007 / 神官 アーネ=テト

「それで、登録なさいますか?」


「ああ、お願いするよ。身分証明書とかないんだけど、大丈夫?」


「問題ありません。どのような人間も、ダンジョンは等しく受け入れます」


「そっか」


 少女が、カウンターの奥から、分厚い登録簿を運び出してくる。

 ──どん!

 カウンターの上で、登録簿が、その歴史に相応しい重みのある音を立てた。


「では、お名前をこちらに記載していただけますか」


「ああ、わかった」


 羽根ペンを取り出し、登録簿の空欄に"工藤竜太"とペンを走らせる。


「クドウ=リュータ、ですか」


「ああ。工藤が苗字で、竜太が名前」


「普通とは逆なのですね」


「故郷がそういう感じで……」


「では、リュータとお呼びしても?」


「もちろん」


 少女が、自らの胸元に手を当てる。


「私は、アーネ=テト。神官です。お好きにお呼びください」


「わかった、アーネ」


「ええ、よろしくお願いします」


 アーネが、ぺこりと頭を下げる。

 俺がつられて会釈をすると、アーネが小さく微笑んだ。


「それで、ダンジョンへは明日から?」


「ああ、そうしようかなって。こんな時間だ、武器屋も店仕舞いだろ。歩き通しで疲れてるし」


「そうですか。武具屋では、ダンジョン攻略に必要なものが、冒険者セットとしてまとめて売っているはずです。それと、人工精霊は買っておいたほうがいいかと」


「人工精霊?」


「宿主の生命力を糧にして発光する魔法生物です。手の塞がらない松明と考えて間違いはないでしょう」


「生命力、か。すこし怖いんだけど……」


「生命力と言っても、僅かに疲労するだけですよ。元よりダンジョン攻略には体力が必須です。ほんのすこし、余分に疲れる程度と捉えていただければ」


「なるほど……」


 言われてみれば、ダンジョンに明かりなどあるはずもない。

 漫画やゲームではなんとなく視界が確保できていることが多いから、あまり考えたことがなかった。


灯火呪とうかじゅを扱うことができれば必ずしも必要はないのですが、いちいち掛け直す手間がないので、仮に習得していても人工精霊のほうがおすすめですね」


「えーと、いくらくらい? これで買えるかな」


 アーネに財布の中身を見せる。

 ふんふんと硬貨を数えたアーネが、こちらを見上げて答えた。


「ギリギリですね。すべて購入すると、この宿で二、三泊する程度の金額しか残らないでしょう」


「わかった、ありがとう」


 なに、稼げばいいのだ。

〈ゲームマスター〉による世界への干渉は最低限に留めたいが、どうしようもない場合は躊躇するつもりはない。

 "最高の冒険譚"とやらを、俺は書かねばならないのだから。


「──ま、そこらへんは明日にするよ。夕食は何?」


「羊肉の黒胡椒焼きと豆のスープ、あとは焼きたてパンです。特に、パンは美味しいですよ。パンを焼くのはマスターの趣味なので」


「お、いいね。楽しみだ」


「私が、この竜とパイプ亭に来てよかったと思うことの一つです」


 アーネが、そう言って微笑んだ。


 彼女の言う通り、夕食は美味しかった。

 何時間も歩き通しで空腹だったせいもあるのだろうが、それ以上に、どこか懐かしく安心できる味だった。

 夕食後、あてがわれた自室へ向かう途中で、俺は羊皮紙にこう書き綴った。


【竜とパイプ亭には意外にもアメニティグッズが充実しており、歯ブラシや歯磨き粉、身の回りの細々としたものが余さず用意されていた】


 さすがに、歯を磨かずに眠りたくはないからな。

 このくらいなら構うまい。

 特にやることがないので、風呂に入ったらすぐに寝てしまおう。

 そんなことを考えながら、俺は自室の扉を開けた。

 描写の通り、アメニティグッズの充実した、快適そうな部屋だった。



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