第10話 匂い
舞達は精霊と共に洞窟の中に進んだのだ。
やはり一歩足を踏み入れた時から、以前森の精霊が作った空間に入ったような感覚になったのだ。
しかし森の精霊が作った空間と違い、暖かみが全く無かったのだ。
むしろ冷たい空間に感じ、嫌な雰囲気は消えなかった。
そして暗い中を少し歩くと、明るい光が見えてきたのだ。
そこには探していた三人の姿があったのだが、スピネル以外は地面に座り込んでいたのだ。
それも、光る水晶のような石を二人で抱えながらなのだ。
辺りには同じような石が沢山存在していて、暗い洞窟であるのに、そこはまるで外に出たかのように明るかったのだ。
その石はとても神秘的で綺麗ではあるが、よく見ると透明ではなく、白く濁っており怪しくも感じたのだ。
私達が駆け寄ると、スピネルは驚いて目を見開いたのだ。
「ユークレイス、来てくれたのだね。
助かったよー。
ブラックに任せると言われたけど、何をどうしたらいいかわからなくて、困ってたんだよ。」
スピネルはとてもホッとしたようで、その場に座り込んだのだ。
そしてユークレイスの後ろにいた私を見上げたのだ。
「え?
舞、こっちに来る事が出来たんだね?
人間の国で舞と連絡が取れないとブラックが聞いて、だいぶ狼狽えていたんだよ。
気付かれないようにしてたけど、あれはかなり焦っていたと思うよ。」
ブラックがカクと同じように考えてくれた事が嬉しかったが、今はブラック達の状況を聞きたかった。
スピネルの話によると、アクアが石を持ち出そうとした時に何者かがここから出れないように阻止しているとの事なのだ。
それは精神の領域での話のようなのだが、アクアの身体が透けてきて危険を感じたので、ブラックも石を一緒に手にしたようなのだ。
それから二人はしばらくこの状態が続いているらしい。
スピネルはシウン大将と同じで、どうすれば良いか分からず途方に暮れていたようだ。
ブラックとアクアを見ると、二人とも苦しそうな表情をしていたので、早く何とかしてあげたかった。
「ねえ、ブラックと同じところに行けるかしら?」
私はポケットにいた精霊に聞いてみたのだ。
精霊は胸ポケットから顔を出して、座り込んでいる二人を見たのだ。
「その石に触れば行けますよ。
でも、その前にこの二人だいぶ弱っていますよ。
二人とも精神の強い魔人だから良いものの、弱い魔人や人間では精神を破壊されていますね。
あ、私の加護があれば大丈夫ですが。」
精霊は何だか怖い話をした後に、そう付け加えたのだ。
やはり今回、精霊が一緒で良かったのだ。
私はもしかしたら使える薬があるかもと思ったのだ。
カバンからある薬を取り出し、石を持ちながら座っている二人の上で破裂させたのだ。
「精神への攻撃なら、彼ら自身の心を強くする薬が効くかもしれない。」
私は苛立ち、不安などの精神症状で使用される
サイコ オウゴン ハンゲ ケイヒ ボレイ ブクリョウ タイソウ ニンジン リュウコツ ショウキョウ
が入った漢方に光の鉱石の粉末を混ぜた薬を使用したのだ。
二人が金色の光の粉で包まれたかと思うと、それは身体の中に速やかに吸収されていったのだ。
そして、二人の表情は段々と落ち着いて来ているように見えたのだ。
私とユークレイスはそれを見届けると、ブラックたちの所に行くために二人の抱えている石に触れたのだ。
シウン大将とスピネルにはそのまま待機してもらい、私達が危険な状態になるようなら、持っている石を引き離すようにお願いしたのだ。
○
○
○
白い何もない空間の中でブラックはどうして良いかわからなかった。
アクアは絶対に諦めないと言うが、危険な状態である事は確かだったのだ。
それに自分にはアクアが言う人物を思い出す事がどうしても出来無かった。
大事な人である事はわかるのだが、それが誰なのかわからなかったのだ。
その時である。
私とアクアは白い世界の中で、金色の霧のようなものに包まれたのだ。
それはこの冷たい世界とは違い、輝きだけで無く暖かなものであったのだ。
そして金色の霧と同時に、ある匂いに気付いたのだ。
・・・私はやっと思い出したのだ。
ああ、何で私はこんなにも大事な事を忘れていたのだろう。
かつての私は、魔人の王であり強く無ければならない、そして強い私が他の者を守る事が当たり前と思っていた。
慕われる事はあったがそれは私の強さにであり、ある意味孤独でもあったのだ。
そう、ハナに会うまでは。
魔人より弱い人間であるハナが私をどれだけ助けてくれた事だろう。
そして、私には大事な仲間というべき存在がいることを気付かせてくれたのも彼女なのだ。
ハナと離れた後もその仲間達と過ごす事が出来たので、少なくとも孤独では無かったのだ。
そして、私は舞に会ったのだ。
ハナに似ていると思ったが、実は全く違う舞にどれだけ心躍るような気持ちにさせてもらえただろうか。
そして人間の舞の強い心を、どれだけ頼りにしていただろう。
彼女の大事にしている人間がいるこの世界も、私にとっては大切な場所であるのだ。
アクアの言う通り、舞が悲しむ事が無いようにしたい。
その気持ちだけは、確かなのだ。
この匂いは舞が作った薬の匂いだ。
絶対に忘れる事がない匂い。
そして今、きっと舞が来てくれたのだ。
私を助けるために、また危ない事をしているかもしれない。
そう思うと、私の不安や疑問はあっという間に消え去ったのだ。
そしてアクアを見ると、私と同じように何か吹っ切れた顔をしていたのだ。
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