3月5日 「人魚と赤珊瑚の秘宝」
むかしむかし、海の底に人魚の少女がいました。彼女は好奇心が旺盛で海の中はもちろん、海面まで上がっていって色々なものを見てまわりました。そんなある日、彼女は岸の近くにあった網に引っかかってしまい、動けなくなってしまいました。人魚は網から逃げ出そうと必死にもがきましたが、もがけばもがくほど、網は絡まり、人魚の体に傷をつけました。人魚は体力を消耗し、気を失ってしまいました。
「おお、目が覚めたか」
人魚が次に目を覚ますと、目の前に男がいました。どこかあどけない表情の残る、人間の男です。人魚はびっくりして飛び上がりました。飛び上がってみてさらにびっくりしたのは、人魚は海の外に出てしまっていました。
「おお、落ち着いてくれ。船がひっくり返ってしまう」
男はいいました。人魚は人間の使う「ふね」という乗り物に乗せられていました。
「……お前、私を食べる気なのか」
人魚は恐る恐る聞きます。人魚の仲間から人間は魚を取って食べてしまう恐ろしい生き物だから決して捕まるんじゃない、そう教えられていたからです。
「そんなそんな。こんなべっぴんさん、食べるだなんてとんでもねえ」
話を聞くと、男は網にかかった人魚のことを助けてくれたようでした。
「怪我をしているみたいだ。そんなんでおうちに帰るのは大変だろう。海の近くにおらの家があるからしばらく休んでいくといい」
人魚は完全に男のことを信じたわけではありませんでしたが、男の言う通り、ひれが傷ついてしまっていてうまく泳げそうにありません。このまま深海に戻っても途中で力尽きてしまいそうです。人魚は仕方なく男の世話になることにしました。
男の家は砂浜の上に建てられた、小さなものでした。人魚は流石にずっと陸に上がっているわけにはいかないので、男の家の近くにある磯で休むことにしました。男は人魚のいる磯のところまで薪を持ってきて焚き火をしてくれました。人魚はこのとき初めて火というものを目の前で見ました。人魚は火がゆらゆら揺れているのを不思議そうにじっと見つめていました。
「そうか、火を見るのは初めてだものな」
男は鍋を焚き火にかけました。
「私に魚を食わす気か」
人魚は再び警戒しました。
「まさか。流石にそんなことはしねえ」
男は笑いながら言いました。鍋がぐつぐつといいだすと男は鍋の蓋を取り、おたまで中身をかき混ぜました。よしというと一緒に持ってきていたお椀に白いものを入れました。
「これはお粥っていうもんだ。魚じゃなくて米っていう植物からできてる。海で米なんて育たないから食べたことねえだろう。お口に合うかわからねえが……」
男は人魚の目の前にお粥の入ったお椀と、一緒に持っていたさじを渡しました。人魚は恐る恐る受け取ります。人魚は渡されたものをどう使っていいのかわからなかったので男の様子を伺いました。男は匙でお椀の中のお粥を掬うとそのまま口の中に入れました。人魚もそれを真似してみることにしました。口に入れた白い粥は人魚が思っていたよりも熱くて、口の中に入ってきた時にはとてもびっくりしましたが、その熱さにも慣れてもぐもぐしていくと今まで味わったことのない甘味が口いっぱいに広がりました。
「……美味しい」
「そうかそうか、それはよかった。おかわりはいっぱいあるからな」
男はとても嬉しそうにしました。その姿を見て人魚はなぜだか胸の辺りがきゅっとしました。
怪我が治っても人魚は深海に帰ろうとはしませんでした。一緒に過ごしているうちに人魚は男に惹かれていきました。男も人魚と同じ気持ちです。2人は楽しく暮らしていましたがただ1つ、問題がありました。それは人魚と人間では寿命が全く異なることです。人魚の姿は男と出会ったときとまるで変わりませんが、男の方は、あったときの幼さなどすっかり消え、もう立派な男性に成長していました。
