憲法9条 田原総一朗 VS 天狗騨記者
齋藤 龍彦
第一話【田原総一朗のご指名】
東京都C区TKJ……日本を代表する〝自称オピニオンリーダー〟なメディア……ここはASH新聞東京本社である。その社会部フロア。主はもちろん部長である。
その社会部長の元へと一人の男がつかつかと歩み寄りなにやら話し込み始めた。その状態を2分ほど続けたあと社会部長はフロア全体に響くよく通る声で一人の男の名を呼んだ。
「天狗騨ぁ、ちょっと来てくれるか!」
〝天狗騨(てんぐだ)〟と呼ばれた男がゆらりとおもむろに立ち上がった。度の弱い大きなレンズをはめ込んだ眼鏡をかけ、髪は普段からとかしているとも思えない無造作、無秩序ぶり。口髭、顎髭、おまけにもみあげまで髭とつながっている全面髭だらけの面相。会社員らしく背広を着込んではいるもののボタンはとめずワイシャツの一番上のボタンもまたとめず、ネクタイは弛んだまま輪っかにして首を通してあるというだけ。
誰が見ても間違ってもこういう人間には近づきたくない、というかカタギの勤め人には見えないという風体であった。
が、痩身で筋肉質、身長も平均以上というその体型は、妙なワイルド感を醸し出しマイナス部分を完全に打ち消し却ってプラスにさえ見えた。それはまるで紛争地帰りの百戦錬磨のフリージャーナリストのようでもあった。だが彼はこの場(ASH新聞社会部フロア)にいるのであるからして、むろんASH新聞社会部所属の記者である。この男、めったに〝驚く〟という感情を表現しないが、たった今社会部長に告げられた話しでその〝めったに〟が出た。
「私と左沢さんがテレビに出るんですか⁉」
なにせその要件が『朝まで生テレビ』だったから無理もない。〝左沢〟と呼ばれた男は憮然とした顔つきで「なんで俺がコイツとテレビ討論なんかに」と不満たらたら口から漏らした。
「そうですよ。ASH新聞から人を出すなら政治部長なんかじゃなく編集委員とか論説委員とかもっと上の者が出るのが普通じゃないですか」天狗騨は言った。
この男、普段から会社の上役を上役とも思っていない。〝左沢〟と呼ばれた男は今話しに出た通り、ASH新聞政治部の部長だったのだ。
「貧乏くじを引かされたんだよ俺は! ロシアがウクライナを侵略したこんな時期に『憲法9条護憲か改正か』をテーマに朝まで生討論とはな! 今な、護憲陣営に座っているだけで馬鹿面に見えるんだぞ!」左沢が怒りをぶちまけるとその横で天狗騨記者が一人勝手に肯いていた。
「なるほど、それで〝少しでも弁の立つ者を〟という訳で私が抜擢されたと、こういう事ですね」
〝護憲側に座っているだけで馬鹿面に見える〟云々をまったく歯牙にもかけていなかった。
「あぁ天狗騨、勘違いの無いように言っておくが、別に社(ASH新聞社)が抜擢したわけじゃないぞ。むしろ『テレビに出すなどとんでもない』という意見が上層部の総意だ」即座にこう釘を刺したのは社会部長である。
「じゃあなんで私がテレビ討論などに?」
「田原総一朗直々のご指名だ」今度は左沢政治部長の方が極めて短くその理由を告げた。
「田原?」
(あぁ出る番組が『朝まで生テレビ』だから——)とまで天狗騨は思ったが、しかしその後の思考が続かない。自身が司会を勤める番組に誰を出すのかは、司会者権限で決めているのだろう、とは思うが——
「なぜ私が選ばれたんでしょう?」と極めて率直な疑問が口をついて出た。むろん個人的な知り合いなどではもちろん、ない。天狗騨は単なる一記者である。
そうした疑問を受け左沢が吐き捨てるように言った。
「あのアメリカ人支局長との決闘で、いつの間にずいぶんな有名人になったんだろうな」
「なるほど、あのノリを期待されていると」と天狗騨が勝手に首肯していると、
「なわけないだろう!」と左沢が怒鳴りつける。
またも社会部長が釘を刺すかのように訊いてきた。
「天狗騨、テレビ出演に当たり、胸に納めて置くべき事がある事は解っているな?」と。
「〝胸に納める?〟とは?」しかし天狗騨、実に天然に訊き返していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます