第165話 親衛隊の信念
「今日の練習は14時集合だから、余裕で間に合うな」
結衣を送り届けた後、俺は陸上部の部室へと向かう。
現在の時刻は12時30分。軽食を取って少し休んでからアップをすれば、今日の練習にも間に合うだろう。
「結衣にも練習時間は連絡したし、すれ違うことはないはずだ」
万が一の事を考えて、結衣には今日の練習時間を伝えた。
大体1、2時間ぐらいで終わることを伝えると結衣もそのぐらいで終わると言っていたので、すれ違う事はないだろう。
「そういえば最近、結衣と2人でいることが多いな」
「本当ですよ。危うく小谷松氏と間違えて、風見氏のことまで拉致監禁をしそうになったでござる」
「うわっ!? 織部!? いつの間にいたんだ!?」
「やぁ、風見氏。久しぶりですな」
俺の隣から顔を出したのは茅野結衣親衛隊隊長の織部孝太郎である。
織部は相変わらずニヤニヤと笑いながら俺の事を見ていた。
「突然顔を出すなよ。いきなり現れたから、びっくりするじゃないか!?」
「失敬。新学期が始まったので、風見氏に挨拶をしておこうと思いましてな」
「挨拶? 俺に?」
「そうですぞ、風見氏。何やら文化祭の出し物を決めることで、ひと悶着があったようですね」
「何だ、知ってたのか。耳が早いな」
「そんなの当たり前ですぞ。結衣様に関しての情報は大方知ってるでござる」
「まるでストーカーみたいだな」
「ストーカーなど不穏な呼び名で言わないで下され。拙者達は結衣様のナイトですから」
「ナイトはそんなに隠密行動はしないだろう」
せめて諜報部隊とか、もっと他に言い方があるだろう。
ナイトだったら隠密行動なんてしないで、もっと堂々と表で結衣の事を守ってくれ。
そうすれば俺の仕事もだいぶ減るはずだ。
「ちなみに我々茅野結衣親衛隊は結衣様だけではなく、風見氏の事も全て把握しておりますぞ」
「俺の事も把握しているってどういうことだ?」
「言葉の通りでござるよ。まさか部活の大会と文化祭の日程が重なるとは不運でしたねぇ~~~」
「いつの間にその情報を知った?」
「それも今さっき知った情報でござるよ。部活の大会が木、金、土、日でしたら、文化祭の片付けぐらいしか参加できないでござるな」
「そうだな。織部の言う通り、俺は後片付けぐらいにしか参加できない」
それと文化祭の準備期間に手伝いをする程度だろう。
今の俺にはそれぐらいしかクラスには貢献出来ない。
「確か風見氏は去年も大会で参加出来なかったと拙者は存じております」
「あぁ、そうだ。よく知ってるな」
「去年陸上部の部員達が文化祭に参加出来なかったのは拙者も知っております故、全く驚かないでござる」
「理解が早くて助かるよ」
委員長も最初からここまでわかってくれてたらよかったな。
事情を一から説明しないといけなかったので、ものすごく面倒だった。
「ちなみに確認しますが、体育祭の日は‥‥‥」
「地区予選があるから、その日も俺は参加できない」
「文化祭に体育祭、高校生の2大行事に参加できないなんてなんだか可哀想でござる」
「憐みの目を俺に向けるな。そんな目で見られるとものすごくむなしくなる」
俺だって出来れば文化祭には参加したい。
だけど部活の大会も重要なので、今はそっちを頑張らなければならない。
「まぁ、今回はドンマイでござるよ。結衣様の事は拙者達が守護するから、安心して参加すればいいのでござる」
「お前達が守護するという点で、逆に不信感しかわかない」
親衛隊が周りを見張っていては、結衣の気が休まらないだろう。
しかも劇の題目はシンデレラ。そして王子様役は葉月ときている。
それがどのような化学反応を起こすかなんて、その場にいなくてもわかる事だろう。
「そういえば結局織部は何しに来たんだ? まさか葉月のように俺を拉致するために現れたとか言わないよな?」
