第11話 曲がる者。

しかし飛ばされた方角が悪かった。

確かにナダッシュ神官は家とは別の方角──杭を地面に突き立てて結界代わりの縄を張った簡易的な塀を越えて行ったが、危うく小柄な影にぶつかるところだった。

「ひぁっ……」

その大きさにふさわしい小声でソレはストンと地面に尻もちをつき、飛ばされるナダッシュがそちらに手を伸ばそうとした瞬間に見えない壁か何かに手を弾かれ、さらに速度を上げて飛んでいく。

「チックショォォォォォォォ───ッ!!覚えてろォォォォ───ッ!」

そう──ナダッシュは『助けを求めて』手を伸ばしたのではなく、恐るべき動体視力と判断力で吹き飛ばされる力を利用して、すぐそばに迫った少年を掴んでいこうとしたのだ。

恐るべき妄執であったが、実現せずに幸いだったとエクルー神官は胸の内で安堵し──ナダッシュがあの少年に対して行おうとしていた非道をすでに思い当たっていることに気が付いて愕然とした。

「……僧兵は神殿の非力なる者を守るため、そしてこの領地、この国に住まう者を守るためにあるべきなのに……」

「しょうがねぇさ。誰も彼もが高い志を正しく持って生きているわけじゃない。最初はそうだったとしても、途中で腐っちまう芋だってあるだろうさ」

「芋……か……」

最後まで正しく『人の糧』となる芋もあれば、何らかの理由で腐り始め、自分だけでなく周囲にある者たちも毒してしまう芋もある。

神官という神聖なものを俗な食べ物に例えるのはどうかと思うが、確かにそうかもしれない。

ただ芋でも林檎でも傷み始めれば腐敗するだけだが、人間はどこかで軌道修正して、元の正しい道に戻れると信じたいと思うのもまた、『神官』という生き方を選んだ故かもしれなかった。

「アレは別の神殿へやった方が良いかもしれないな」

「良いかも…じゃなくて、もうそろそろ見放す時だと思うぜ?」

へたり込んで動けない少年をひょいっと担ぎ、マクロメイが気安く僧兵総隊長であるエクルーに向かって肩を竦める。

「お前さんがいない時ばかり狙って、可愛い尻を無断拝借してばかりいる。滾りを沈めるためと言えば聞こえはいいが、僧兵でも滾ってもいない見習いばかし手を出すのは、ちょっとオイタが過ぎらぁ」

「……そうか」

「そうよ」

そんな気はしていた。

だからこそ、ナダッシュが懲罰役も担っている自分に向かってバルトバーシュとマクロメイが少年の指南役に向かないと訴え、その少年を自分のもとに置きたいと言ってきたのだと、今更ながら理解した。

邪魔者を排除し、魔術部門の神官としては見合わぬ逞しい腕に抱き上げられた細い少年を凌辱するために。



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