細い路地を抜けると、活気のある大通りに出た。

 様々な商店が軒を連ね、人々が楽しそうに通りを行き交っている。しかもそれは人間だけでは無かった。ファンタジー世界でいう所の、ドワーフ、ホビット、そしてエルフ。

 そんな様々な種族が楽し気に会話をしながら歩いている。

「や、やっぱり、異世界だ!」

 俺は困惑と同時に興奮を覚える。じいちゃんが言っていたことは本当だった。

「けど、なんでこんなに賑わっているんだろう」

 俺は近くを通りかかった人間に声をかけてみることにした。

「あ、あの、今日、何かやってるんですか?」

「何だい? 冒険者さん。あんた知らないのかい? 今日はミスティア王国の百年祭じゃないか」

 声をかけた恰幅のいい中年の女性は、笑顔でそう答えてくれた。

「ミスティア、王国?」

「あら、そんな事も知らないなんて。まぁいいわ。このミスティア王国は、エルフの女王ミスティア様が治める国だよ。百年前までは人間と戦争をしていてね。当時は別の国名だったんだけど、ミスティア様が戦争を収め、人間と交流を持ち始めてから今日で丁度百年なのさ」

「戦争をしていたんですか?」

「あぁそうさ。当時は人間とドワーフが手を組み、エルフとホビット達と争っていたそうさ。でも、当時のエルフの王が崩御し、ミスティア様が王の座についてから一変。和平が成立して戦争が終わったのさ。あぁそうだ。ミスティア様を見たければお城に行くと良いよ。お触れを出して、人を集めていたみたいだからね」

 女性はとても有益な情報をくれた。お礼を言うと、俺は早速城に行く事にした。


 城の前に着くと、張り紙がされた看板が立っていた。

“女王の舌を満足させた者には、何でも褒美をとらせる”

 どういう事かと近くにいた兵士に尋ねてみると、どうやら自慢の料理を作れ、との事らしい。

 しかも、調理器具や食材は王国で準備までしてくれるという事だった。

 俺は興味が湧き、参加してみることにした。


 城へ入り、参加を告げると城内の中庭に案内された。

 そこには臨時の調理場が準備されており、至る所に調理台や釜戸が置かれていた。

 既にそれなりの参加者が自慢の料理を作っているようだった。

 調理台の前に立つ。

 作る料理は決めていた。じいちゃんが作ってくれた、エルフの胃袋を掴んだというチャーハンだ。

 どれがなんの食材か全く分からないため、兵士に手帳を見せながら食材を集めた。

 鍋で米を炊いている間に、他の食材の下ごしらえをする。

 ゴートボアの肉を1㎝角のサイコロ状にし、キャロテ、ベルリカは1㎝四方の色紙切り、グリーキはみじん切り、シターキというキノコを1㎝の角切りにする。

 ご飯が炊けたところで鉄なべに油をしき、具材を炒め、塩・コショウ、オイプルという液状の調味料、蜂蜜で味を調える。

 そこに卵と米を入れ、全体をよく混ぜ合わせたら完成だ。

 ただ、一つ問題があった。

 じいちゃんの手帳に書かれたレシピの最後の工程にはこう書かれている。

『お皿に盛り付けたら【世界樹の葉】をちらす』と。

 食材の準備を手伝ってくれた兵士に聞いたところ、【世界樹の葉】は幻と言われているアイテムで、手に入れることがとても困難な物らしい。そのため、市場には良く偽物が出回るそうだ。