「そんなことないでござるよ。何度も言うように、新学期の挨拶をしにきたのでござる」
「そうか」
「だけどシンデレラの配役を決めていた時の結衣様の表情は、かわいそうでしたなぁ~~~」
「なんだ。嫌味を言いにきたのか」
「そう言うわけじゃないでござるよ。ただ結衣様が可哀想だと思っただけでござる」
織部の様子を見るに、拉致監禁はしないけど嫌味を言いに来たのだろう。
拉致されないだけましだが、これはこれで面倒だ。
「そういえば織部に質問なんだけど」
「何ですかな?」
「何で親衛隊の連中は葉月の事を目の敵にしてるんだ? 俺だって最近結衣と一緒に過ごしてるけど、お前達は俺に何もしないだろう」
「それがおかしいって言うんですか?」
「うん。普通だったら結衣と2人きりでいる俺の事が憎くて襲うはずなのに、全く襲わないなんておかしいだろう」
紺野先輩達の親衛隊の基準で言えば、俺は真っ先に学校のどこかに吊るされているはずだ。
だけど現状そんなことはないので、この状況がものすごくおかしいように思えた。
「風見氏はわかってないでござるな」
「何がわかってないんだ?」
「風見氏と小谷松氏では決定的に違う事があるのでござる」
「違う事? それは何だ?」
「風見氏と小谷松氏、2人の違いは周りを悲しませているか悲しませていないかの違いでござる」
「悲しませてる? むしろ葉月は皆を喜ばせていないか?」
「風見氏はわかっていませんね。小谷松氏は様々な女性に思わせぶりな態度を取り、あまつさえ女性陣のいざこざを生んでいるではありませんか」
「確かにな」
葉月がいなければ紺野先輩達の喧嘩は起きていないだろう。
それこそ葉月が原因で皆がギスギスしていると言ってもいい。
「我々親衛隊の信念は、自分が崇拝している女性を悲しませないことにあります」
「つまり織部達の考えだと、葉月はみんなを悲しませている悪人ってことだな?」
「そうですぞ。様々な女性に好意を持たれているのに1人に決めないで囲い込むなんて、普通はありえません」
「だよな」
そこだけは俺も織部に同意だ。あいつが誰か1人に決めてればこんな争いなんて起こっていなかった。
「だから我々親衛隊は小谷松氏の事をお仕置きするんです」
「なるほどな。お前達にも行動理念があったのか」
「ややっ!? 風見氏は我々の事を何だと思っていたんですか!?」
「嫉妬に狂った狂人集団」
「確かに。そういう一面があることも否めませんな」
「そこは否定しないのかよ!?」
「残念ながら我々も1枚岩ではありませんので、過激な思想を持っている人達も少なくありません」
「まぁそうだよな。紺野先輩や久遠の親衛隊を見ていればそう思うよ」
あれこそ本当の狂人集団だろう。最近慶治にSMの調教をされているので変態集団と化しているので忘れていたけど、元々はそう言う団体だった。
「でも我々茅野結衣親衛隊はちゃんと統率は取れていますので、ご安心下さい」
「まぁ、俺もその辺は織部の事を信じている」
織部がここまで言うなら大丈夫だろう。
現に結衣と一緒にいても親衛隊の連中は襲ってこないので、そこは信用したい。
「そしたら俺はそろそろ行ってもいいか?」
「はい。我々もやる事がありますので、これで」
そう言って織部もどこかへ行ってしまう。
「あの親衛隊にも信念があったんだな」
ただの嫉妬に狂った集団だと思っていたけど、意外とそんな事もなかったんだな。
もしかしたら1学期の始めに追いかけられて以降、特に俺が何かされなかったのもそのせいかもしれない。
「そろそろ俺も行くか」
時間はもうすぐ13時。急がないと練習が始まってしまう。
織部と別れた後、俺も陸上部への部室へと向かった。
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