ハローグッパイ

「無い……有る……無い……有る……」

 壊れた廃人のように、ミルドレッドは股とおっぱいを交互に揉んでいる。

 そんな彼に憐れみの目を向けるマリオン。何故か興奮しているブレア。

 そして俺は──俺はどんな感情で見ればいいんだ?

 女体化したミルドレッドは、正直美女と呼んでいいだろう。

 目の隈は相変わらずだが、そも男の時から顔立ちは悪くないのだ。

 ヨレヨレの服。ボサボサの髪。退廃的な雰囲気は蠱惑的な色香を醸し、何より男好きする肉感的な身体はアズの目を奪った。

(マリオンさんとどっちが大きいんだ……?)

 思い出そうと無意識にワキワキと指を動かしそうになり、慌てて頭を振る。

「ミリー、なんだよな……?」

 変化していく様を目の当たりにしたのだ。目の前の美女がミルドレッドなのは間違いないが、自分が知る彼とイコールで結びつかず恐る恐る尋ねる。

「あぁ? アズぅ、俺の身体はどうなっちまってるんだ……?」

「……鏡、見るか?」

「あ、あぁ。そうだな」

 ミルドレッドは姿見のある寝室に移動しようとして、一歩踏み出した瞬間──。

「うわっ⁉」

「お、おいミリーっとうおっ⁉」

 ダボダボになったズボンの裾を踏んで盛大に転けた。

 咄嗟にミルドレッドを受け止めようとしたアズだが体勢が悪く、二人まとめて転げてしまった。

「痛ぅ……。ミリー、大丈夫──っっっっ⁉」

「あ、あぁ。すまねぇ……」

 ミルドレッドに押し倒されるような形で倒れてしまったが、寸でのところで受け身は取れた。背中を打ち付けた以外に痛みはなく、どころか──ふにょんと。

「っ⁉ み、ミリー‼ 早く退いてくれっ‼」

「す、すまん。この胸がクソ重くてっ、なぁっ」

 そう。ミルドレッドが言うクソ重い胸がアズの胸板に押し付けられていた。

 そんな目の毒とも薬とも言うべき光景が目と鼻の先にありアズは顔を赤くしてしまう。

(うっ……⁉)

 女体化したミルドレッドは当然だがブラなどしていない。

 その無防備な、マリオンに匹敵するかもしれぬおっぱいが胸板に潰されひしゃげている光景は、なんともアズの劣情を煽った。

 ふと、甘い香りがアズの鼻をくすぐる。

 全く信じられぬことに、匂いの発生源はミルドレッドであった。いつもは薬品臭いだけの男だというのに女になった途端、男の本能を刺激する匂いを発するようになるとは。うーん、人体の神秘。

「っ⁉ いつまでくっついているつもりだ、この毒婦っ⁉」

「大丈夫ですかアズさんっ‼」

「ぐべっ」

 男の時と勝手が違うのか、起き上がるだけにも四苦八苦するミルドレッドに居ても立っても居られぬと、マリオンとブレアがアズを救出した。放り出されて床に潰れるミルドレッドがヒキガエルの如き悲鳴をあげた。

「あ、はい。俺は平気です。……大丈夫かミリー」

「クソッタレどもめ……。アズぅ、お前だけだよ。俺に優しくしてくれるのは」

 声も見た目も、匂いでさえ美女になっているというのに、口調や性格はあのミルドレッドのままで、それが何ともアズを混乱させた。

 ようやくしてアズの腕を取って立ち上がったミルドレッドは、何とか姿見の前までやって来て、言葉を失った。

「これが、俺……?」

「あぁ。信じられんかもしれないけど、完璧に女性だよ。今のお前は」

 鏡に映るのは気怠げな美女。

 自分が右腕を上げれば鏡の美女も同じように腕を上げ、おっぱいを揉めばおっぱいを揉む。をつくれば美女もまた、色っぽくをつくった。


 ハローお○ぱい。

 グッバイち○ちん。


「────」

「……ショックなのは分かる。……だけどそう気を落とすなって、なぁ? 女になれたってことは逆に男にも戻れるだろ? 何せお前は天才なんだからさ」

「ふ──」

 人類の夢とまで豪語した不老薬が失敗に終わったばかりか、性別まで変わってしまったのだ。

 さぞ傷付いているだろうと、アズは身体を震わせるミルドレッドの肩に優しく手を置いた。

 そのミルドレッドが、爆発した。

「ふうわははははははははははっ‼」

「み、ミリー?」

「なんだ壊れたか?」

 狂気を少し感じさせるミルドレッドが、突然アズの腕を掴む。飛び上がるアズ。

「戻る? 馬鹿を言うな! なあ見ろよアズこの美人を! こんな金を払ってでも抱きたくなるような肉体からだの女になって、どうして男に戻る必要があるってんだ⁉ あぁ⁉ でも抱くためのチ○コがぇ──────っ⁉」