 会場には様々は葉物野菜が準備されていたが、どれもピンと来ない。

「ちらすって書いてあるから、細かく刻んだものか、ふりかけみたいな物だと思うんだけど――っあ!」

 そこでふとある物の存在を思い出す。

 小さな布袋。そこに入っていた乾燥した葉っぱ。

「もしかして、これか?」

 布の袋を取り出し、中の匂いを嗅いでみると、爽やかな柑橘系の様な匂いがした。

 ひとかけ口に含んでみると、レモングラスの様な、ローズマリーの様な爽やかさと華やかさが混ざりあった香りが鼻に抜けた。どうやら食べても問題なさそうだ。

 俺はダメ元で、その乾燥した葉っぱをチャーハンにふりかけた。


 参加者全員の調理が終わると、会場の長テーブルにそれぞれの料理が並べられた。

 そして、ファンファーレと共に近衛兵を連れた煌びやかなドレス姿のエルフが会場に姿を現した。

 見た目は人間でいう所の50代ぐらいだろうか。多少の皺が見受けられるも、とても美しい女性だった。

 艶のあるストレートロングのシルバーヘアー、スッと通った鼻筋。切れ長で妖艶さを持ち合わせた緋色の瞳。そして、気品のある立ち振る舞い。

 間違いなく、この国の女王だろう。

 俺を含め調理を行った者たちは、料理が並べられたテーブルより離れた場所に待機させられていた。

 女王が席に着くと、次々に料理が目の前に出されて行く。それを無言で一口食べては首を横に振る女王。

 その度に、料理を作った者の悲痛な声があがる。

 そして、俺の料理が目の前に出された時、女王の目が一瞬見開かれた。そして、遠くからでは良く見えないが、スプーンを持つ手が少し震えて見えた。

 女王は一口分を掬うと、ゆっくりと口の中へ運んだ。だがその瞬間、スプーンを落したかと思うと、手で口を押えうずくまってしまった。

 どよめく会場。

 沸き上がる近衛兵の怒号。

 女王は駆け寄った近衛兵になにか伝えている様に見えたが、実際何を話しているのかは分からない。

 気が付いた時には、俺は捕縛されていた。


 俺はてっきり投獄でもされるのではないかと思っていた。

 だがどうだろう、実際連れてこられたのは応接室のような場所だった。

 程なくして、奥の扉が開くとエルフの女王が姿を現した。

 俺の姿を見ると

「何をしているの!? 今すぐその拘束を解きなさい! 大事なお客様ですよ!」

 と声を荒げ、俺を拘束していた近衛兵を叱責した。

「ハッ!」

 と俺を拘束していた近衛兵が返事をすると、すぐに拘束を解いてくれた。

「手荒なことをしてゴメンなさいね。どうやら勘違いが有ったみたいで。どうぞ、座って」

「い、いえ……」

 俺は全く意味が分からないまま、ソファに腰かける。

 ローテーブルを挟んだ向かい側に女王が座ると、柔らかな笑みを浮かべた。

 その瞳は、少し赤らんでいるように見えた。

「改めて、私はミスティア・リーデンベルク。この国の王を勤めています。お名前をお伺いしてもよろしいかしら?」

「えっと、は、はい。お、おr、私は海星。如月海星きさらぎかいせいと言います」

「あなた、如月海斗きさらぎかいとという方はご存じかしら?」

「あっ、それ、多分じいちゃんの名前です」

「そう。やはり、どことなく面影があるわね。海斗は元気にやっているかしら?」

「その……、じいちゃんは先日、死にました」

「……そう、ですか」

 女王は俯く。そして、後ろに控えていた衛兵に外へ行くよう声をかけた。

「その、海斗は何か言っていませんでしたか? こちらの世界の事とか……」

 二人きりになると、女王は静かにそう切り出した。

「そうですね、じいちゃんは殆ど自分の事を話すことはありませんでしたが、晩年に少しだけ異世界で冒険をしたことが有るんだと話してくれました」

「そこで、あの料理を?」

「はい。一度作ってくれて、遺品を整理していた時に、レシピの書かれたこの手帳が出てきたんです」

 俺は懐から手帳を取り出す。

