華麗なる勇者のカレー

武海 進

華麗なる勇者のカレー

 俺がこの世界に転生して丸一年が経った。


 何故転生したのかと言うと、自宅警備員を極めていた俺の才能を買った女神を名乗るアクション映画の主役を張れそうなほど筋骨隆々のおっさんに異世界で魔王を倒して欲しいと懇願されたので快く引き受けたという訳だ。


 そんな俺は今、自宅として王都に買った豪邸のキッチンでグツグツと煮えるカレーをかき混ぜている。


 別に家族と仲が良かった訳でも無いし、親しい友人もいなかったので、転生前の生活には未練はさほど無かったのだが一つだけどうしても我慢ならないことがあった。


 それはこの世界にカレーが無かったこと。


 転生した最初の頃は、転生前のメタボリックな体とは全く違う、男装の麗人と間違われる程の華麗な見た目のお陰でモテモテになるし、どこの街や村に行っても勇者というだけで最上級のもてなしを受けることができ、大いに異世界ライフを満喫していた。


 だが人とは罪なもので、その生活に慣れてしまうと、逆に手に入らないものや二度と食せないものことばかり考えるようになってしまう。


 その中でも転生前の一週間三食出されても文句を言わないほど好きだったカレーがどこを探してもなかったのはショックだった。


 新たな街や村に行く度に似たようなものが無いかと探したが、精々がシチューぐらいしか無く、一番の好物が食べられない俺の心はどんどん荒んでいった。


 そんな時、ハーレム兼パーティーの一員、要は旅の仲間の一人であるエルフのお姉さん魔法使いララの一言で俺に天啓が降りた。


「そのカレーとやら、要は植物の種やら葉やらで味付けしとる訳じゃろ。わしはエルフじゃからその辺は詳しい。手伝ってやるから再現すればいいじゃろ」


 それからの俺は魔王軍をほったらかしにして各地を巡り、スパイスの代用となるものを探し集めた。


 人食い植物が群生するジャングル、広大な砂漠に一か所だけ存在するオアシス、時には魔王軍の幹部の領地に深く潜入したこともあった。


 おかげでカレーのスパイスの代用品を揃えることに成功した。


 スパイスを揃えた俺が次に取り掛かったのは食材選びだった。


 人参、ジャガイモはその辺に普通に売っていた。


 だが、玉ねぎ、玉ねぎだけがどこにも無かった。


 正直玉ねぎが無くてもカレーは作れる。


 しかしやはり玉ねぎが入っていないカレーは鎧を着ていない騎士のようなもの、つまりなくてはならないものだ。


「おっとっと、しっかり沈んでてくれよ。気味が悪いから」


 玉ねぎ自体が手に入らないとしても何か、何か代用品は無いかと探し求めた結果がカレーの海からぷっかりと浮いてきた。


 俺は人の顔そっくりのそれを再びカレー鍋の底へと沈める。


 俺が玉ねぎの代用として選んだのは人面植物であるマンドラゴラだった。


 マンドラゴラは本来霊薬や錬金術に使われる素材でかなり高額で食べるなんてもっての外の食材なのだが、勇者である俺の稼ぎからすれば駄菓子を買う感覚で買うことが出来る。


 マンドラゴラは人で言うと頭に当たる部分以外は柔らかかく、炒めると玉ねぎと同じ様な味と匂いがする。


 だが頭部分だけは異様に硬く、食べられたものでは無いのだが、そのまま鍋に入れて煮込むと良い出汁が出てカレーに深みが出るので見た目は気にしないこととして俺は鍋にいつもぶち込んでいる。


 さて、スパイス、野菜の問題が片付いた俺が頭を悩ませたのが肉についてだ。


 この世界にももちろん肉食文化があり、家畜化された動物も何種類かいるのだが、文明レベルとしては中世ぐらいなので品種改良があまり進んでおらず、現代のスーパーなどで売っている肉に比べると癖が強くお世辞にもおいしいとは言えない。


 だから俺は肉も自分で調達することにした。


 何十種類という動物や魔獣を狩って食べ比べてカレーに合いそうな肉を選考した結果、俺が選んだのはゾウ程の大きさを誇る巨大ウシ型魔獣であるブルミノスだ。


 こいつは巨体な体のおかげで生息地域では生態系の頂点に立っており、他の生物に襲われることがほとんどないお陰でたっぷりとエサを食べて脂肪をため込んでおり、上質な脂身と赤身のバランスが最高で、高級和牛に引けを取らないレベルの極上の霜降り肉だ。


「ほれ、持ってきてやったぞ。まさかこんなことで里帰りさせられるとは思わなんだわ全く」


「護衛で一緒に行けとか言われたから行ったけどさあ、あーしこれ荷物持ち要因じゃん!」


 こうして数多の苦労と冒険を乗り越えて作ったカレー、名付けてマンドラカレーを味見していると、ララと一緒にエルフの里に行っていたギャルっぽいオーガの格闘家のロークが米俵を抱えて帰ってきた。


 マンドラカレー作りを始めた最初の頃はパンに付けて食べていたのだが、日本人である俺はやはりカレーには米だろ、という結論に至りララに相談したところ、エルフの里では米に似た穀物を主食にしていると言うので、超剛力のロークと一緒に取りに行って貰っていたのだ。


「二人共お疲れ様。悪いけどララ、早速米を炊いてくれないか」


 人使いが荒いとボヤキながらもララは米を炊く準備を始めてくれた。


 何故なら彼女もまた、カレーの虜であるからだ。


 後ろでテーブルの用意をするロークも腹を鳴らしていることから分かる通りすっかりカレーに魅了されている。


 ララは魔法を使って一瞬で米を焚き上げ皿によそうと、早くルーを掛けろと催促してくる。


 皿を受け取った俺はルーと米の量が最高のバランスになるように細心の注意を払って掛ける。


「じゃあ出来たし食べるとしようか」


 全員で食卓を囲み、手を合わせてみんなで日本式の食前の挨拶、いただきますを言う。


 言い終わった瞬間、俺達3人はものすごい勢いでスプーンを手に取りカレーを口に運ぶ。


「うぬ、今日も中々美味ではないか」


「やっぱカレー最高だし! お代わりもあるよね!」


「鍋一杯に作ってあるよ」


 おいしそうに笑顔でマンドラカレーを食べながらそう言う二人にウインクしなが

答えると、二人は顔を真っ赤にする。


 きっと俺の華麗な見た目とカレーのスパイスのダブルパンチのせいだろう。


 やはりカレーは素晴らしい。


 種族を超えて味覚を魅了し、食べた者皆を笑顔にするのだから。


 俺はその感動を嚙み締めながら、マンドラゴラと肉の旨味を引き立てるスパイスの香りを楽しむようにマンドラカレーを口に運ぶのだった。

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華麗なる勇者のカレー 武海 進 @shin_takeumi

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