死なない勇者が消えた日

昆布 海胆

死なない勇者が消えた日

「こいつがそうか!」


勇者アレルのパーティは海に出現する人を攫う謎の魔物退治にやってきていた。

港町で船を借り、僧侶マリアと重剣士ゴブの3人で海に出ていたのだが・・・


「まるで泣いてるようです」

「なら、安らかに眠らせてやらないとな!」


巨大なクラゲの様な魔物、触手を器用に使って船の上に上がって来たので広い場所で戦う事にした3人。

彼等がこれ程慣れない場所にも関わらず恐怖を持たずに戦えている理由・・・

重い装備を装着した状態で海に落ちれば死は免れない彼等が恐れを抱かない理由が・・・精霊神の加護であった。

勇者のパーティ全員が死んだ場合、精霊神の加護により最寄りの教会で復活する事が出来るのだ。


「へっ!そんなヒョロヒョロの触手攻撃が当たるかよ!」


華麗に攻撃を躱して剣で切りつけるアレル!

ゴブが触手攻撃をハンマーで船に叩き落とし、マリアが二人を補助魔法を使って強化する。

見事な連携でダメージを蓄積していった魔物だったが・・・


「えっ?!キャアアアアアアアアアアアアアアアア」


後ろでマリアの叫び声が聞こえた。

ゴブが振り返ると、船の側面から別の魔物の触手がマリアの体を捕まえていたのだ。


「マリアを・・・放せ!!!」


その触手にハンマーを振り下ろすゴブであったが、最初の魔物の触手がその背中を強く叩く!

勢いよく、ゴブは船から転げ海へと転落する。


「くっそおおおおおおおおおおおお!!!」


アレルの剣が最初の魔物を切り裂いた!

だが、振り返った時には既に二人の姿は何処にも無いのであった・・・









「ちくしょう・・・なんて失態だ・・・まさかもう一匹居たなんて・・・」


港町に戻り、魔物の1体を仕留めたアレルはギルドにその魔物を引き渡し宿に戻ってきていた。

力なくベットに腰掛けて悔しがるその姿からは二人を失った気配はまるでない。

自分が死ねば二人と共に生き返るのが分かっているからだ。

死体があれば教会で生き返らせる事も可能だというのにそれが出来ない事が失態だと言っているのだ。


「できれば二人の遺体が回収できれば・・・金がな・・・」


全滅して精霊神の加護で生き返った場合は貯金を含めた全財産の半分が精霊神に没収される。

まさに世知が無いとはこの事であろう、その為二人の遺体が在れば教会でお布施で生き返らせる事が出来、安くあがるのだ。

だから自決は最終手段、アレルは翌日もう一度海に出る事に決めた。

幸いあの魔物の強さであればアレル一人でも何とかなりそうであった・・・







翌日、アレルは一人で船を借りて再び海へ出ていた。

昨日に続き快晴なので波も穏やか、絶好の戦闘日和である!


「来たな化け物!」


再び同じ地点に到達したアレルの前に魔物が現れた!

触手を器用に使って船に這い上がってきた魔物と対峙するアレル、昨日と同じように船の上まで誘導し戦いが開始された!


「二人を返せええええええ!!!」


丁度この地点からパーティを組んでいる者の反応を精霊神の加護で感じ取ったアレル、船の真下に二人の遺体が在る事を理解しており叫びながら切りかかる!

繰り出される触手を掻い潜り斬撃を次々と決めていき・・・


「これでとどm・・・チッ!?」


最後の一撃を決めようとした時であった。

昨日と同じように背後から別の魔物の触手が襲い掛かってきたのだ。

だがそれを上手く察知したアレルは飛んで躱し、もう一匹が這い上がってくるのを確認する。


「おいおい、一体何匹居るってんだよ?!」


3体目、この調子だとまだ居そうである。

だが、一匹ずつ対処すれば何とかなりそうなのも事実・・・

アレルは最初の魔物が死にかけで動けないのを確認し2体目に向かって襲い掛かった!

しかし・・・


「なっ?!」


その直後、船が大きく傾く・・・

魔物との闘いを行なえるように転覆しない特殊な魔法を使われている船であるが、大きく引っ張られれば傾かせる事は勿論可能である。

波が穏やかで殆ど揺れていなかったのでアレルはここが船の上だという事を失念していた。

そのままバランスを崩し海へと落ちてしまう。


「ぷあっ、くそっ・・・ぐっ・・・」


首に回される触手、こうなってしまえば万事休すである。

魔物側からすれば海の中へ引きずり込めばいいのだから・・・


「がぼぼ・・・おぼ・・・ぼぼぼ・・・」


口から空気が抜け、苦しさの中アレルは首と足に触手を巻き付かせている魔物を睨みつけ周囲を確認する。

自分が死んでも3人で生き返れるので残りの魔物の数を確認しようとしたのだ。

だが、その時にそれを見て顔を真っ青にする・・・


自分が引きずり込まれていく先、そこで僧侶マリアと重剣士ゴブの顔が生えたあのクラゲの様な魔物が居たのだ。

喰われている?一瞬そう思ったが、アレルは意識が薄れる中でそれに気付いた。

自分に向かって口をパクパクと動かし叫ぼうとする二人の顔・・・

それは人間を魔物に変化させる呪いを受けている様子そのもの・・・

つまり二人はまだ死んでおらず・・・

自分もきっと・・・







その日、精霊神の加護を持つ勇者が行方不明になる・・・

死んでパーティが全滅すると生き返る加護を持つ者が行方不明になった事で逃げ出したと王城では騒ぎになるのだが・・・

その真実を知る者は居ない・・・



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死なない勇者が消えた日 昆布 海胆 @onimix

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