「……………………」

 心配して損したと、アズは腕を乱暴に振り払った。

 そもチ○コの有無以前に自分自身を抱くことは出来ないだろうに。そこに気付かない辺り、やっぱりミルドレッドも混乱しているのかもしれない。

「……ここまでいくと逞しさすら覚えるな」

「??? マリオンさん、チ○チンが無いと抱けないんですか?」

「……ブレアはまだ知らなくていいことだぞ?」

「ぷぅ。なんですかそれ」

 落胆から一転、鏡に映る自分の艶姿にキャッキャと喜ぶミルドレッドを呆れた目で見詰めるマリオン。そして性知識が皆無どころかマイナスなブレアは彼(彼女?)の言動に首を傾げていた。

「っし! こうなったら、ヤることは決まってるだろ‼ なぁアズ」

「っ⁉ な、なんだよ」

 男の時と変わらず、馴れ馴れしく腕を首に回してくるミルドレッドにアズの心臓が跳ねた。

 嗚呼、男の時と違って背伸びをするミルドレッドの、手入れなんてされてない髪からふわりと甘い匂いが漂った。

「おいおいアズちゃんよ、寝惚けてんのか? 男と女がヤると言ったら一つしか無いだろ? セッ○スだよ、セッ○ス!」

「はあぁぁぁぁぁぁっ⁉ おっ、おおお前、何言ってるか分かってるのか⁉」

「あたぼーよ! この身体がどこまで女かきちんと確かめねぇとな。うわははは! なんなら俺とお前の子供なんか出来たりして────」

 肩から回された手の指が、ねっとりとアズの頬を撫でた。

 上目遣いのミルドレッドは、挑発的ながらもどこか蠱惑的で、アズは喉から心臓が飛び出ないか心配であった。

 そんなアズの様子に気を良くしたミルドレッドはニヤリと笑う。

 その、親友の特徴を色濃く残した美女の顔が段々と近づいてきて──。

「チェエストオォォォォォォ────────っ‼」

「うおわっ⁉ っねぇなおい⁉ なに人んちで剣振り回してんだてめぇ⁉」

 雷声と共に鼻先を剣が掠めた。

 マリオンの剣が、丁度アズとミルドレッドを別つように振るわれた──いや、ミルドレッドを左右ににすべく振るわれていた。

「ちっ。外したか」

「外したかじゃねぇんだよ! 殺す気とか、頭おかしいんじゃねぇのか⁉」

「貴様に言われたくは無いわ! そこに直れ毒婦! 介錯してやる‼」

「する必要もされる気もねぇんだわ! ばーかばーか」

(た、助かった……)

 アズが己の胸に手を当てると、ハッキリと分かるほどに鼓動が脈打っている。

 なんか雰囲気に流されて、危うくキスをしそうになったが。

「ってマリオンさんストップストップ‼ 殺しちゃうのはやり過ぎですって‼」

「ええい離せアズ‼ 離さんか‼ この毒婦は今きっちりヤっておかないと後の禍根になると、私の勘が訴えているのだ‼」

「……ははぁ~ん? 男の嫉妬は見苦しいねぇ。でも残念だなぁ? 俺の一番の親友がアズなように、アズの一番も俺なんだわ? うわははは! どうだ、友情も親愛も取られた気分は!」

「っ~~~⁉ あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ⁉ コロスコロスコロスコロスコロスコロス‼」

「ひっ⁉ お、落ち着いてマリオンさん! ブレア、ブレア⁉ マリオンさんを止めるのを手伝ってくれ‼ ミリーも⁉ マリオンさんを挑発するようなことは控えてくれよ⁉」

 アズは必死にマリオンを羽交い締めするが、悲しいかな、男女の性差よりも職業ジョブ加護補正差の方が大きく、マリオンを抑え込むことが出来ない。

 乱暴に振り回された剣が周囲を破壊していくが、マリオンのそんな姿が余程滑稽なのか、ミルドレッドは笑うだけで止めようともしない。

 アズは唯一頼れるブレアに助けを求めるも、返事はなく。

 代わりにちょんと、袖を引っ張られた。

「あ、アズさん。……せ、セッ○スってなんです?」

「そんなん後にしてくれよおぉぉぉぉぉぉっ⁉」

 性知識が皆無ながら、響きにえっちさを感じたか。頬を染めたブレアが恥ずかしそうに聞いてきた。

 全く、収集がつきそうもなかった。

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