「あら、懐かしい。その手帳は、私がプレゼントしたもの何ですよ。生涯大切に持っていてくれたのですね」

「はい、この服と一緒に大切にしまわれてました」

「そうですか。もう一度だけ会いたかったわ。彼、死ぬ間際に何か言ったのかしら」

 そういった女王の目には涙が少しだけ浮かんで見えた。

「はい。死ぬ間際に『ミア、もいうちど、あいたい』そう、呟きました」

 俺がそういった瞬間、女王の瞳から涙が零れ落ちた。

 そして、口元を抑え嗚咽を漏らし始めた。悲しみのダムが決壊したのだろう。

 俺は黙ってそれを見ているしかなかった。


「取り乱してしまってゴメンなさいね」

 暫く泣いて冷静さを取り戻したのか、女王は静かに言った。

「い、いえ」

 それほどこの人は愛していたのだろう、じいちゃんを。

「いえね、あの人ってば急に居なくなってしまったんですもの。突然、何にも残さずに」

「そう、だったんですか」

「あの人が居なくなってから、しばらくはずっと探していたの。始めは数日経てばひょっこり顔を出すと思っていたのだけれど、一か月経っても二か月経っても、一年たっても姿を現さなかった。そして十年経ってやっと、あぁ、元の世界に戻ったんだわ、って思えたの」

 そして続ける。

「でも不思議よね。あの人には会えなかったけど、あの人の血を継ぐあなたにこうやって会う事が出来た。これも運命の巡り合わせなのかしら――ゲホッゲホッ!」

 女王は突然せき込み、喀血かっけつした。

「だ、大丈夫ですか!?」

 俺は慌てて女王に近づく。

 喉がヒューヒューと鳴っている。

「え……えぇ、大丈夫よ。ゴメンなさいね、見苦しい所をお見せして」

 口元に付いた血を女王が懐から出したチーフで拭う。

「実は、私の寿命も尽きかけているの。だから最後に、あの人が作ってくれたチャーハンが食べたくなって、大会を開いたのよ。当然諦めていたわ。けど、あなたが現れて作ってくれた。とっても懐かしかったわ。ありがとう」

「いえそんな。じいちゃんが作ったやつの方が何倍も美味しかったですから」

「ふふ、謙遜しなくていいのよ。あの人の味付けはチョット濃すぎたのよね。私はあなたの味付けも好きだわ」

「ありがとうございます」

「さて、約束通りあなたには褒美をあげなくちゃいけないわね。何がいいかしら?」

「そんな、褒美だなんて! 女王様に、じいちゃんの想い人に会えただけで充分です」

 参加を決めた瞬間は確かに邪な考えはあった。でも今は、褒美は特に欲しいとは思わない。

「あら、嬉しい事を言ってくれるのね。でも、それだと私の立場が無いわ」

「で、ですが……」

「本当に何もないのかしら? 些細な事でも良いのですよ?」

「分かりました。そうしたら、暫くお城に住まわせてください」

「ええ、それは構いませんが、それだけでよろしいのかしら」

「いえ。じいちゃんの話を聞かせてください。一体どんな冒険をしたのか。その代わりと言っては何ですが、私がじいちゃんのレシピを元に料理を作りますから」

「まぁ本当!? それは嬉しいわ」

 女王の顔がパッと明るくなる。

「海斗との冒険はね、実は物語にしてあるのよ。書いたのは私ではないんですけどね。ちょっとお待ちになってね」

 そう言うと女王はゆっくりと立ち上がり、奥の扉へ入って行った。

 程なくして、一人の若いエルフの少女と一緒に戻って来た。

 その少女の手には、分厚い本が握られている。

「紹介するわね。この娘はミレーニア。私の孫よ」

 ミレーニアと呼ばれた少女は、少し不貞腐れたようにぺこりとこちらに頭を下げた。

 俺はその少女に、一目惚れした。

 俺の冒険は、ここから始まるのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エルフとチャーハン 玄門 直磨 @kuroto_naoma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