変人

「……本当にここに人が住んでいるのか?」

「えっと、廃墟じゃないんですよね?」

 目の前の建物を見、マリオンとブレアはあんぐり口を開けていた。

 王都郊外の、僻地と言っていいその場所に建っている建物は、遠目にからは立派な洋館に見えた。

 しかし近づいて全容の詳細が解るにつれ、二人はそれが間違いだと気付いた。

 まず庭であるが、荒れ放題だった。碌に手入れをされていないのだろう、雑草が茂り足の踏み場もない。二人が恐ろしいと感じたのは、その中に幾つも見たことのない原色の、毒々しい花がとりどりに咲いていて、自然界では決してあり得ないカラフルさが二の足を踏ませた。

 恐ろしいのは花だけではない。

 放置されて気ままに育ったツル植物が、その魔手を洋館に伸ばしていた。その緑のカーテンは遠目からは風情を感じさせたが、近くで見ると幹は太く葉は巨大で、ツタの化け物か何かに思えた。

 洋館の方も酷い。

 総レンガ造りの洋館は、一部屋根は崩れ壁は剥がれ野晒し雨晒しもいいところである。

(これは、廃墟だろ……?)

(どう見ても廃墟ですよね?)

 住んでいるのがアズの知人だと云う手前、二人はヒソヒソと会話を交わす。

「アイツ、またこんなにして……。もったいない。うわ、音無し草じゃん。ヒロンギ草まであるし、仕方ないヤツだなぁ」

「あ、アズ? 何をしてるんだ?」

「あぁ、マリオンさん。これ全部薬草なんですよ。しかも高価な。うわー、火竜草じゃん。危ないなぁ」

 ドン引きしている二人をよそに、アズは黙々と草を収穫し始めた。

 口調こを文句を垂れているが、その横顔はどこか楽しげであった。

(実はアズさんも結構変わってますよね?)

(……まぁ、あれほどのお人好しはそういないだろうな)

 手持ち無沙汰な二人はその光景を眺めるしかない。

 額に汗を光らせるアズ。

 二人をの視線に気付き、放置していた事実に恥ずかしそうにするアズ。

 色んなアズの顔が見れたので、マリオンもブレアも「ヨシ!」と云わんばかりに満面の笑みを浮かべ見守っていた。


 足の踏み場も無い状態から、よくここまで。

「ふぅ。こんなもんかな。……すいません、手伝って貰っちゃって」

「それはいいんだが……」

 日の傾き加減から、およそ半刻の間か。

 アズはひたすらに成長し過ぎた薬草群を毟っていた。

 さすがに見ているだけでは手持ち無沙汰になったマリオンとブレアも手伝いを申し出て、アズの指示の元、薬草を採取した。

 当初に比べればかろうじて庭、と見えなくもない程度にはキレイになった。

「この薬草どうするんです?」

 手持ちのバッグには到底入り切らぬ量のソレが庭の片隅で山となっている。

「どうあれミリーのものだからね。とりあえずアイツに聞くしかないかな」

「こんな庭を放置する輩が必要としているとは思えんぞ?」

「いやまぁ、アイツは面倒だから放置してるだけで、穫ってある状態なら欲しがりますよ。まぁ手間賃として四割──いや、半分はもらおうかな」

 アズ曰く、希少な薬草類だという。

 全部捌ければ半年ほどの生活費にはなるそうな。

 兎角、掃除に来たわけではない。

 アズは唯一ツタに覆われていない扉に手を掛けた。

「おい、ミリー! いるんだろ⁉」

 ガンガンと扉を叩きながら大声を出すも、返ってきたのは沈黙であった。

「ミリー‼ ……しょうがないなぁ」

 そう言ってアズは鞄から鍵を取り出した。鍵穴に挿すと抵抗もなく、カチャリと音がした。

「あぁ、これですか? ミリーからいつでも入れるようにって預かってるんですよ。アイツ、放っとくと一年も二年も引き篭るようなヤツなんで」

 マリオンの物言いたげな視線に気付いたアズが、鍵を翳しながら説明した。

(……一体どのような人物なのだ?)

 ミルドレッドなる人物を知らぬマリオンの胸中には

 魔術学院を次席で卒業した才人。研究バカ。かつてパーティーを共にした変人かつ親友。

 アズから聞いたミルドレッドの情報はこんなところだ。

 中でもマリオンは魔術学院次席と聞いて大いに驚いた。

 魔術学院は魔法使いを志すなら誰もが一度は目指す登竜門である。血におもねること無く、金になびくこと無く、徹底した実力主義であり入学するのさえ一苦労な狭き門である。

 そうして入学出来ても、地元で神童と持て囃されていた子供が自分以上の才能を見せつけられ、折れて退学することも珍しくない。

 そんな魔法使いの蠱毒とも言うべき学院で次席というのは、それだけでも魔法史に名が残るレベルである。

(それがこんな辺鄙な場所に居を構えて……)

 往々にして才能に恵まれた人物とは偏屈な者が多いが、まだ会ってもいないがミルドレッドは中でもとびきりだとマリオンは感じた。

 扉が開き中が顕わになると、マリオンはその思いを一層強くした。

 おとぎ話の魔法使いのような、書架に囲われ錬金道具がテーブルに狭しと並んでいる、そんな部屋を想像していたが、そんなもんじゃぁない。

 足の踏み場が無い程に、床に平積みされた本の山。

 棚には一切整頓されていない、何に使うのか分からぬ道具の数々。

「あ、ブレア。あんまり不用意に触らないでな。爆発とかするから」

「ひぇ……? 爆発ですかっ⁉」

 本の山の、その隙間を縫うように先行するアズが、物珍しげにキョロキョロするブレアに言う。……そういう事は先に言って欲しいと思うマリオンだった。

「ミリー! ……ミリー⁉」

「──あぁ? なんだぁ泥棒かそれとも大家か?」

 何度もアズが声を張り上げると、ようやくしてしゃがれた男の声が返ってきた。

「泥棒ならいい実験体になるな。大家なら──すいません! 家賃のほうはもうちょっと待ってください!」

 のそりと、二階から男が姿を見せた。まるで起き抜けのように眠たげな目にボサボサの髪。目の下にはくっきりとしたクマがあり、不健康な青白い肌をしていた。

「ミリー……、少しは掃除をしろって言ったろ?」

「あぁ? ──ってアズ⁉ アズじゃないか⁉ うわははは、久しぶりだなぁ──いてててっ⁉」

 不健康そうな男──ミルドレッドが目を細めると、ようやくこちらが誰かを認識したようだ。

 無愛想な面はアズを見ると一転破顔し、駆け寄ろうとするも普段の運動不足がたたり階段を踏み外すと、そのまま尻で一階まで降りてきた。

「くぅーっ、いってぇ……」

「何やってんだよ。大丈夫か?」

「ん、おぉ? 平気だよ平気。……いやー久しぶりだなぁ。一年、いや二年ぶりか⁉ 変わらんなぁオイ」

「そっちこそ。少しも変わってなくてがっかりしたよ」

「うわはは。そこは安心するところだろう」

 尻をさするミルドレッドにアズが手を差し伸べ立たせると、男らはそのままがっしりと握手した。

 仲がいいのは間違い無さそうだ。

 しかし──。

「マリオンさん……。この人、大丈夫なんでしょうか?」

「……私に聞かないでくれ」

 魔術学院次席と、実力に経歴は文句のつけようのない人選であるが、どうにも不安が拭えないマリオンであった。

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