第14話 プレゼント大作戦

「お待たせしました」


「本当よ。風見君はどれだけ私達を待たせるつもりなの」



 先程まで俺達がいた場所へ戻ると葉月と紺野先輩が待っていた。

 紺野先輩はその場で仁王立ちをしており、まるでこれから合戦に行く武将のようなたたずまいである。

 それに対して葉月は終始ニヤニヤと笑いながら、茅野お手製のマフィンがもらえるのを待っていた。



「(相変わらず葉月だけはお気楽だな)」



 お前が原因で茅野と紺野先輩が争ってるんだから、もう少し当事者としての自覚を持てと言ってやりたい。

 葉月さえいなければこんな争いもなく平和な昼休みを送れたのに。そう思うと少しだけ葉月の事が憎らしくなった。

 


「すいません。遅くなりましたけど、今マフィンを渡しますので食べてみて下さい」


「わぁ! 茅野さんのマフィン楽しみだな」


「うん。今渡すからちょっと待っててね」



 茅野が鞄から取り出したのは白い紙袋。その大きめの紙袋の中を何故か茅野はじっと覗いている。



「どうしたんだ茅野? その紙袋の中にマフィンが入ってるんだろ?」


「うん、そうだよ。2人に何を渡すか選んでるの」


「選んでる? 全部同じ味のマフィンを作って来たんじゃないの?」


「違うよ。これを見てもらえればわかると思う」



 茅野は紙袋の中を見せて来たので、俺も中を覗いてみた。

 紙袋の中には、一口サイズのマフィンが入っている。それも1つではなく大量に。



「こんなにたくさん作って来たのか」


「うん。人によって味の好みがあると思うから、色々と試作してみたんだ」


「この量をよく1人で作って来たな。大変だっただろ?」


「そんなに大変じゃなかったよ。マフィン1つ1つのサイズは小さめに作って、味付けをちょっと変えるだけだったから」


「ちなみに味は何種類あるんだ?」


「6種類ぐらいかな」


「超大変じゃん!!」



 茅野の向上心には恐れ入る。本人は大変じゃないと言ってるけど、6種類のマフィンを味付けをするなんて相当な労力が必要だろう。

 当の本人はそんな俺の驚きを知ってか知らずか、真剣な表情で葉月に渡すマフィンを選んでいた。



「茅野さん、早くマフィンをちょうだい!」


「わかった。それじゃあ葉月君にはこれをどうぞ」


「わぁ~~! すごく美味しそう!! 本当にこれ、食べていいの?」


「うん。もちろんだよ」


「ありがとう。いただきま~~す」



 くるんでいたラップを剥がし、躊躇なく葉月はマフィンを口に入れた。



「(相変わらずこいつは美味しそうに食事をするな)」



 この姿だけ見れば、笑顔が素敵なただのイケメンである。

 だがいかんせん言動が残念なので、葉月はそれで損をしている気がする。



「う~~ん!! 凄くおいしいよ! 茅野さん!」


「本当?」


「うん、本当本当!! このマフィン、すごく甘くて超おいしい!」



 よかった。茅野が作って来たマフィンは葉月の好みに合っていたようである。

 予想通り葉月は甘いものには目がないらしい。どうやら俺の考えは正しかったみたいだ。



「茅野、葉月に渡したマフィンは何味なんだ?」


「オーソドックスなプレーン味だよ。今日作って来た中で1番甘くないものを小谷松君にあげたんだ」


「そっ、そうか」



 あの甘党の葉月が絶賛するお菓子が1番甘くないお菓子だと!?

 ということはこれよりももっと甘いお菓子があるのか。これは俺も覚悟して食べないといけないな。



「茅野さん、もう1個もらってもいい?」


「いいよ。はい、どうぞ」


「ありがとう!」



 茅野からおかわりのマフィンを受け取ると葉月はそれを美味しそうに頬張った。

 葉月に美味しいと言ってもらって嬉しいのか、いつもより茅野の表情がほころんでいるように見えた。



「茅野さん、私も1つもらっていい?」


「いいですよ。紺野先輩はこちらをどうぞ」


「それじゃあいただくわね」



 紺野先輩も茅野から受け取ったマフィンを食べる。食べるマフィンは葉月と同じオーソドックスのプレーン味。

 何度も口の中でマフィンを転がし、その味を堪能した紺野先輩はゴクンとマフィンを飲み込んだ。



「葉月君のいう通り、このマフィン凄く美味しいわ」


「本当ですか?」


「本当よ。少し甘すぎるかもしれないけど、甘党の人にはこれぐらいの味付けが丁度いいかも」


「はい。前に男の子に作るお菓子は甘い方がいいってアドバイスをもらったので、いつもより甘めに作ってみました」


「なるほど、そこまで計算して作るなんて。貴方、やるわね」


「ありがとうございます」



 どうやら紺野先輩も茅野の事を認めてくれたらしい。

 いつもは何かしら文句をつける紺野先輩がこんなに大人しいのは、茅野が作ってきたお菓子が非の打ち所がないぐらい美味しかったからだろう。



「茅野さん、私もそのマフィンをもう1つもらってもいいかしら?」


「はい。たくさん作って来たので、どんどん食べてください」


「ありがとう。そしたらいただくわね」



 普段は辛口な紺野先輩も茅野からお代わりのマフィンをもらっていた。

 いつもは敵意をむき出しにする紺野先輩がここまでしおらしくしているのは非常に珍しい。 



「(あの人が他人を認めるなんて珍しいな)」



 敵意を向けた相手がいるなら徹底的に叩くし、どうでもいい相手なら無視をする紺野先輩が普通に茅野と話している。

 この人が俺や葉月以外の人と話している所を俺は殆ど見たことがないので、俺は今非常に珍しい場面に立ち会っている。



「マフィンって時々生地のふくらみが悪くなるけど、何か原因ってあるのかしら?」


「生地を作る際に混ぜすぎたり、ペーキングパウダーの量が少ないとそうなりますよ。お菓子を作る際、紺野先輩は計量してますか?」


「殆ど目分量ね。料理を作る時と同じ感覚でやるから」


「それはいけません。料理を作る時とは違って、お菓子を作る時はちゃんと計量をしないと失敗しますよ」


「なるほどね。今度からはしっかりと計量をするわ」



 茅野が作って来たマフィンを食べながら、楽しそうに談笑する茅野と紺野先輩。

 先程までの睨みあいはどこへやら、2人は和やかに談笑していた。



「とりあえずよかった。何も問題が起きなくて」



 茅野が俺達の前に現れた時紺野先輩が喧嘩を吹っ掛けるんじゃないかと不安だったが、それは俺の杞憂だったらしい。

 結果的に共通の料理という話題を通して、2人が仲良くなってよかった。



「(趣味の話をしてるからなのか、いつもより茅野が楽しそうだな)」



 共通の趣味の話が出来て楽しいのか普段よりも可愛らしく笑う茅野。

 彼女の表情に見とれつつ、プレゼント作戦が成功したことにほっと胸をなでおろす。



「(この前相談にのった時、葉月の好みの味を教えておいてよかった)」



 もし俺好みの味を教えていたら、今とは正反対の結果になっていたかもしれない。

 絶対に葉月は微妙な顔をしていたし、紺野先輩ももっと厳しい評価を下していただろう。



「(結果論だけど葉月に甘いものをプレゼントする作戦が当たってよかった)」



 茅野と紺野先輩が談笑する姿を見ながら、俺は1人そう思うのだった。

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