017 / それから一ヶ月……

 それから、一ヶ月が経過した。


「──……飽きた」


 木製のジョッキの取っ手を掴みながら、テーブルに突っ伏す。

 酔いが回っているのを自覚する。

 もともとさして飲むほうではないのだが、久し振りにビールをかっ食らったら本音が噴出してしまった。


「あーきーたー!」


 年甲斐もなく手足をばたばたさせる。


「飽きた──って、ダンジョン攻略に飽きたということですか?」


 注文していたつまみを届けに来てくれたアーネが、俺の正面に腰掛ける。


「だってそうだろ。魔物が出たら火炎呪で焼き殺し、討ち漏らしたら剣で斬りつけての繰り返しじゃん。まだ強い魔物が出てきてないだけかもしれないけどさ」


「……それは、まあ、ログを読んでも感じてはいましたが」


「おまけに、開ける宝箱開ける宝箱ぜんぶミスリル鉱石! 最初の宝箱の中身、まだ全部運びきってねーのに……」


「それは、たまたまだと思いますよ。多くの場合、宝箱の中身は深度相応。そのダンジョンによっても異なります。近くにミスリル鉱石の鉱脈があるのかもしれません」


「結局、あの宝箱は誰が設置してるんだ? 自然生成じゃないだろ、さすがに」


「神、と言われています。そのため、自然生成と言えば自然生成でしょう。神を人格として捉えるか、自然物として捉えるか、個人の考え方にもよりますが」


「ふうん……」


「宝箱の中身は、ボスモンスターのいる階層を境にして、がらりと変わると聞き及びます。リュータはまだ五層の探索の途中でしょう。同じ階層の宝箱だから、運悪く同じ中身に当たっているだけかと思いますよ」


「それにしたって、あれどうすりゃいいんだ。このペースだと、運びきるのに半年はかかるぞ……」


「ソロゆえの苦悩、というものですね」


「うぐぐ……」


 味の薄いビールをあおり、香辛料の利いた腸詰めを咀嚼する。


「よし! アーネ、俺と一緒に潜ってくれ!」


「……私は神官ですので」


「だって、このへん、年行ってる人か子供しかいないじゃん! ちょうどいい年頃の友達なんて、アーネくらいしかいないんだよ! な! 一緒に行こう! 一儲けしよう!」


「友達……」


 アーネは、すこし放心したように俺の言葉を繰り返したあと、こほんと咳払いをした。


「……リュータがそう言ってくれるのは嬉しいのですが、神官は裁定者。ダンジョンに入ることは禁じられているのです」


「そうなのか?」


「考えてもみてください。神官の所属するパーティの冒険譚が大々的に出版された場合、神殿がそのパーティを身びいきしていると捉える人々が出るでしょう」


「……まあ、それはたしかに」


 ログがある以上、冒険譚に嘘はない。

 だが、特別に目をかけて出版していると悪く取る人は必ずいるはずだ。

 神殿は中立でなければならない。

 特定のパーティに肩入れしていると思われるのは避けたいに決まっている。


「くそー、いいアイディアだと思ったんだけどな……」


 仲間がいれば、会話だってログに起こせる。

 今のままでは、あまりに内容がない。

 魔物を倒して、宝箱を開けて、鉱石を持ち帰るの繰り返しだ。

〈ゲームマスター〉の能力で希少なものを出したところで、大した盛り上がりにもなりはしないだろう。

 結局のところ、ソロ探索はつまらないの一言に尽きる。


「じゃ、せめてTRPGしよう。もう一ヶ月もセッションしてないんだよ」


「──…………」


 アーネがしばし思案し、尋ねた。


「もしかして、猥褻なことを言っていますか?」


「言ってねえよ! TRPGってのは、俺の故郷の遊びなの!」


「遊び……」


「TRPGはテーブルトークロールプレイングゲームの略称で、いわゆる"ルールのあるごっこ遊び"だ。ルールブックはないけど中身はだいたい覚えてるし──」


 アーネにTRPGの概念を教え込もうとしたところで、竜とパイプ亭の玄関が開かれた。



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