第29話 純の演技

「そ、それでコラボしたんですね……」

「そう言うこと。あれだけ人がいたら、結構疲れるね。大変だったよ」

「……わ、私たちのお願いも迷惑でしたか?」

「ああ、気にしなくていいよ。純たちと一緒にいるのは純粋に楽しいしね」


 日曜日。

 俺は純と共に、コーヒーショップへと来ていた。

 まだ昼前だが、人は多い。

 

 純は芸能人だとバレないように、キャスケットと呼ばれるゆったりした帽子をかぶり、黄色のサングラスをしていた。

 パッと見た感じ、大垣純だとはバレないであろう。

 しかし、その可愛さは隠し通せないものがある。

 帽子とサングラスをしていても可愛いとハッキリと分かるのか、通りすがりの男性は純の顔を一瞬覗き込んでから離れていく。

 

 純は見られるのに慣れているのか微動だにしない。

 慣れというのは凄いものだなと感心する。


「……純?」

「あ、すいません……緊張して意識が飛んでました」


 慣れていたわけではないようだ。

 ただ意識が無かっただけだったとは……


 しかし、純の素顔には驚かされてばかりだ。

 いまだにこの子が、あの大垣純だとは信じられない。

 いや、本物だと分ってはいるのだけれど、アイドルとしての大垣純と違い過ぎる。

 それぐらい、目の前にいる純は自信もないし大人しいし……どこからあの明るい顔と声が出るのだと感じていた。


「あのさ、今、『大垣純』を演じてくれって言ったらできるものなの?」

「へ? え、ええ。できますよ」

「へー。やってみてくれない?」


 俺の頼みに純は素直に応じてくれる。

 一度目を閉じ、そして深呼吸すると――とびっきりの笑顔を俺に見せた。


「拓斗くん。また私とダンジョンに行ってくれないとダメなんだからね?」

「わ、分かってるよ。そういう約束だしな」

「分かってるならいいけど……でも、出来たら他の人とはもう行かないでほしいな。コラボの話聞いて、ちょっと寂しかったもん」


 プクッと頬を膨らませ、すねたような表情をする『大垣純』。

 いや、完璧だな。

 天真爛漫でありながら、小悪魔のように心に入り込んで来る。

 恐ろしさを覚えるほどの、完全なアイドルだ。


「ねえ拓斗くん」

「ん?」

「アタシからのお願い聞いてくれる?」

「お願い? 何?」


 『大垣純』は俺の手を握り、上目遣いで俺を見る。


「葵と向日葵。あんまり仲良くしないでね?」


 同じグループのスキャンダルを気にしているのだろう。

 『大垣純』は、簡潔に俺のそう告げる。

 

「分かってるよ。二人はアイドルだからな。極力近づかないようにするよ」

「……ちょっと違うんだよなぁ」

「え?」

 

 『大垣純』は真っ白な歯を見せて笑う。

 あまりの眩しさに、頭がクラクラするようだった。


「アイドルとか関係なしに、二人とは近づかないでね」

「わ、分かったよ……できるだけそうする」


 俺は顔を赤くして彼女から手を放す。

 ちょっと俺には刺激が強すぎる。

 完璧アイドルである『大垣純』は、別世界の人間のように思えてしまう。

 真っ直ぐに見つめられるだけで惚れてしまいそうな……とにかく、これ以上『大垣純』が目の前にいると彼女にのめり込んでしまいそうだ。

 

「……ご、ごめんなさい……」

「え、え? 何が?」


 『大垣純』から純に戻ったのだろう。

 彼女は顔を真っ赤にして、自分の顔を両手で覆う。


「た、たたた、拓斗くんの手を握っちゃいました……」

「あ、いや、いいんだ。別にいいよ。謝らなくてもいい。むしろ嬉しいぐらいで……」

「えっ?」


 赤い顔をあげる純は可愛くて……また惚れそうになってしまう。

 俺は高鳴る心臓の音を聞きながら、出来る限り心を落ち着かせて彼女に言った。


「なんでもないよ。そろそろ行こうか」

「は、はい……」


 今日は純の誘いで、映画に行くことになっている。

 彼女が主演する映画を一緒に鑑賞するのだ。


 純は自分の演技が気になるらしく、客観的な意見を聞きたいらしい。

 って、客観的な評価なんてできるかな、俺?

 顔見知りだし、彼女は可愛いし……冷静な判断はできそうにない。

 どんな演技だとしても褒めてしまいそう。


「映画のタイトルは知ってたけど……まさか主演の人と一種に観ることになるなんてな……」

「私も、自分の映画を観るなんて思ってもみませんでした」

「え? 自分の映画観たりしないの?」

「あ、その……あまり自分の演技を見返すことってなくて……もう演じた後のことは別にいいかなって。演じて、ダメだったところを反省して、また次の演技に生かして……って、興味ないですよね? ごめんなさい……」

「いや、楽しいよ。もっと聞かせてよ、純の話」

「……ありがとうございます」


 俺の隣を歩く純は、ほんのり顔を赤くしていた。


「私の話というか……拓斗くんに聞いておいてほしいことがあるんですけど」

「俺に聞いておいてほしいこと? 何?」

「あの……」


 純は俺の顔を真っ直ぐに見つめ、必死な表情を浮かべる。


「わ、私! 『大垣純』の時でも、男の人の手を握ったりしませんから!」

「……え? 何それ?」

「あ、え、あの……さっき、拓斗くんの手を握っちゃったから、その……勘違いしないでほしいなって」


 ああ、なるほど。

 その気になるなって言いたいのか。

 大丈夫。

 君はアイドルで、高値の存在。

 俺なんかがどうこうできるなんて考えていないよ。


 俺は純に頷き、ハッキリと答える。


「大丈夫。勘違いなんてしてないから」

「あ、ありがとうございます……」


 純は嬉しそうにはにかんだ。

 その顔がまた可愛くて可愛くて……心が躍る。

 やっぱりアイドルやってるだけあって、可愛すぎだよ、この子。

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