008 / 冒険至上主義の世界

 翌朝、暇そうな武具屋に立ち寄ると、こちらが戸惑うくらい親切に装備を見繕ってくれた。

 話を聞くと、実に一年ぶりの客ということだ。

 それで、どうやって生計を立てているのだろうか。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、


「なーに、うちは神殿お抱えの武具屋だからよ。売り上げがなくても補助金が出るんだわ」


 聞いてもいないのに、そう答えてくれた。


「神殿、それで儲かるんです?」


「一定以上の売り上げがあるときは、逆に割合で徴収されるからな。ここらが盛り上がってたときは鬱陶しく感じたモンだが、今となってはありがたい。加入してなかった武具屋、軒並み潰れっちまったし」


「なるほど……」


 さすが冒険至上主義の世界だ。

 たとえ攻略されたダンジョンとて、挑む者はゼロではない。

 冒険に必須の施設は神殿が保護しているのだろう。


「んで、防具はその胸当てだけでいいのかい? 予算内でも革鎧くらいなら見繕ってやれるが」


 心臓を守るように斜めに装備した革の胸当てを、軽く撫でる。

 固く、思ったよりは頑丈だ。


「いいんです。俺、鎧とか着慣れてないし、絶対ろくに動けないから」


「慣れだと思うがなあ」


「それはそうなんですけどね……」


〈ゲームマスター〉の能力を考えれば、油断さえしなければ防具を必要とすることはない。

 この胸当ても、ただ冒険者気分を味わいたかっただけだ。

 ごわごわで動くたびに違和感がある。

 長く装備していると、縁のあたりが擦れて痛みそうだと思った。

 だが、それでも、命には代えられない。

 もし元の世界に帰ることができたなら、GMとして、もっと真に迫った描写ができるだろう。

 俺は、人工精霊の入った小瓶、毛布、水袋、松明、火口箱ほくちばこ、ロープ、ナイフをコンパクトにまとめた背負い袋を背負うと、中古らしきくたびれた長剣を腰に提げた。


「どうですかね。冒険者っぽい?」


「おー、様になっとる様になっとる」


 武具屋のおじさんが、軽く拍手をしてくれる。


「しかし、吟遊詩人が単独でダンジョン攻略とはな。俺も武具屋継いで長いが、そんなん兄ちゃんが初めてだぜ。吟遊詩人なんてのは、引く手数多なもんだからな。引き抜きは日常茶飯事、複数パーティに跨がって所属するなんてのも当たり前の世界だよ」


「……俺以外の冒険者が、誰もいなかったもんで」


「はは……」


 おじさんの乾いた笑いが、静かな武具屋に響いた。


「ま、ここで吟遊詩人としての経験を積んで、他のダンジョンを目指すといい。俺は応援しとるよ」


「ありがとうございます。俺の書いた冒険譚がおじさんの手に届くよう、頑張りますよ」


「その意気だ!」


 会計を済ませ、武具屋を出る。

 別の店で冒険食を幾つか購入し、竜とパイプ亭へときびすを返した。



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