人魚は物知りな叔母から人間の寿命について聞いたことがありました。人間の一生は人魚が瞬きするくらいあっという間だと……人魚はできることなら男と生涯一緒にいたいと思っていました。どうにか男の寿命を伸ばすことが出来ないか……そんなことを考えていたらまた、叔母の話を思い出しました。それは海の底の底にある秘宝、赤珊瑚についてです。
叔母の話によると、海の中には不思議な力を持つ秘宝がいくつかあって、そのひとつが赤珊瑚というものらしいのです。赤珊瑚は生き物の寿命を伸ばしてくれる力があるといいます。それだ、と人魚は思いました。その赤珊瑚を持ってくれば、男の寿命を伸ばし、いつまでも一緒にいることができます。人魚は思い立ったら行動せずにはいられません。男に赤珊瑚の話をすると、早速海へと戻って行きました。
人魚は泳ぎながら叔母が話してくれたであろう話を一生懸命思い出そうとしていました。赤珊瑚のありかも教えてもらったはずなのです。
「海底の珊瑚礁……」
人魚はついに思い出すことが出来ました。人魚が暮らしていた場所から南にずっと行ったところに「海底の珊瑚礁」と呼ばれる洞窟がありました。その洞窟の中は一面珊瑚礁が広がってるため、そのように呼ばれています。赤珊瑚はそこにある。確か叔母はそう言っていました。人魚は早速南に向かって泳ぎ、海底の珊瑚礁を目指しました。
南に南に向かって行くと、いつの間にかあたりには魚たちがいなくなって、静かな場所に出ました。海藻の一本も生えていません。人魚は少し不気味に思いましたが、洞窟が見えて来たので泳ぎ続けることにしました。目の前に見えているのに一向に洞窟にたどり着くことが出来ません。一生懸命ひれを動かしますがどうしてもゆったりとした動きになってしまいます。海底の珊瑚礁の、はたまた赤い珊瑚礁の力なのでしょうか。
人魚はめげずに泳ぎ続けました。そしてついに洞窟まで辿り着きました。洞窟の中には色鮮やかな珊瑚が一面に広がっています。その下に何か赤く光るものがありました。人魚は手を伸ばします。取り出すとそれは宝石……秘宝赤珊瑚です。
「やった」
人魚は赤珊瑚を見つけられたことに大喜びしました。これで男の寿命を伸ばすことができます。人魚は男が待つ陸地へ向かって泳ぎ出しました。
来た道をそのまま戻っているはずなのになぜか帰りはいつまで経っても陸にたどり着くことができません。おかしいなと思いつつも人魚は泳ぎ続けました。
人魚はやっと、陸に辿り着きました。しかし男の姿を見つけることはできませんでした。それどころか、そこにあったはずの家すら見当たりません。場所を間違えたかな……と人魚は浅瀬を泳ぎ、陸地を見て回りましたが、やはり男の姿はありませんでした。
「どうして……」
人魚がうつむき、海面を目にした途端、人魚は驚いてしまいました。海面に映っているのは顔もしわしわ、髪の毛は白髪だらけの年老いた人魚だったからです。ショックを受けながらも人魚はまた、叔母の話を思い出しました。赤珊瑚を守る海底の珊瑚礁にも不思議な力があって、あの辺りは時間がとてもゆっくり流れているのだと。だから洞窟の近くには人魚はもちろん、魚や海藻すら近づかないのだと。赤珊瑚を取って戻ってきただけで、人魚が老婆になる程の時間が流れてしまっていたのです。
人魚は悲しみに暮れ、持っていた赤珊瑚を
海に放り投げ、いつまでもいつまでも泣きました。涙も枯れると、人魚の体はだんだんと泡に変わっていきました。
そのとき以来、赤珊瑚がどこへ行ってしまったのか、知るものは誰もいません。
3月5日「今日は何の日」
珊瑚の日
ミスコンの日
スチュワーデスの日
啓蟄 など
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます