こぎつね食堂アル・モンデ

吉岡梅

きつね色のトリオのカルボナーラ

羽菜はなは冷蔵庫を覗き込み、思わず「おぅ……」と呟いた。


所狭しと詰め込まれた食材に調味料。食器ごとラップをかけたままの残りもの。みっしり詰まったチルド室には賞味期限の危うい肉がひしめいてる。控えめに言って、クレイジーだ。


ため息を吐く羽菜の肩口から、ぴょこりと少年が顔を出した。


「うはー。また凄いのう。大漁なのじゃ。羽菜殿は冬眠でもするつもりか」

「しないっての! タマモ!」


紺藍こんあいの浴衣にきつね色の髪。やや吊り上がった大きな瞳をまるで糸のように細めて呵々かかと笑う。見た目は可愛いのに、所作がいちいち爺くさい。


実はこの玉藻タマモと名乗る少年、人間ではない。お稲荷様だ。姿形すがたかたちは6~7歳の少年だが、本当は880歳――と、本人は言っている。


本当のところ、お稲荷様かどうかはわからないが、ときおり耳やしっぽがぴょこぴょこ飛び出てくる。少なくともである事は間違いないだろう。


ふらりとやって来てはご飯を作ってくれる不思議な少年。ちょっと胡散臭い気もするが、一人暮らしの羽菜にとっては、正直ありがたい。


「むむむ……卵の賞味期限がピンチなのじゃ。牛乳と、あと、やきそば麺も」

「賞味期限ってすぐ来るよね。なんでだろうね」

「買ってくるだけで作らないからでは?」

「くっ。し……仕事が忙しくて料理してる暇無いっていうかー」

「ならば材料は買わずに全部外食でいいのでは」

「それはお金がー。っていうか、やっぱり社会人として料理はきちんとしなくっちゃっていうかー。でも暇がー。作っちゃうと洗い物も出るしー。つか買い物してる時は楽しいしー」


目を逸らしてぶつぶつ言う羽菜を、玉藻はジト目で見つめる。


「まあ良いのじゃ。おかげでわしは料理を楽しめるからの。ええと、卵に牛乳、やきそば。ふむ、これは蒸し麺じゃな。ならば確かベーコンが……あったあった。あとはチーズがあればいけるんじゃが」

「あるよ。昔パスタ用に買った粉チーズ」

「流石じゃ! いろいろ貯め込んでるの」

「それ褒めてる?」

「もちろんなのじゃ。では」


玉藻は懐から葉っぱを取り出すと、頭の上にちょこんと乗せる。むにゃむにゃと何事か呟き、くるりととんぼ返りをすると、浴衣姿の少年があっというまに真っ白なキッチンスーツにきつね色のエプロンとキャスケット姿へと早変わりした。


「よし。では調理開始なのじゃ」


シンク前の床に台を置くと、ぴょんと飛び乗った。


まずはベーコンを短冊切りにして、フライパンで炒める。油が出てきたら、チューブにんにくを少し入れ、さらに炒める。


「ころあいじゃろか。カリカリまで焼いてもいいけど、どっちが好みじゃ?」

「カリカリでお願いします」


玉藻が頷く。ベーコンがこんがり焼けたら、同じフライパンにやきそばの麺を入れ、さっとなじませると顆粒コンソメを少々。さらに牛乳を流しこむと、ジュワっと音がしてフライパンの上に景気よく湯気が上がった。


「蒸し麺じゃからの。今回はお湯でなく牛乳なのじゃ」

「なんでなの」

「卵とチーズと相性がいいのじゃ。それになんと言っても」

「言っても?」

「余っておる」

「くっ……」


手早く麺を蒸し焼きにすると、火を止め、粉チーズをどっさりかけて軽く和える。そして少し待ってから生卵を割り入れ、フライパンの中でぐるぐると混ぜ合わせた。


「ね、なんで今少し待ったの?」

「フライパンが熱すぎるうちに卵を入れてしまうと、スクランブルエッグみたいに固まってしまうのじゃ」

「なるほど」

「よし、こんなものじゃな。羽菜殿、お皿を出して貰えぬか」

「おっけー」


玉藻は皿に小山のようにやきそばを盛ると、仕上げに黒こしょうをかけた。


「うむ! お稲荷特製やきそばお待たせなのじゃ」

「やったー」


真っ白な平皿の上には、チーズと卵を纏い、つやつやときつね色に輝くやきそば麺の小山。そのぽってりとしたの所々から赤いベーコンが顔を覗かせ、山頂付近に積もる黒い胡椒がまた食欲をそそる。2人はフォークを手にしたまま、ぱちんと両手を合わせた。


「「いただきまーす」」


蒸し麺特有のもっちりとした弾力。そこにベーコン・卵・チーズの黄金トリオが良く絡んでいる。


「おいしー。カルボナーラだねこれ」

「うむ。ベーコン・卵・チーズのトリオがあれば、任せて間違いないのじゃ。コショウで香りを、コンソメでコクも足しておいたぞ」

「ありがとう。にんにくも効いてていいねー」


あっという間に平らげると、2人はごちそうさまでした、と手を合わせた。


「あー、おいしかったー」

「フフフ。じゃが、おいしいだけではないぞ。羽菜殿、洗い物を見るのじゃ」

「え? あ、お皿とフライパンだけじゃん!」

「パスタだと別途茹で鍋が必要じゃが、蒸し麺なら一つのフライパンで完結するのじゃ。麺を茹でる時間も無い分、手早くできるぞ」

「早くできて洗い物も少なくて済むのは助かるよー」

「そうじゃろそうじゃろ。うむ! いっそフライパンからダイレクトに食べれば、洗い物はフライパンだけで済むのじゃ!」

「流石にそれはやりすぎだと思う」


2人は笑い合うと、あっという間に洗い物を済ませた。


「ほんとありがとね。タマモ」

「いやいや、こちらこそなのじゃ。これで神通力ポイントが……」

「ん?」

「な……なんでもないのじゃ! それより、今回のの名前はどうするのじゃ。また付けてくれるのじゃろ?」

「んー。そうだなあ。じゃあね、『アル・モンデ特製、こぎつね色のカルボやきそば』で」

「カルボやきそば。良いな。じゃが、アル・モンデとはなんなのじゃ?」


玉藻が小首を傾げると、羽菜はにっこりと微笑んだ。


「冷蔵庫に作る料理だから、アル・モンデ。どう? なんかかっこいいでしょ」

「うむ? 店の名前みたいなのじゃ」

「ふふ。そうね。じゃあタマモはアル・モンデのシェフね」

「シェフ! う、うむ。悪くはない響きなのじゃ」


きつね色の髪から耳がぴょこんと飛び出し、ぴこぴこと動く。


「シェフ……。シェフか。ヌフフフ」


思ったよりも嬉しそうだ。しめしめ。これは次回の料理も期待して良さそうだ。羽菜は内心ほくそ笑んで、小さな訪問者を眺めていた。

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