第6話 ここに来た理由

 アクアが光る石を両手に持ち、出口に向かおうとした時、誰かが話しかけてきたのだ。

 それはまるで、その光る石が語りかけているようであったのだ。


「あなたはなぜここに来たのですか?」


 その声を聞いた途端、アクアの意識は白い何も無い空間に移動したのだ。


「誰だ?

 私はドラゴンの民。

 ドラゴン復活を阻止する為に石を取りに来ただけだ。

 今まで長老達がやってきた事をしているだけだぞ。」


 白い何も無い空間に、人間でも魔人でも無い存在の者が現れたのだ。

 そして、同じ言葉を繰り返したのだ。


「あなたはなぜここに来たのですか?」  


 そう問われると、アクアの心の中に疑問が現れたのだ。


『私は、なぜここに来たのだろうか。

 すでにドラゴンの民の里はなく、自分一人しかいないのだ。

 今は他の世界に住んでいるのだし、私がこの世界のためにドラゴンを再度封印しなくてはいけないのだろうか?

 いや・・・私しかドラゴンの民はいないのだ。

 私しかできない事なのだから、見て見ぬふりは出来ないのだ。

 だが、私は長老達と同じように出来るだろうか。

 私はまだ未熟である事はわかっている。

 私が封印しようとしても、失敗するかもしれない。

 前回のような事が起きれば、私一人では無理なのだ。

 今度は私が消滅してしまうかもしれない。

 それに、もし封印出来てもまたすぐにドラゴンは復活してしまうかもしれない。

 ならば、やらない方がいいのでは。

 私には出来ないのでは無いだろうか。

 なぜ私はここに来たのだろうか・・・』


 アクアは頭を抱えながら、何度も自分の中で自問自答したのだ。

 

   

            ○


            ○


            ○



 ブラックが白い空間に入り睨みながら話すと、その精霊らしき者は冷たく笑ったのだ。


「では、あなたに質問するわ。

 なぜあなたはここに来たのですか?」


 そう質問された途端、私の心に疑問が出てきたのだ。


『私はアクアを助ける為に来たのだ。

 しかし、ここに来る理由は何であったのか。

 自分は異世界に住む者。

 ここは今や人間の世界であり、異世界に我らを追いやった者達の住むところ。

 この世界のドラゴンが復活しようが、私には関係ないのでは無いのだろうか。

 ドラゴンが復活してこの世界が火の海になったとしても、自分は別の世界に帰るだけではないか。

 人間から助けを求められたら住む場所を提供するだけでも、魔人の王として十分では無いだろうか。

 このままアクアを連れて帰れば良いはずだ。

 ・・・そのはずなのだが、何かが引っかかるのだ。

 なぜだろう。

 何故かこの世界も大事にしなくてはならない理由があるはずだ。

 大事な事を忘れている。』


「私から何か大事な記憶を抜き取りましたね。」


「ええ、あなたが大切にしている思い出を抜き取りました。

 この石はほとんどのものを封印する力を持っているのです。

 悪用されれば大変な事になります。

 だから、持ち出せる者は制限させてもらっているのです。

 私はこの石を守るためだけに存在する者。


 最後のドラゴンの民であるこの子は純粋で責任感も強いですが、ドラゴンの封印に全てをかけるほどの覚悟がありません。

 あなたも同様に、大切なことが自分では思い出せないようでは無理ですね。

 それがここに来た本当の理由なのでしょうから。

 わからないのであれば、その程度という事なのですよ。

 いくら魔人としての強さがあっても、強い信念が無ければ石は渡す事は出来ないのです。

 この空間ではあなたの強さは意味をなしませんから。」


 その精霊らしき者は苦しんでいるアクアを見て伝えたのだ。


「このドラゴンの民の子は私の質問に抵抗しているのですよ。

 可哀想に・・・自らこの石に取り込まれそうになっているのです。

 さあ、この子を連れて立ち去りなさい。

 石を置いてこの洞窟を出れば、思い出も戻りますから。」


 私は自分が忘れている事がとても大事な事であるとわかっているのに、何も思い出せないのだ。

 アクアを苦しみから解放する為にも、早く石を諦めるべきではと思ったのだ。


「アクア、私達では無理のようだ。

 石は諦めて帰ろうではないか。

 ドラゴンが復活したとしても、アクアのせいでは無いのだから、苦しむ事はないですよ。」


 そう言ってアクアの手を取ったのだが、アクアは私の手を払ったのだ。


「ブラック、何を言っているのだ。

 ドラゴンが復活すればこの世界の人間達はただではすまないのだぞ。

 私が諦めたら、悲しむ者がいるではないか。

 彼女は私の恩人でもあるのだ。

 顔向けできないようなことはしたく無いのだ。」


 私はアクアが誰のことを言っているかわからなかったのだ。

 

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