アズ一行は何の問題もなく迷宮ダンジョンの一階層を踏破した。

 階段を降り二階層に来るも、同じような石造りの迷路が続き目新しさはない。

 違うところを挙げるならば、出現する魔物の種類と強さだろうか。

 一階層では単一の魔物で群れを成していたが、二階層以降は混成した群れと遭遇することがままある。この傾向は階層を降りるほどに顕著で、一〇層のエリアボスを倒した次の階層から──この場合は一一層になるが──は傾向はリセットされる。

 さりとて二階層程度、この面子で苦労する訳もない。

 遭遇する魔物は軽く蹴散らしていると、別の冒険者と遭遇した。

「アズさん。彼らは何をしてるんですか?」

 そのパーティーは進むでも退くでもなく、メンバーの一人が壁や床を手探りしているのを眺めている。

 そんな彼らを見て、アズは眉を顰めつつ答えた。

「……あれはトラップを探ってるんだ」

「トラップ、ですか?」

 迷宮ダンジョンに潜る前、再三アズに注意をされたことがある。トラップには気を付けろ、と。

 吊り天井や落とし穴、魔物召喚から転移まで、その種類は実に豊富である。

 手練れの冒険者であっても、罠を軽く見たが為に浅い階層で窮地に陥ることは珍しくない。

 アズの言葉にその事実を思い出したブレアは、今までの不注意さにぶるりと身体を震わせた。

「あぁ、大丈夫だよ。このぐらいの階層のトラップならミリーの探知で分かるからさ」

 慎重なアズがそのことについて提言しなかった理由を聞かされ、ブレアは安心すると同時に「魔法使いってズルい」と思った。


「ミルドレッド」

「あぁ?」

 アズがブレアに罠の怖さを教授している一方、マリオンとミルドレッドも言葉を交わしていた。

 毛嫌いしているコイツが話し掛けて来るなんて珍しいと思いつつ、ミルドレッドは気怠げに返事をする。

「その、なんだ貴様の腕は認めてやってもいい」

 腕を組みそっぽを向いたままのマリオンに、「喧嘩売ってんのか?」と反射的に返しそうになったミルドレッドだったが、どうやら様子が違う。ぐっと堪えて言葉の続きを待つ。

「その、だ。私たちはこれからパーティーとしてやっていく訳で。不仲なのはアズにとっても都合が悪かろう。それでだ、こほん。貴様は腕は素晴らしいが性格はクズ寄りだ。私はそれが受け付けん」

「やっぱ喧嘩売ってんだな? あぁ?」

「話は最後まで聞け。……いや、今のは私の言い方が悪かったな。すまない」

 頭を下げるマリオンに、ミルドレッドは調子が狂うとばかりにボサボサの髪を掻いた。

「……んで、何が言いたいんだよお前は」

「認められる部分、嫌いな部分があるのは仕方ない。全て受け入れられるような人間なんて、家族同然のものぐらいだそうだ。……私は貴様の嫌いな部分は嫌いと割り切って、貴様と、その、……仲良くやっていきたいのだ」

(……クソ真面目なやつ)

 一々そんな小っ恥ずかしい宣言するなんて。

 そう、マリオンの態度を小馬鹿にする一方、しかしよく見ればミルドレッドの耳が僅かに赤く染まっている事が分かる。

「アズが言っていた通り貴様は優れた魔法使いだ。しかし異端でもある。お前の研究は現在の魔法理論の根底を覆すものだ。……そんなものが認められるとは思えない。それでも、お前は霊子とやらの研究を続けるのか?」

 分かりにくいが、マリオンの言葉はミルドレッドを気遣う発言であった。そうと分からぬ彼ではないが、ミルドレッドは鼻で笑う。

「当然だろ。あのクッソ頭の固い爺どもに俺の正しさを認めさせてやるんだよ」

「急激な変化は受け入れられないものだ。正直貴様一人で為せるとは思えん。それこそ、貴様の弟子や子供、孫に託すべきではないのか? ……託したところで認められるものでもないだろうが──何故笑う?」

「くくく! 真面目もここまで行けば愛嬌だな‼」

 くつくつと喉を鳴らすミルドレッド。マリオンは不思議とそれが不快でなかった。

「いいかマリオン。これは俺の夢だ。誰に託すつもりもねぇ。何十年、何百年掛かろうと絶対に認めさせてやる」

「……そのための不老薬か」

「おうよ」

 夢だと語るミルドレッドの瞳は野心に燃えていた。

 普段の気怠げで、何事にも億劫そうな姿はそこには無い。夢に情熱を焦がす一人の男──今は美女だが──がいた。

「ふん、なんだ。女に囲まれてチヤホヤされるのが夢では無かったのか?」

「はっ! 夢が一つじゃなきゃいけねぇなんて誰が決めたよ。俺は研究も諦めねぇし、カワイコちゃんでハーレムを作るのも諦めねぇってだけさ」

「……やはり俗物だな」

 呆れた口調のマリオンだが、そこには確かな親しみがあった。

「二人とも、何を話してるんだよ!」

 気付けばアズとブレアと距離が出来てしまっていた。

 手を上げて応じ、二人はアズの元へと早足で向かう。


 一瞬の気の緩みがあったのだろう。


 ──マリオン! 止まれ!

 ミルドレッドの叫びは喉元まで迫り上がったもの、それよりも早くカチッと何か、不吉な音によって掻き消された。

「──っ⁉ アズ‼」

「っ、あぁ‼」

 阿吽の呼吸とはこの事を言うのだろう。

 ミルドレッドがらしくもない必死の形相で叫びを上げた。

 彼は瞬時にマリオンへと駆け寄り彼女の腕を取ると同時、アズもまたブレアの手を取ると二人の元へ駆け出す。

「っ、なんだ⁉」

「……へ、アズさん⁉」

 対して状況が飲み込めないのは駆け出しに毛が生えた二人である。

 戦闘力だけなら上級レベルだが、咄嗟の事態への対応にはやはり遅れる。

 マリオンの足下に光り輝く魔法陣が現れた。刻々と輝きは増し、抜け出そうにも足がへばりついたように地面から離れない。

「マリオンさんっ‼」

 近付いてくるアズに名前を呼ばれ、マリオンは反射的に手を伸ばした。

 功を奏し互いの指先が微かに触れる。

 瞬間、四人の姿がその場から消えた。……跡形もなく。

 残ったのは不吉に焼け跡を残した、物言わぬ魔法陣だけだった。

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