なんマス ~なんでもできるスキル〈ゲームマスター〉を手に入れたけど速攻飽きたので、ヒロインを「俺の考えた最強の主人公」に仕立て上げます~

八白 嘘

001 / 羊皮紙に記した通りに事が運ぶ能力

 ──何が悪かったのだろう。


 新卒で入った職場がブラック企業だったこと?

 激務でも卓修羅がやめられず、毎日の睡眠時間が三時間を切っていたこと?

 それとも、あまりの眠気にエナドリを五本ほど一気飲みしたことだろうか。

 それだわ。

 間違いないわ。

 まあ、遠因だろうと近因だろうと、どれも原因には違いないのだけれど。

 俺は、自分が死んだという確信だけを抱きながら、白いもやの中を歩き続けていた。

 ここが死後の世界だと言うのなら、なんて殺風景な場所だろう。

 永遠にさまよい続けろとでも言うのだろうか。

 背筋にうそ寒いものを感じながら、足を止め、誤魔化すように溜め息をつく。

 そのときだった。



「               」



 声ならぬ声。

 言葉ならぬ言葉。

 "意味"が直接、暴力的に脳へと叩き込まれる。


「ぐッ、……あ、あ……ッ!」


 俺は、思わず膝をついた。



「                             」



 完全言語、という単語が脳裏をよぎる。

 俺たちの使っている言語は、なんて不完全だったのだろう。

 情報が事細かに脳に刻み込まれていく感覚は、もはや苦痛でしかなかった。

 仮に"神"と呼称するこの上位存在は、


「──俺に、"最高の冒険譚ぼうけんたん"を書け、って……?」


 そう、告げていた。

 ひとつの能力を俺に与える。

 それで自分を楽しませることができれば、元の世界へ帰すと。

 正直、戸惑いしかなかった。

 俺は小説家でもなんでもない。

 ただ、趣味でTRPGを嗜むだけの、二十六歳の社会人だ。

 そんな俺に、いったい何ができる?


 だが、神は無情だった。

 伝えるべきことを伝えると、あとは用無しとばかりに、俺の足元から地面を消し去った。


「うおッ!?」


 内臓が持ち上げられるような不快感。

 どこまでも落ちていく感覚に、俺は、いつの間にか意識を手放していた。






 ──がたがた、ごとん。


 気に障る揺れに、背筋が痛む。

 どうやら、長いこと同じ姿勢でいたらしい。


「──……ん……」


 ゆっくりと上体を起こすと、両手がやけに重かった。

 じゃらり。


「……へ?」


 両手両足に鉄の輪が嵌められ、それらが鎖で繋がれている。


「なんじゃこら……」


 呆然としていると、隣に腰掛けていた老人が俺に話し掛けてきた。


「よう、あんちゃん。目が覚めたか」


 見るからに日本人ではない風貌だが、言葉は問題なく通じる。

 神の手引きだろう。


「ここは……?」


 周囲を見渡すと、俺と同じように鎖で繋がれた人々がいた。

 決して広いとは言えない空間に、十数名が詰め込まれている。

 皮脂と埃の混じった臭いが鼻をついた。


「奴隷を搬送する馬車だよ。あんちゃんは、あれだ。道の真ん中で寝てたらしい。商人のやつらが、邪魔くさい、ついでだ、つって運び入れとったよ」


「……マジか」


 おお、神よ。

 せめて道端の草むらにでも落としてくれればいいものを。


「しかし、けったいな格好しとるの。もしかして、どっかの金持ちか?」


 言われて、自分の服装を確認する。

 シャツの上にジャケットを羽織り、ジーンズを穿いているという出で立ちだ。

 いつも通りの服装だが、彼らにとっては珍しいものらしい。


「べつに、金持ちってこともないよ。金持ちだったらこんなことにはなってない」


 金持ちだったら、そもそも過労死なんてしていないのだ。

 老人は、俺の言葉を別の意味に取ったのか、納得したように頷いた。


「ま、運が悪かったと思って諦めな。なに、奴隷だって慣れれば悪くないもんさ。何も考えずに済むからな」


 老人がしわくちゃの顔を歪めて笑う。

 俺には、その笑顔が、おぞましいものに見えて仕方なかった。

 人は諦めるものだ。

 諦めるしか道のなかった者は、こう笑うしかないのだ。


 だが、俺には、神から授かった能力がある。


「爺さん」


「なんだ、あんちゃん。小便なら我慢しろよ」


「もし、奴隷の身から解放されることができたとしたら、嬉しいか?」


 老人が苦笑する。


「……さあな。わしは、もう、三十年も奴隷をやっとる。いまさら他の生き方なんて、想像できんよ」


「そうか」


 だとしても、俺のすることは変わらない。

 この老人がどうであれ、俺には、このまま奴隷に身をやつす気などないのだ。


「──…………」


 俺は、念じた。


「出でよ」


 呟いた瞬間、両手に現れたものがある。

 羊皮紙と、羽根ペンだ。


「!」


 老人が目をまるくする。


「あんちゃん、もしかして吟遊詩人か?」


「まあ、いちおう」


 吟遊詩人とは、この世界において神聖な職業だ。

 神と契約を交わし、冒険譚を奉納する。

 奉納された冒険譚は、神殿から出版され、民衆に娯楽として提供される。

 俺が吟遊詩人であることを知れば、奴隷商人たちは大喜びだろう。

 吟遊詩人は、神の御使みつかいである以上に、金の卵でもあるからだ。


 だが、俺はただの吟遊詩人ではない。

 俺に与えられた能力は〈ゲームマスター〉──羊皮紙に記した通りに事が運ぶ能力だ。


 さて、どこまでできるか試してみよう。



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